第10話
大きな茶色い箱のようなもの二つに囲まれながら、サヤカはただただ泣いていた。そんなサヤカを慰めるかの如く、緑色のくせ毛の強いその男は現れた。
「いやぁ、ご苦労ですサヤカさん。大丈夫ですか? ハンカチ、いりますか?」
「クラウス……隊長……」
男の名前はクラウス。サヤカが所属しているタソガレ隊の隊長である。
「お勤めご苦労。あとは私が上手くやっておきますよ。だから安心して消えなさい」
「え……? ……ひゃあっ!」
クラウスが不気味に微笑んだその瞬間、サヤカの周りにも同じような茶色い壁が出現した。
「ふっふっふ、蘇生者も所詮は卑しき存在。用が済めば単なるゴミくずです。御安心なさい。あなたも彼らと同じところへ葬ってあげますから」
「そん……な……」
涙も虚しく、サヤカもまた、箱の中に閉じ込められてしまった。
「さあ、準備は整いました。後は彼女がどう動くかですねえ……ふっふっふ」
不気味な笑い声をあげながら、クラウスと共に、白い空間は三つの箱もろとも闇に消えていった。
「くっ! ここから出ないと!」
中から壁を何度も何度も俺は叩く。けど、壁はびくともしない。
くそ、やっぱ今日は厄日だ。このままだと、俺は抹殺されてしまうかもしれないらしい。
「渉。無駄よ。サヤカの能力はあらゆるものを閉じ込める。サヤカの意思ではないと開けることは出来ない」
「ヒカリは冷静に座っているけど、何か手はないのか!?」
「残念だけど、今の私の力じゃあ何もできない」
そう言いながら、ヒカリは手に持っていた端末サガ・シダースを床に置いた。サガ・シダースの画面の光が、暗い箱の中を照らし出す唯一の明かりになった。
「ほら、あんたも置きなさい」
「あ、ああ」
俺も懐からヒカリからもらった端末ミ・ツケールを起動させ、床に置いた。二つの端末の光で、中はだいぶ見えるようになった。
とはいえ、一体どうしたらいいものやら。
「ねえ、暇だし、よかったら……その、お話でもどう?」
「暇だしって……。それどころじゃあ」
「それくらいしか今の私達には出来ないでしょ。……悔しいけど、助けを待ちましょ」
「ヒカリ……」
確かにヒカリの言う通りかもしれない。ここで無駄に体力つかって、また胸の奥が痛くなったら本末転倒だ。
「……ちょうど、あんたに聞きたい事あったわけだし」
「あー、そう言えばヒカリが俺の家に来た時もそう言っていたよな」
まあ、丁度いい。俺もヒカリに聞きたい事が山ほどある。
狭い箱の中で、俺はヒカリの正面に座り込んだ。
「んで、話って?」
「うん。……聞きにくいんだけど、でも聞くわ。あっちの世界のワタル、もう死んでいるよね? 正直な話」
……いきなりか。
「どうしてそう思う?」
「魔法世界の任務行くとき、あんたに対して私は能力を使ったじゃない? その時に気づいた。ワタルの心臓が動いていないことに」
「……そっか」
なるほど。なら、ヒカリは分かっていたのか。
「俺もはっきりとはわかんないんだけど、たぶんそーだと思う」
「……そう」
ヒカリは少し悲しそうに表情を沈めた。
「転生した時、ワタルは自分で、もう生きられないって言っていたからな。だから、俺をワタルとして転生させたんだと思う」
「そうだったんだ。でも、何のために? 今更だけど、あの世界での転生は最大のタブーなんだけど?」
「わからない。ただ、誰かを救おうとしていた。ワタルがいなくなれば、その人を庇えなくなるって言っていた」
「庇えなくなる……? ワタルの憑依能力で、誰かを庇っているって事?」
「俺に聞かれても……」
「はぁ……。全く、しっかりしなさいよね! 今あんたはワタルでもあるんだから、何か覚えていたりしないの?」
「それなんだけど、俺ってアカネさんに追放されたんだよな? 俺はワタルなのか?」
俺は反転生領域を使えなかった。それに、ターゲットの転生タイプを見抜くことも出来なかった。そもそもの話、俺は魔法世界でアカネさんの青い瞳を見た。そして、気が付いたら元の世界へと戻っていた。俺はもうワタルではないのではないかと思った次第だ。
「あんたは……実はまだ、追放されていない」
「え?」
「いや、できなかった……って言うのが正しいのかな」
「できなかった……だと?」
それって、どういう……?
