ガラスの向こうの君へ
伊藤 経
ガラスの向こうの君へ
扉を開けて廊下を進む。 あと、5m、4m、3m、2m、1m。
部屋を横切る大きなガラスに私は立ち止まった。
このガラスがもどかしいね。
でもきっとこの距離がみんなが一番幸せな距離。
足元にぽっかり空いた隙間に、私は宝物を一掴み差し入れた。
沢山のキラキラ輝く宝物を見て、戸惑う君がちょっとだけおかしい。
でも、少しするとその山をかき分けて中でも歪な宝物を君は迷わずひっぱり出した。
分かってても笑ってしまう。
もしかして気を使ってる? なんてつまらない事考えちゃうくらい、君は真っ直ぐそれを見つけ出す。
でもきっとその形が好きなんだよね。 すごく嬉しいよ。
前のはだいぶん尖ってて、君の手を傷つけちゃった。 私ってつい力が入っちゃうからね。 ごめんね。
だから今日はちょっと丸っこくしてみたんだ。
気に入ってくれるかな?
差し入れ口にまだちょっと幼い手で、ぽつりと置かれたそれを私も手に取った。
こんな事初めてだ。 どれどれ……。
柔らかくて、それにちょっと甘酸っぱい香り。
うーん、それになんだか私好みな色合い。
もしかして……気を使ってる? 冗談。
すごくいい出来だね。 びっくりした。
うん。 言う事なし。
でも悔しいからちょっとだけダメ出し。
ほらこんなにゴテゴテキラキラいっぱい付けちゃってさ。
これじゃ眩しくて君の心が見えないよ。
ちょっとでいいんだ。
君の心が一番綺麗に、面白く見えるキラキラをちょっとだけ付ければいいんだ。
君の心を手に取ってくれる人を信じてあげて。 その人達を怖がらないで。
みんな素直な君が見たいんだ。
いろんな形に面白く変わる真っ白なキャンバスみたいな。
私は大きなガラスに大きなカーテンを引いた。
分厚い布が被さる前に、ガラスに映った自分の顔がちょっと寂しそう。
一人がこんなに寂しいなんて知らなかったな。
手の中の君の宝物をちょっとだけ撫ぜる。
それからでっかいコートのポケットにしまって、私は玄関を開けた。
振り返れば、分厚いカーテン。
ばいばい。 今度は君の宝物を見るために来るよ。
バタンって音を立てて扉が閉まる。
もう、朝なんだ。
ガラスの向こうの君へ 伊藤 経 @kyo126621
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます