第2話 暗き淵よりいずるもの

暗き淵より いずるもの

それなるは 白き細い女の腕



暗き淵には 彷徨う亡霊の群れがなす,今は戦に敗れた 打ち取られた武者の首、


切り刻まれた 戦鎧の身体が無数に嘆きの声を上げながら彷徨ってる.



「何処なるか 我が恋しい主(あるじ)さま 愛しき 愛しき主さま」



生きていた現身の頃は


戦の世 小国にて生まれ 恋した殿方に嫁ぐことが叶うた


そして そして


愛する主さまとの短き暮らしは 

ただ ただ幸福だった


なれど・・戦に敗れ 

我が主さまは 侍として戦の最中に打ち取られ


そして 国は滅ぼされ 戦の混乱の中 この身も命を落とした



「ない・・」「いない・・何処におられるのか?」



暗き道の途中で 死者の群れの中で 恋しい主さまを

ただ 捜して彷徨って



ある時 うずくまる骸骨の躯(むくろ)に教えられる


「知っておる 知っておるぞ

そなたの主は 首だけの亡霊となり


冥府の底を彷徨っておる」


「だが・・


捜すのは止す(よす)のだな


あそこは暗き淵なれば 冥府の底なれば・・


そなたも 明るき場所に戻れぬやもしれぬ」


「行くべき場所に行けぬかも知れぬ」



「・・・・・・」


「しれた事よ 我が主さまがおられぬならば


我が主さまを見捨てる事など 出来ぬこと」



「勝手にするがよい 女


では あの暗き淵に行けばよい」



「あの黒い水たまりに 身を捧げよ」



「・・骸骨よ それは真実の話よの?」



「さて どうだろう?

嘘かも知れぬ 


信じるかどうかは そなた次第か・・」


カラカラと笑いながら骸骨は言う



「信じない方が良いぞ 女

暗き淵で 彷徨う者達は戻った試しなし


さてさて どうなるか」


朽ちた 別の首だけのドクロ 骸骨が せせら笑う




しばし悩んだ後に 女は暗き淵へとつながる

黒き水たまりに手を押しやる


次に 自らの顔を押し込み 中を伺う



そこは暗き淵 沢山の首だけの亡霊や戦鎧の朽ちた死体が彷徨ってる



ひとまず 女は水たまりから顔を出す



「戦の時代ゆえに 戦の中で惨く死んだ者達が多いのお


飢饉の時は 飢えて死んだものが多いがな」


骸骨が呟く



「随分と詳しい」女は問う


「さてな 道の途中で迷い こうして朽ちてしまった

長い時に こうしておる


やがて 朽ちて消えるまで こうしておる」



「・・やはり行くか

連れ合いが見つかると良いのお」


軽く頭を下げて 女は黒き淵へとつながる

黒い水たまりに身を投じる



「さてさて 今宵の話はこんな処じゃな」


骸骨はまたカラカラと笑った


FIN

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