「いいわ。あの後の事、話してあげる」
ヒカリはそう言うと、俺に魔法世界の直後の出来事を話しだした。
「あの後、あんたは眠りについて、私はアカネさんにあんたが転生者だって聞かされた。でも正直……驚かなかった」
「やっぱ、あんだけ知らない事連発すれば、そりゃあ怪しむか」
「ううん。あんたが、私の知っている人と同じことを言っていたから」
「知っている人?」
一体それって誰なんだろうか。
「まあ、その話は後。それで、アカネさんはワタルを元の世界に戻そうとした。何の確証もなしに同胞に対する反転生領域の使用は処罰の対象。なのにも関わらずね」
「なっ……。そんな決まりが……」
って事は、アカネさんは何か余程の覚悟を持って俺を……?
「でも、戻らなかった。信じられない話、あんたは転生者なのかもしれないけど、転生者ではないって判断されたのよ。現に、能力使っても、あんたのステータスはあの世界のワタルのままだった」
「なんだって……」
いや、でも俺は転生者だぞ。それはおかしいだろう。一体どうなっている?
「でもアカネさんは、あんたが地球世界のワタル……仙波渉だって信じて疑わなかった」
「……どうして?」
「分からない。だから、アカネさん本人に聞いてみるしか」
そこはヒカリも分からないのか。なんで俺の正体が仙波渉だって分かっていたんだろうな。やっぱ、直接聞いてみるのが一番か。
「それでアカネさんは、あんたを追放ではなく、地球世界へと転送……送り込んだ」
「……って事は、俺はまだワタルでもあるって事か?」
「そういう事ね。最も、何故か身体は地球世界の渉になっているっぽいけど」
「うーん?」
確かに今の俺は心臓がある。紛れもなく俺の身体だ。
でも、向こうの世界に行ったら、俺はワタルの身体で魂は仙波渉だった。でも、こっちでは身も心も仙波渉って事か。でも、ワタルでもあるって……いったいどういう事だ?
「今の渉は、あっちの世界のワタルでもあるのよ。だから、何か思い当たる事とかない? 何か思い出せることは?」
「うーん、それがさっぱりなんだよな」
転生した後も、わかる記憶と分からない記憶でごっちゃになっていたし。
何か、覚えている事……は。
『ワタル。お前に頼みがある。お前の能力で、アイツを憑依させてくれ』
「あー、でも一つ心当たりあるかな」
そう、それは、さっきも話に出ていたススムなる人物にも関係するかもしれない話。偶然にも、俺の兄貴と同じ名前なわけだが、兄貴と同じ顔の男の記憶がワタルにはあった。
「俺の兄貴……進って言うんだけど、兄貴と同じ顔の男に、アイツを憑依させてくれって頼まれた記憶がワタルにはある。誰の事なのかは分からないけど」
「ススムに?」
「というか、ススムって誰だ? 俺の兄貴と関係あったりするのか?」
「…………」
それを尋ねると、ヒカリは悲し気に目を伏せた。その表情は、さっきのサヤカを彷彿とさせるようで、なんというか、見ていて辛い。
「あー、言いにくかったら言わなくていい。聞いてごめん」
「兄よ。私の」
「え……?」
兄? 今、兄って言ったのか?
