第41話 半ばルーチンのように

「フローラさん!フローラさん!」

 泥酔状態に陥りぐっすりと眠りこんだママを10分ほど揺すり呼びかけ、なんとか起こした。


「あらぁ…新人さん……」


「もう営業時間は終わりましたよ!常連さんたちも帰られました!」


 そうなのだ。ママを眠らせたあと、僕は営業終了の深夜零時まで、僕一人でなんとか接客していたのだ。


「あらぁ…私、寝ちゃってたのぉ…それはありがとうねぇ」

 数時間ほど眠っていたにも関わらず、まだ意識がはっきりしないのか呂律の回らない口調でママは答えた。


「いえいえこんなこと大したことないですよ…」

 イッキコールに乗って僕をヤりに来るよりかは、店の端で寝ていてもらった方がよっぽどラクだ。


「それでは僕はこの辺で失礼しますね」

 ペイジには悪いがこの店には永遠に戻らないだろう。危険すぎるからな。


「あぁ、ちょっと待ってぇ、コレ、渡さなきゃ」

 ママは、そういうとカウンターからゴソゴソと封筒のようなものを取り出した。


「これは…?」


「今日の分のお給料よ。よく頑張ったわねぇ」

 ママはそう言って僕の頭をわしゃわしゃしながら、僕に封筒を渡した。


 ヤられないように立ち回るので精一杯で、これがアルバイトだってことすら忘れていた…!

 ついに、ついに僕にも金が手に入った…!

 これで…魔法石が買える…かもしれない!


「ありがとうございます!」

 僕は、命を懸けて手に入れたお金の重みをしみじみと噛み締めた。


「それじゃぁ、初給料祝いとして一緒に飲みましょ…」


「明日早いのでこれで失礼します!!!」

 ボトルに手を伸ばして、さらにアルコールを体にいれようとするママを制して、僕は逃げるようにしてカフェを後にした…。



 危なかった…。


まさかバイト先がバーだと思わなかったし、ママが酔うとコールに合わせて僕をヤる危険な人だとも思わなかった…。


本当にこの世界で出会う女性たちにはキケンな性癖を持つ方が多いな…。


 僕は、疲労と空腹感と眠気とでいっぱいになった体を引きずるようにして、宮殿へと戻った。



 さて…部屋へと戻るか……ご飯は…食べてないけど…まぁいいか…疲れたし寝よう…。


 僕は、フラフラとよろめきながら、寝室のある宮殿別館へと向かった。


 ……すると。


「やけに遅かったじゃない?」

 後ろを振り向くと、腕を組んだティアラが仁王立ちしていた。


「ティ…ティアラ……!?ど…どうしてココに…!?」


 …も、もう深夜零時を回っているぞ!?

 な…なんでこんなところにいるんだ!?


 確か昨日会ったときは…僕が宮殿で迷子になっているんじゃないかと思ったと言っていたな…。

 

 でも……。


「い…いくら僕でも、寝室までの道は覚えたぞ?」

 そう僕が言うと、ティアラは慌てたような素振りで言った。


「べ…別に!?アナタが迷子になっているか心配していたわけじゃないし!?たまたま寝付けなくて、ちょっと散歩してただけだし!?何を勘違いしているのよ!?」


 そう言うティアラは昼間着ていた真紅のドレスのままだ。ドレスのまま寝るのか…?


 僕は、この世界の人々の文化には何度も裏切られてきたので、いまさら疑問には思わず、そういうものかと勝手に納得した。


「そ…それよりアナタ、どうせご飯食べてないんでしょう?こんな夜遅くまで魔法の特訓しているくらいだから…」


 そ…そうだった!


 僕は、フロレンティナの家に通っていることや、カフェでバイトをしていることを隠すために、学校に残って魔法の練習をしていることになっていたんだった…!


 危ない危ない…危うくこちらからボロを出すところだった…。


 僕が改めて気を引き締めていると、ティアラは僕に背を向け、言った。


「ついてきなさい。特別に作ってあげるわ」


 ……!


 また、夕食を作ってくれるというのか…!?


 や…優しいな…意外と……。


 ティアラには終始ヤられっぱなしだし、常に警戒してきたが、実はこうして優しい面もあるのかと僕は思い直した。


 僕とティアラは、本館にある彼女の部屋へと歩いて移った。


 そして、部屋に入るなり、ティアラはカウンターの奥に立って言った。


「待ってて。アナタの喜ぶ料理を作ってあげるから」


 ティアラは、今日もエプロンを付けて腕まくりをしている。そんな張り切る姿は見ていてほほえましい。


 ティアラ…可愛いな…こういう奥さんが欲しいかも……。


 僕は、うっすらとそんなことを思った。


 イヤ!ダメだろ僕!ティアラはすぐに僕を灰にしようとするヤバイ奴だ!


