32.移民船再調査-3

船の医務室は、破局的なモンスターパニックのための拠点、あるいは野戦病院として使われたのだろう。

空になった薬の容器やゴミ類が床に投げ捨てられている。

室内で2名が亡くなっていたので、俺は控えめに弔いのジェスチャーをした。

それにしてもなぜ、カプセルで眠っている者を全員起こさなかったのだろうか。考えられるのはパニックを回避する為か。縦穴から地上に出られる見込みが立つまでそのままにしておき、原生生物の襲撃は起きている人間だけで凌ぐつもりだったのかも知れない。

「ミスティー、以前に取得していたデータと、2名の死者のデータを突き合わせてくれ」

「わかりました。……結果を送信します」

「日本の名前じゃない。シュンの両親じゃなさそうだな。船医はシュンの母親のはずだが」

「安心してる?それじゃあの子を贔屓しすぎよ、ケイド」

「すまない」

改めて医務室の端末から新規のデータが取れないか確かめるため、専門のメンバーがハッキングに取り掛かる。

真っ当には協力を得られない類の船を調査しているわけだ。

表面から見た状態ほど、この世は平和ではない。それを知っている俺が、冷笑を捨て去る事は出来なかった。

人に見せるかどうかは別として、という条件付きだが……。

「コントロール取得できました」

アカウントの情報は以下。

医療担当、三ツ瀬カナエ

セキュリティレベル2。

「シュンの母親だ。これまでの血痕には該当データがあるが、死亡は確認していない」

「脱出している可能性はありますね。」

これで、医務室のスタッフ用船員リストと、カルテ記録が手に入った。

とはいえ、医務室のスタッフ用、とわざわざ注釈を付けずには居られない程度には胡散臭い。

ここに実態どおり書かれているとは限らないのだ。

ほとんどの人員が長期航行のために眠っていたのだろうし、急いで見るものではないと思いつつ、念の為カルテに目を通した。

航行途中で死亡者がでている。

そのファミリーネームは、「カトー」だった。

あの、シュンに接触してきた生徒の名だ。漢字では加藤だったか。

あの生徒の親族なのだろうか。

死因は、事故死だった。


「カルテに『カトー』姓の死亡記録を発見した。珍しくない苗字だが、シュンと接触してきた連中と関連があるかも知れない」

「こちらで調べます。引き続き、情報を回収してください」

俺は要請に同意しつつも、切り上げをわずかに先延ばした。

急ぎ、シュンのカルテ項目を探したのだ。


(カルテに、必要以上のことを書く訳がないか)

記載はあまりにもシンプルだった。

母船にて何度か目覚めている事と、健康である事くらいしか書かれていない。

母船そのものはゼーラールに降着して早い時期から存在が知られている。なにぶん巨大だったから、隠れようがなかったのかも知れない。

「それを使って帰ればいい」なんて、無粋なセリフを吐いたネイティブも多かったのだろうか?


ただ、シュンのカルテには、一つだけ気になる点があった。


代替記憶の定着は順調


「実子にこんな事書いて、平気なものかな」

「ケイド調整官?」

同行メンバーから声をかけられた。うっかり口に出したらしい……。

「何でもない。忘れてくれ」

「ここに長居しすぎて、デスゲーターが寄ってくると不利ですよ。移動しましょう」

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ゼーラール、混成の地 地谷縁 夏亀 @jabuti_nk

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