「ススム……元クレナイ隊隊長にして私の兄。そして、元地球世界からの異世界転生者」
「へ……」
「その世界では……仙波進という名前だった」
……は!?
「だから、ススムは私達共通の兄って事になるわ。あんたの名前をアカネさんから聞かされた時は心臓が飛び出るかと思った」
「はぁあああああああああああ!?」
死んだ兄貴が、あの世界への転生者で、ヒカリの兄貴!? 本気か!?
「ちょっ!? こんな狭い空間で大きな声出さないでくれる!? ホントに心臓飛び出るかと思ったじゃない! バッカじゃないの!?」
そりゃあ大きな声も出るっての! え、何? 兄貴のやつ、死んだ後あの世界に転生したってのか!? しかも転生先がヒカリの兄!?
「は、ははは……何だコレ。なんだこの関係性……」
「それはこっちのセリフ! 全く、ホントなんなの……!」
はぁ。なるほど。どーりで仏壇に手合わせる時間が長かったわけだ。
「ってことは、ヒカリは暫くの間俺の兄さんと過ごしたってわけか?」
「はぁ……大変だった。一つの身体に二つの魂。人格がよく変わるからめっちゃ大変だった! バッカじゃないの! って何回も思った!」
「そっか。兄貴が迷惑かけた」
「本当よ! 全くもう!」
ヒカリはため息をこぼすと、こう続けた。
「……でも、優しかった。本来の馬鹿兄貴……自堕落で面倒くさがり屋のススムとは違って、仙波進は……他人想いで、兄さんらしかった」
「性格そんなに違ったのか?」
「まあね。正直私は進さんの方が……って、何言わせんのよ!? バッカじゃないの!」
「いや、あなたが勝手に言っただけなんだが」
でも、そっか。兄貴、慕われていたんだな。弟としてはちょっと嬉しい。
「ってことは、さっき言っていた知り合いってのは」
「そ。私の兄、ススム。あんたたちやっぱ兄弟ね。生命力はとっておきの力。生きていればチャンスはいくらでもある。よく言ってた」
「ははは。ヒカリもあの人に色々言われた口か」
「うん。それに、自分の身体を顧みずに誰かを助けるところとか、ホントそっくり。さっきレッシャに乗っていた時とか、まるで……その……あの……」
「まるで……?」
「な、なんでもない」
「はは。なんだそりゃ」
そう言った時のヒカリの表情は、どういうわけか赤く染まっていた。
「と、とにかく! ススムは魂を二つ宿す存在に……憑依型の異世界転生者になったわ。でも、あの世界は異世界転生を良しとしない。だから……」
「言ったのか? ススムが、異世界転生者だって事を」
「正直最初はそうしようか悩んだけど、それを止めたのは私の兄、ススムだった。彼には成し遂げたい事があるって。責任は負うから、それまでは黙っていてほしいって」
「成し遂げたい事?」
「それが何だったのかは、私にもわからない。でも、もしかしたらワタルに頼んだ事と何か関係があるのかもね」
「そっか。じゃあ、ヒカリは黙っていてくれたんだな」
「うん。そのうち私も言う気は無くなっていた。進さんには生きていてほしかったから」
「ヒカリ……」
あの世界では異世界転生はタブー。なのに、ヒカリもそう思ってくれたのか。
「戻る世界があるならともかく、あんたの兄さんは既に他界。戻る世界なんてなかった。タブーなのは承知の上。でも、私は生きていてほしかった。それ以外に理由なんてない。だから、気のすむまであの世界にいればいい。そう思っていた」
二つの端末の光が俺とヒカリの顔を照らす中で、ヒカリは話を続ける。
「正直ね、私は、異世界転生は賛成派」
「え……」
異世界転生を良しとしないのがあの世界のルールだ。なのに、ヒカリは賛成なのか?