 油断するな!気を引き締めろ!


 僕は、昨日油断してティアラに燃やされたことを思い出し、改めて気を引き締めた。

 

 ……すると。


「できたわよ。はい、いっぱい食べてね」


 ………!!!



 僕は、目の前に差し出されたの衝撃で絶句してしまった。


「ホラ、昨日あんなに喜んで食べてくれたから…」

 ティアラは何だかモジモジした様子で、髪をくるくるといじりながら言った。


 僕の前には……。


 また…があった……。


 …おかしいだろおおおおおおおおおおおおおおおお!


 どうしてまた親子丼なの!?


 やっぱりこの国には親子丼しかないの!?

 毎日親子丼しか食べてないよ!?

この世界の思い出、親子丼ばっかりだよ!?


 僕は、再び、長めのサンマと、ぴちぴちと飛び跳ねる小魚と向き合った……。


 ティアラは、僕が手をつけるのを、キラキラした目で見つめている。


 いや…そんな嬉しそうな目で見られても…昨日だって、本当は食べ終えたあと、すぐに吐き出しちゃったんだけどな……。


 だが、ティアラはそんなことはつゆ知らず、僕がおいしく食べていると思っているようである。


 本当は…本当は、他のメニューがいいとか、残したいとか言いたいんだけど…相手はティアラだ…侮辱と捉えられたら、即灰になるからな…。


 僕は、覚悟を決めて、食べることにした。


「おぉおおおおおおお!」

 昨日同様、生き生きとした、というか生きている小魚たちを感じないよう、猛スピードでかきこんだ。


「やっぱり…そんなに美味しいのね…」

 僕が高速で食べる姿を、ティアラは変わらず勘違いしている。


「ウ…ウップ……」

 僕は、時間にすれば、ものの1分で全てを飲み込んだ。今日はご飯を食べていなかったから、さらに早く食べることができたようだ。


「ウフフ、どう?美味しかった?」


「美味しかった…です…ウップ…」

 まさか不味いだなんて言える訳がない……!


 ……!!!!!


 突如、胃の中で何かが暴れまわっている感じがした!


 ……この小魚たち!!!


 この親子丼の難点は、味自体は悪くはないのだが、小魚がぴちぴちと生きが良すぎることにある。

 食べているときの食感、そしてこの食べ終えた後での胃の感じが最悪なのだ。


「ご…ごめん!明日も忙しいだろう!?今日は疲れたし、僕はもう寝ることにするよ!それじゃあご飯作ってくれてありがとう!」

 僕は、今にも吐きそうになるお腹を押さえて、走ってティアラの部屋から飛び出した。


 ……ヤバい!吐く!ゼッタイ吐く!


 僕は、度重なるこの親子丼を食べた経験から、自分の吐き気を正確に把握できるようにすらなっていた。


 ……これはダメなヤツ!ダメなヤツだぁああああ!


 僕は、また拍子抜けしたようなティアラを後に残して、自分の部屋へと駆けた…。


 そして、僕を部屋の扉から見送っていたティアラは、ボソッとこう言った気がした……。


「だから…なんでいつもすぐに帰っちゃうのよ……」



「ダダダダダダダ」

 僕は、リリースしてしまうことを耐えることは諦めていた。問題は、どこにリリースするかだけだった。


「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」


 結局、僕は昨日と同じ中庭の茂みに駆け込んで、先ほど胃へとキャッチした小魚たちをリリースした。


 ハァ…ハァ…ハァ……。


 この…帰宅してからティアラに親子丼を食べさせられ、その後吐く流れが…もはやルーチンになっていないか…?


「ぴちぴちぴち」


 リリースした小魚たちと向き合うのも、もう3度目である。


 毎日毎日、1日の最後はこの元気な小魚たちを見て終わるんだよなぁ…。


 いや…だが…何はともあれ今日も生き延びたんだ……。


 悪くはない。

悪くはない勇者人生のはずだ…と自分に言い聞かせ、僕は部屋に戻り、倒れこむようにしてベッドで眠りについた……。

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僕は美少女にヤられたくない なっつん @AONO_NATSUKI

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