5秒の可能性

ぎざ

5秒の可能性


 俺はさっき起こった悲劇に対して思いを巡らせた。――その間、5秒。 


 目まぐるしく走馬灯のように過ぎ去っていく。首を振って、気持ちを切り替える。

 銃を握る指の一本一本に力を込める。ずっしりと重く感じた。命を奪い取る重さだろう。

 いや、命は思っているより、ずっと軽い。いとも簡単に呆気なく消える。もちろん、この俺だってそうだ。風前の灯火。俺の人生は吹いて飛ぶ紙切れみたいに、たった今その時を待つだけだった。


 人質に目をやる。

 彼は怖さに震えているように見えた。

 奥の部屋のここから見える位置に座らせていた。


 震える体力がまだあるなら、逃げ出そうと画策していてもおかしくない。恐怖は与えすぎると暴発する。俺の想定内で大人しくしてもらうためには、恐怖でうまく繋いでおかないとな。

 そのためには、銃を撃つより、銃を構えてにらみを利かせる程度の圧力で事足りるだろう。これで、少しでも変な動きを見せたら、わかっているな? と相手に想像させることができるだろう。後は、恐怖で勝手にその場に縮こまっていてくれさえすればいい。

 俺だって、いたずらに人を殺したいわけではない。ただ、俺の言い分を聞いてほしかっただけなんだから。


 俺は人を殺してはいない。ただ、近くで銃声がして、足元に銃が落ちていて、銃を拾った瞬間を目撃されて通報されただけだ。そして、近くには知り合いが銃で撃たれて血を流して死んでいた。本当にただそれだけなんだ。


 どうしてそれで俺があいつを殺したってことになるんだ。冷静に考えろ。整合性がないだろう。因果を教えてくれ。風が吹けば桶屋が儲かるくらいの遠い可能性の果てに、俺が殺したという推論があるんだ。


 警察の奴らは話を聞いてくれと言っても聞いちゃくれない。目で見た事実を信じて疑わない。熱を帯びた銃、脳天に穴があき倒れる人、銃を持つ俺。イコール俺が犯人? おかしいだろう。話を、話を聞いてくれ。きちんと調べ直してくれ。俺は殺してないんだから。


 どうしてこんなことになってしまったんだ? 話を聞いてくれればいいのに。聞いてくれないから。銃を下ろせって? 下ろしたらどうなる? 俺は捕まって、殺してもいない罪に問われることだろう。俺の人生丸つぶれだ。


 ちくしょう。どうしてアイツを殺さなくてはならないって言うんだ。確かにアイツが生きていたら、俺が提出した卒論がアイツの書きかけのデータからパクったことがばれるから、大学での居場所がなくなっていただろう。

 アイツが死んだことにより、そのことが永遠にばれなくて済むから、殺す動機はあるかもしれない。

 でもそんなこと、俺がお前らに話すわけないだろう? だから、俺に動機があるだなんて、お前らには絶対にわかるはずがないんだ。それに、殺してないんだから。俺は。なぁ?

 大学での居場所の為に人を殺すなんて、そんな馬鹿なことを俺がするだなんてそう思っているのか。まったく警察というのはバカな奴らだ。銃を持っているからって犯人とされるんなら、お前らだって立派な犯罪者じゃないか!


 くそ。どうして近くの空いた研究室に立てこもろうとしたら、運悪くそこに学生がいたんだろう。こいつがいなければ人質を取るなんてこともしなかった。殺人なんてやってもいない俺に、人質なんてとりたくもない俺に、余計な罪が増えていく。


 ドアの外には警察が。俺の話を聞いてくれないくせに、交渉しようだなんて偉そうなことを言いやがる。自分たちの都合で、自分たちの都合がいいように俺を動かそうと、勝手なことを言いやがる。


 あぁ、人質のやつ、肩を震わせている。まるで、肩がとても痛いような、そんなに肩を掴んでも、震えなんて止まらないだろう。いや、おかしい。肩? 銃を撃ち慣れていないと、変な構え方で銃を撃つと、肩を壊すらしい。まさか、こいつが、アイツを撃った?


 そうだ、俺は殺していないんだから、犯人は別にいるんだ。

 冷静に考えろ。きちんと下調べをすれば、今ここで震えているコイツが犯人だということはわかる。えーと、なんだ、硝煙反応ってやつを調べさえすれば、俺の無実がわかるだろう。そして、コイツの罪が明らかになる。


 やった! よかった!

 警察の奴らに目にもの見せてやる。

 俺の話を聞かなかった奴らが大好きな、決定的な証拠をプレゼントしてやるんだ。


 俺は、籠城をやめることにした。入り口のドアに近づく。

 白状するんだ。今日俺の身に起こったすべてのことを、話してやるんだ。


 入り口のドアまでの距離、5メートル。

 歩けばたった5秒。5秒で俺は自由になる。

 俺の人生、終わったかと思ったが、今ここからまた始まるんだ。再スタートだ。

 卒論の件は、ばれることはなくなったし、俺はえん罪をこうむった被害者だ。


 悲劇の主人公なんだ!




 足をドアに向けて踏み出した途端に後ろから乾いた音がした。まるで銃声だ。


 後ろを見ると、人質が銃を手にしていて、自らの頭を撃ち抜いていた。

 



 おい。まじかよ。

 ……おいおいおい!!  嘘だろう!?


 これからって時に。

 俺の無実が証明されるって時に、一体全体何をしやがってるんだ!



 お前が口を割らなければ、お前が口を閉ざしてしまえば、俺が助かる道が閉ざされてしまうじゃないか。

 銃で頭を撃ち抜かれた死体と、銃を持って立てこもっている俺?

 こんなのどう考えてもおかしいだろうが!!


 その時、背中の方から何かが壊れる音が聞こえた。咄嗟に振り向くと、ドアが荒々しく開け放たれた。

 人質が頭を撃ち抜いた時の銃声で、警察がこの部屋への突入を決めたらしい。

 研究室の入り口のドアを開けて、武装した警察官の姿が見えた。

 深くかぶったヘルメットで表情は見えないが、銃を構え、俺を逃がさないようにドアの前に立ちふさがる。俺の言うことを聞いてはくれなそうだ。問答、無用。


「確保ォーーーーーー!!!」怒号が聞こえる。


 おい。おい、待ってくれよ。

 人質が追い詰められて頭をぶち抜く前に、あのドアを開けて助けを求めていれば。

 あと、たった5メートル。俺がもう少し早くドアを開けていれば、こんなことにはならなかった。時間にして、5秒。


 あと5秒、俺が真実に早くたどり着いていれば。

 俺はさっき、5秒もの間、ぼーっとしていなかったか?

 そんな長い間、俺は何をしていたんだ!!!



 くそ。もう、時間はない。

 俺に残された自由じかんは、警察官が俺に覆いかぶさるまでの、数秒。

 刹那のように長く、永遠のように短い、最後の自由じかんの中で。


 俺は銃を構えた。







 パンッ。



 乾いた音が、全てを終わらせた。




 完



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

5秒の可能性 ぎざ @gizazig

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