「まあ、最後に元の世界に戻って現実と向き合ってもらう事が大前提だけど。それをしてくれるなら、少しくらいは転生経験したっていいと思う」
「転生経験……か」
なんというか、すんごいパワーワードだ。この世界を知らなかったら聞く事なんてなかっただろうな。
「勿論、イクトの時みたいに、何も頑張んないで別世界に逃げ込んで、特別な力を手に入れて、力を誇示するだけして、傲慢なふるまいをするなら別よ? でも、世界は沢山あるのも事実。なら、転生の経験してみて、新しい経験をして、それを糧にして元の世界に還元する。正直、そのくらいフットワークは軽くていいんじゃないかと思う」
「なるほど。異世界転生で現実逃避するのではなくて、現実と戦うための力を付ける程度には異世界転生はあった方がいいって事か」
「うん。そして死人も同じ。成仏する前に、転生世界で未練を晴らして、本当の意味での次の転生の糧にしてくれればそれでいい。それが私の考え」
「そっか……」
その話を聞いて、俺は思わず頬が緩んだ。
「やっぱ、変……よね。あの世界の住人なのに、こんな考え持って」
「いんや。兄貴の転生先が、ヒカリの傍で良かったって、心から思った」
「渉……」
「ありがとう、ヒカリ。たぶん、兄貴も幸せだったと思う」
そう言って礼を言うと、ヒカリは照れくさそうに頬を染めた。
「んで、さっきのサヤカとの話から察するに、その兄貴も結局は見つかって粛清された……って事なのか?」
「……うん」
「その、辛かったな……」
「大丈夫、もう乗り越えた。それに、転生者になった時点で、兄貴も私も、覚悟はできていた。……成るべくしてなった結果よ」
そう強がっているヒカリだが、表情はやはり暗い。そりゃあそうだ。家族を亡くしたのに喜ぶやつはそういない。今はこう言っているけど、暗い表情から察するに、当時は相当悲しかったんだろうな。
いや、強がっているだけで、もしかしたら今も……かな。
「それで、ススムの粛正にはサヤカが関わっているって事でいいのか?」
「うん。誰にも話さなかったのに、何故かススムが転生者だってバレた。そしてそれを摘発したのがサヤカだった」
「なるほど。道理で……」
サヤカがヒカリに合わせる顔がないって言っていたのも頷ける。
「けど、どうしてサヤカは分かったんだ? もしかして、ススムに対して能力を?」
「それは確証を得てからだと思う。たぶんきっかけは……進さんが異世界転生したことで目覚めたススムのチート能力」
「チート能力?」
「元々兄貴は治癒系の能力を持っていた。傷を癒すとかそう言う感じの。それが異世界転生を経て一気に覚醒したんだと思う。死んだ人間を生き返らせるって言う蘇生能力に」
「な……!?」
なんつー能力だ……。いや、ゲームとかそう言うのだったら分かる。だが、現実で本当に起きるものだと考えたら、それは紛れもなくチート能力だ。死人が生き返るなんて、本来はあり得ない話だ。
「たぶんサヤカは……一度死んだ人間。それをススムが生き返らせた。それでバレたんだと思う」
「……そういう事か」
その話を聞いて、俺の中であるモノがつながった。
それは、俺が転生した際に見えたある光景。サヤカも頼むとススムらしき人物に頼んでいた俺の姿。そして、何故か止まっているワタルの心臓。
という事はだ。
「ヒカリ。その事なんだが、たぶん俺も」
「わかってる。ワタルも蘇生者でしょ。サヤカと同じで」
「どうしてわかった? やっぱ心臓止まっていたから?」
「いや。これに関しては元々アカネさんから聞かされていた。ワタルは死んだ兄貴の能力に助けられた人間だって」
「そうだったのか……。でもなんでアカネさんが?」
「それは分からない。ただ……」
ヒカリは今までとは比にならないような真剣な眼差しで、俺にこう言った。
「蘇生者だとしても、ましてや転生者だとしても、あんたの心臓が動いていないのに、ワタルとして活動できた理由にはならない。渉は……イレギュラーすぎるわ」
そうか。蘇生者だからと言って、心臓が動いていないってわけではないのか。なら尚更分からないな。
そして俺がワタルとして活動できる理由……か。
「だから何か些細な事でもいい。他にわかる事はない? あんたが……ワタルが何をしようとしていたのか」
「うーん……」
「なんかメモとってたりとか?」
「メモ、かー」
