第四話 交渉

魔王が人間と魔族の関係を戻す為に前段階として物々による交流をしようと魔王城周囲に麦畑を作り始めてから三日が経った。


魔王が食料生産の為に召喚した魔物、ダーナイト計100匹による作業は、三日で十分過ぎる程だった。その三日間で作り上げた麦畑。それは魔王城を中央として、半径250mの広大な麦畑である。


未だに働き続けるダーナイト一行は、最早戦士の生き様を捨て、完全に農民の様な意思を確立した。鍬で畑を耕し、麦の種を撒き、水を撒く。今まで戦う事しか意思が無かった魔物に平和的な意思を芽生えさせた事に魔王はそれを見て思わず感動する。


「すげえええ……まだ始まったばかりだけど……これなら上手くいかもしれない……さて、そろそろ収穫するか?」


魔王は気持ちを切り替え、漸く麦の収穫を決断する。人間達は、魔王が居なくとも十分に生きて行ける食料と装備があるが、少なくとも魔王が麦の支援をするだけでも印象を大きく変えられるだろうと魔王は考える。


すると魔王は、働くダークナイトに一斉に収穫の命令を下す。


「全ダークナイトに伝える! 今より全ての麦を収穫し、我が元に集めよ!」


命令を下されたダークナイトは、まるでコンピューターの様に最適化された動きを一時止め、一斉に収穫作業に入る。


収穫作業を始めて1時間。魔王の前にそれは異常な量の麦が集まった。その量、約10トン。どう考えても馬車一台では運び切れない事に魔王は頭を悩ませた。


「予想以上だ……人間達を待たせる訳にはいかない……ダークナイト一匹一匹に持たせてもいいが……魔物をみてシュタルクはどう反応するか……」


魔王が頭を悩ませていると、一匹のダークナイトが魔王に一つ提案をする。


「魔王様。一つ提案があります。この方法は少し危険とは思いますが……人間達に直接取りに来させるというのはどうでしょうか? 確かにそれによって我々が逆に攻撃される可能性も考えられます。ですが、そこは魔王様の説得力を貸して頂けないでしょうか……」

「お前、俺に説得力があると思ってんの?」


魔王はシュタルクでボコボコにされた事を根に持っていた。姿を見られただけであの集中砲火。あれ以来魔王は自分の説得力など皆無だとずっと思っていた。


「いいえ! 人間達との交流を成功しただけでも多大な成績だと思います! 勇気を持って下さい!」


ダークナイトは魔王が何をされたのかは知らない。魔族の記憶は魂に記録されると言うが、あくまでも同個体が見て触って感じた物だけである。


自分には説得力が無いと自信を無くしていると感じたダークナイトは魔王を説得する。それに魔王は深くため息を吐きながら、ダークナイトが出した提案が最も最速だと言う事を理解し、魔王城を出発する事を決めた。


「はぁ〜あ……まぁ、理論上最速だし……なんとかなるかなぁ……よし。お前、1匹だけで良い。人間との交渉を手伝え。人間達に我ら魔族の新たな姿も見せないと、人間は不安がるからな……」

「はっ! 了解です!」


魔王は10トンもの麦を後に、貰った馬車でシュタルクへ出発した。


1時間後、シュタルクに到着。シュタルクは魔王が来る側が魔族の領地の為か、相変わらず警備は厳しく、門を見張る警備兵は領地側の地平線を見つめながら微動だにしない。


そこに魔王は警備兵に話しかける。


「よー、また来たぜー。軍師のデリゲンさんはいるか?」


声を掛けられた警備兵は、魔王を一瞬睨みながらも砦上にいるデリゲンに声を掛ける。


「デリゲンさん! 魔王です!!」


声に気付いたデリゲンは魔王と聞いて、何か厄介事でもあるのかと予想し、眉間に皺を寄せてのんびりとキセルを吸いながら砦から顔を出す。


「魔王よ……我々は、貴様らとの交易はそちら側からしない限り届ける事は出来ん……まさかそれを言いに来たのではあるまいな?」


魔王は、砦上にいるデリゲンに対して、首を横に振りながら叫ぶ様に話し出す。


「その逆だデリゲン! 俺達はこの三日間で、揃えた最初の荷物をお前らに届けに来たんだ! だが、それには一つ問題がある。一旦下に降りてこないか?」

「なに、そんな事か。まぁ、待て。今降りる……」


──────────────────


五分後、デリゲンは砦を降りて、門から魔王の前へと出てきた。が、魔王の隣にいるダークナイトの姿に顔を顰める。


「ぐ……魔王よ。話すのは良いが……隣に居るのはなんだ……?」

「あぁ、それは、俺がお前らに届ける荷物を作る為に用意した新しい魔族だ。安心しろ人間を襲わない様に躾はしてある」


デリゲンは魔王に魔族の存在を教えて貰うが、その顰めっ面は治らない。その視線に気付いたダークナイトは、首を一瞬デリゲンに向けるが、デリゲンの反応をみて直ぐに向き直した。