と言ってもな。メモをとっていたとしても俺の身体はワタルではなく仙波渉。荷物だって学生道具だけだ。ポケットを漁ってもハンカチとティッシュだけだし。
「あれ? 渉? あんたその姿……」
「ん?」
ヒカリに言われ俺はふと気が付く。何の前触れもなく、俺の服装は仙波渉のモノではなく、ワタルとしての服装に変わっていた。そして、胸の奥にも違和感を覚えた。
「動いていない……?」
俺の胸の奥で、心臓は止まっていた。でも、苦しくもないし、体温も低くない。さっきと変わらずだ。
「どうやら、サヤカがあっちの世界に渡ったんだと思う」
「なるほど。それで俺の姿もワタルのモノに変わったって事か」
だが、ヒカリの姿は変わらない。地球世界で俺の金を使って買った新品の洋服のままだ。
つまり俺だけが服装が変わった事になる。これも心臓が動いていないのにワタルとして活動できる理由なのだろうか。
まあ、今はその事は後回しだ。あっちの世界に移動してしまった。つまり、抹殺までの時間が迫っているってことだ。早くなんとかしないと俺たちは粛清されてしまう。
何かないのか? こっちの服装に何かメモとかって……ん? メモ……。
「そう言えば……」
俺はローブの内ポケット手を入れ、それを取り出した。そこには、魔法世界で遭遇した敵の情報や戦闘状況を記録していたメモが入っていた。
「それ! それに何か書いてない?」
ヒカリに急かされるように、メモ帳を開いて、書かれているそのページを読み上げる。
「んー、と……カマキール。昆虫型の魔物。魔法世界にて遭遇」
「そんなのどうだっていいじゃない!? 他は!?」
「んーー……」
……すごい。それしか書いていない。他のページは白紙だ。どんだけ仕事していなかったんだワタル。
「ないね」
「呆れたわ……」
「本当にな」
よりにもよってメモがあの戦闘メモだけとはな。しかもロクにメモっていないとは。我ながらびっくりだ。こんなんだから愚図とか言われるのかもしれない。
カマキールね。確か、あの時イクトが言っていたな。コイツの体液は人の脳に何らかの影響を与えるから注意とかなんとか。ん? カマキール?
『どっかの世界の昆虫の魔物の飴。カマキールだったかな? 隊の人に頼んで素材を調達して作ったよ』
「あっ!!」
「ひゃっ! ちょっ! びっくりしたー! いきなり何を」
「あった。手がかり」
「え?」
俺は鞄からそれを取り出した。それは、サヤカからもらった銀色の筒に入った何か。それを開けてみると、中からは紫と緑色の縞模様の何ともおいしそうとは思えないドロドロとした飴玉が出てきた。
「渉。……何、そのグロイの」
「サヤカの……料理だと思います」
「……ご愁傷様」
それを見た時のヒカリの表情は、ススムの話をしていた時か、それ以上に暗くなっているように感じた。しかも心なしかブルブル震えているような……。
「その反応、さてはヒカリもサヤカの料理を知っている口」
「お願い言わないで。忘れていたいはずの記憶が……う、なんか、吐き気が……」
そう言いながら、口を押えるヒカリ。どうやら、よっぽどのことがあったらしい。
「全世界を征服できるわ。……サヤカの料理は」
「言うな。俺は今からこれを食べなきゃいけないのかもしれないんだから」
サヤカが言っていた。前にワタルに頼まれていたって。けど、ワタルはサヤカの料理を全然食べていなかった。なのに意味なくこんなのを頼むとは思えない。それにあのメモにはカマキールと書いてあった。更にイクト曰く、カマキールは脳に何らかの影響を与えるって言っていた。そしてサヤカは、カマキールを素材として作ったとも。
……一体どういうものなのかは分からないが、一か八か、賭けてみる価値はある。
「ヒカリ、吐いたらゴメン」
覚悟を決めて、俺はその飴を口の中に放り込む。
口の中に入れた瞬間に、とてつもなく苦い酸味が口の中を制圧した。
「渉。モザイクかけなきゃいけないような顔になっている」
「が……が……」
「私が言うのもなんだけど、あんた今日災難ね……。同情するわ……」
やはり今日は厄日だ。間違いない。
でもヒカリだって同じような目に遭っているというのに、気にかけてくれるあたり、当たり強いけどヒカリって優しいんだなと心から思う今日この頃。だがしかし、そんな事をヒカリに話す余裕は一切ない。
……口の中が焼ける! そして、頭が非常に痛い!!
「がぁあああああ……!!」
「ちょ!? 渉!? しっかりしなさい! 渉!」
頭が……割れそうだ! だが、この時、割れそうなのは俺の頭の中だけじゃあなかった。
「え? なんかこの中、ヒビ入ってない?」
「が……っ!?」
ヒカリの言うとおり、この部屋の壁にはヒビが入っている。ヒビはどんどん広がっていき、この空間は一気に崩れ去った。
崩れ去ると同時に広がっていたのは、反転生領域の白い空間。そして、赤く光る鎌を携えているアカネ隊長の姿だった。
「ヒカリ、ワタル。遅くなった」
「アカネ隊長!」
ヒカリは嬉しそうにアカネ隊長に駆け寄る。
どうやら、アカネ隊長が助けてくれたらしい。ひとまずは助かった。ひとまずは。
「二人とも無事か?」
「あー……私は無事だけど、渉が……その、サヤカの飴を食べて……」
「ぐっ……がっ……」
「はあ。全く、いつまで経っても、世話の焼ける奴だな。お前は」
そう言いながら、アカネ隊長は腰を下ろした。そして……。
「へ……?」
「アカネ隊長?」
アカネさんは、俺の頭をそっと撫でていた。
「馬鹿な奴だ。本当に。元の世界に戻れと言ったのに……」
いつもは険しいアカネさんの表情はとても穏やかで、手つきはとても……優しくて温かかった。
『泳いでいる時の渉は最高にかっこいい。義姉さん、嬉しいぞ。頑張ったな、渉』
それはまるで、俺のよく知っていたある女性を彷彿とさせるようで……。
「ヒカリ。渉と、あとサヤカを頼む」
「え?」
「隊長としての、最期の命令だ」
アカネさんはそう言うと、ゆっくり立ち上がる。
鎌を手にし、アカネさんは他の二つの大きな箱を切り裂いた。
一方からは転生者の勇者と魔王、もう一方からはどういうわけか、倒れこんだサヤカが出現した。
「アカネ……隊長? これってどういう……はぅ!」
アカネさんはヒカリの頭にもポンと手を乗せ、わしゃわしゃと撫でる。
「こっちのススムも、素敵な男性だった。そして、言うまでもなく妹であるヒカリも、まるで、義妹のように可愛いかった。今まで一緒にいてくれてありがとう。ヒカリ」
「何……言っているの? アカネ隊長?」
「愚図な義弟の事を頼む。ヒカリ」
……待ってくれ。
あんた、あんたまさか……。
くっ、どうして声が、こんな時に声が出ないんだ……。
「待って、何の話? アカネ隊長」
「来たか。……別れの時間だ」
険しい表情をするアカネさん。 そして鎌をギューッと握るアカネさんの一方で、どこからともなくそんな不気味な笑い声が聞こえてきた。
「遂にボロを出しましたねえ、ふっふっふ」
青い光と共に、アカネさんの正面に緑色の癖の強い髪の男が出現する。その男は、サヤカが来ていたローブと同じ格好をしている。コイツ確か、転生した直後にサヤカを連れて行った奴……。
「タソガレ隊隊長、クラウス。過激派の中心人物」
分からないであろう俺に説明するかのように、ヒカリはそう呟く。けど、ヒカリの表情もまた、険しくなっていた。
過激派の中心人物にして、サヤカの隊の隊長。という事は、コイツが俺たちをハメようとした張本人か。