「そ、そうか……それで? 問題とはなんだ……」


魔王は、頭を片手で掻きながら、困りながらもヘラヘラと笑いながら説明する。


「あーっと……今、俺の魔王城の方に小麦が10トンほど保管してある。それ、全てがお前らに届けようとしている物だ。しかし、まだ我々の交易は始まってすらいない。大量の魔族で運んでいってもお前らを混乱させるだけだろ?だから……お前らがこちらに直接取りに来てくれ無いか……?」


デリゲンは、小麦10トンという異常な量と直接取りに来いという危険極まりない提案に少し悩んでから答える。


「それは無理だ……。直接取りに来いなど、信用もしていない者の所に、例え大軍で向かっても新たな別の問題が起こってからでは対処が出来無い……たが……変わりに私からも一つ提案をしよう。人間領の入り口であるシュタルクと魔族領にある魔王城との間に交易所を作らないか? 交易所の運営は敢えて無人とし、お互い必要な物が有れば交易所に置き手紙をする。そして、交易所に荷物を置いたらお互い狼煙を上げ伝える。そうすれば、お互い危険も無くやり取りが出来るだろう……どうだろうか?」


魔王はデリゲンからの提案に感動する。


「おぉ〜その発想は無かった! 流石軍師だな! あぁ、そうしよう。交易所の建設はどうする?」

「交易所の建設は、設置場所はあくまでも魔族領地側。こちらが建設に必要な資材を今渡そう。だが……この資材はあくまで我々と魔族が交流する為の資材だ。まだ信用するに足りん……」

「分かった。ありがとう……」


デリゲンは魔王から聞く「ありがとう」という意外な言葉に少しにやりと笑みを浮かべ、資材を取りに魔王に背中を向けて、砦の方へ入っていった。


デリゲンが資材を取って帰ってくる間、魔王の隣にいるダークナイトは人間の言動に驚く。


「魔王様、人間には魔族を恨み憎しむ者しかいないと思っていましたが……あそこまで話が分かる者もいるんですね……」


しかし、魔王は首を横に軽く振る。


「それは違うぞダークナイト。確かに表は俺たちの話を理解し対話している様に見えるが……アレでも警戒度は凄まじい。人間は確かにプライドを高く持つ生き物だ。しかしだからと言ってそれを傷つけた張本人が目の前にいようとも突然切り掛かってくる程馬鹿では無い。あくまでも危険を最低限まで減らそうとしているだけなんだ……」

「なるほど……まぁ、確かにいきなり攻撃した所で無対策では負けるのは確実ですね……」

「そういう事だ」


一方、魔王との交流の為に建てる交易所に必要な資材を取りに行くデリゲンは、館の地下室、資材保管庫で多数の警備兵と資材を集めている間、この先の事を考えていた。


「デリゲンさん本当にこんな事して良かったんですか? 例え魔族側が、友好的だとしてもそれに応える為に交易所まで建てるなんて……これがもし聖王国セレクリッドに知られたら……」


警備兵の心配にデリゲンは鼻で笑いながら答える。


「はんっ……セレクリッドに知られたらどうなるんだ? 拘束されるか? それとも処刑されるのか?」

「いえ、そう言う意味で言った訳では……」

「心配は無用だ……確かにセレクリッドは魔族を完全に敵視する組織だ。だからと言って魔族と協力関係を結んだ地域を摘発なんて事はしないさ。もし、そんな事したら……魔族を悪く思って、セレクリッドを信じていた地域が黙ってはいないだろう……元は、魔族と人間を引き離す為に起きた戦争なんだ。そこで人間同士の無駄なルールを作ってみろ。また別の争いが起きちまう。セレクリッドはそんな事は望んでいないだろうよ……」


デリゲンの考えを聞いた警備兵はセレクリッドがするだろう対応とデリゲンの知るセレクリッドの性格に何方が正しいのか、判断が難しいもどかしさを残して、納得する。


「確かに……そうですかね……」

「まぁ、そう難しく考えるな。俺は断言する。殺される事は絶対に有り得ない。もし問題が起きたらその時に考える……よっと……これくらい有れば十分だろうか……上に戻るぞ」

「はい」


デリゲンは交易所の建設に必要な最低限の資材を荷車に乗せて、全警備兵に声をかけ、地上に戻るエレベーターに乗った。


デリゲンが魔王に資材を渡すと言って離れてから三十分後、魔王は待ちくたびれた様に馬車で寝ながらデリゲンの事を待っていた。


「ほれ、魔王。持ってきたぞ……」


デリゲンは寝ている魔王を起こしながら大量の資材が乗っかった荷車を魔王の方へ引っ張る。


「んあ……? お……おぉ〜。じゃあ、俺はこれを使って交易所を建てれば良いんだな?」

「そうだ」


魔王はデリゲンから荷車を受け取ると、それをダークナイトに任せる。


「良しダークナイト。お前の得意な仕事。力仕事だぜ? 目的地まで引っ張ってくれ」

「了解しました!」



こうして魔王は、人間との交易の交渉は上手く進行し、交易ルートの確立まであと少しとなった。

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魔王の世界侵略譚 Leiren Storathijs @LeirenStorathijs

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