「この空間はサヤカの封印能力によって生み出された特殊空間。サヤカでなければ侵入できない。にもかかわらず、あなたは特異なその能力によって、ここへ足を踏み入れた。それは即ちチート能力。つまりあなたは……普通ではない!」
「だったらどうする? 私利私欲のために自分の隊員にまで手をかける偽善者め」
「異端な存在に人権はない。サヤカは大儀の為の犠牲。転生者を差し出せば、上も多めに見てくれるという算段です」
「とんだ外道だな」
「何とでも言いなさい。世間は大罪人のあなた方を捕えた私を支持してくれるでしょう」
「……転送」
アカネさんがそう呟いた途端、俺とヒカリとサヤカ、そして転生者二人の身体は青く光り、視界が青く染まっていく。
ちょっと待ってくれ。俺はあんたに確かめなければならないことが……。
「アカネさん!? アカネさ」
ヒカリの姿は消え去り、そしてサヤカと転生者二人の姿も消え去っていく。一方の俺は、消える事もなく、その場にい続けていた。
「させませえん。何故なら、あなたの能力で彼女をアカネたらしめているのですからね」
緑色の癖の強い髪の男が、俺に向かって手を伸ばしている。手には、ガラス状の球が握られていた。
「転送妨害か。なら、貴様を止める!」
アカネさんは鎌を斬り上げ、そこから斬撃波を放出した。赤く鋭い斬撃波が、男目掛けて直進する。
だが、クラウスもまた、懐から棒きれを取り出し、そこから緑色の鎌を放出させる。そして、アカネさんと同じように斬撃波を放出した。
二つの斬撃波がぶつかり合い、やがて相殺した。
「ふっふっふ。いい能力ですねえ、どういった能力なのかはよくわかりませんが。普通ではない事だけは分かる」
「……貴様の能力、ラーニングか?」
「ご名答。私は三つまで、見た能力を習得、保管できる。短い時間ですがね。一つはサヤカ。一つは今のあなたの能力をラーニングさせていただきました。そして……」
男が指をパチンと鳴らすと、俺の身体から紫色の光が静かに真上へと昇って行った。同時に、身体が怠くなっていくのを感じる。
「相手の魔力を削る能力です。これで、あの女の化けの皮がはがれます」
「くっ! しまっ……」
アカネさんの身体は紫色の光に包まれると同時に、光は二つに分裂していった。
光が消えるとそこから現れたのは、いつもと変わらないアカネさんの姿。そして……。
「っ……!?」
俺は、目を丸くせざるを得なかった。
もう一つの光の中から現れたのは、長い髪の黒髪の女性。だが、それは俺が知っていた人物だった。
「やはり、アカネに憑依していましたねえ。地球世界からの転生者にして大罪人、仙波進の恋人、赤井かなえ!」
……嘘だろ。
なんで、なんであんたまで……。
まさか兄貴……。兄貴の目的って……。
「さあ、二人まとめて上層部までお連れしましょう。これで証拠は揃いました。これで思う存分あなた方を抹殺できます。ふっふっふ」
クラウスが指を鳴らすと同時に、俺たちの周りに、茶色い壁が出現した。
「させ……ない……。あの子だ……けは……」
黒髪の女性は、倒れこみながら、歯を食いしばる。静かに手を俺目掛けて差し出すと、俺の身体は青く光り輝きだした。
「まだこんな力が? 素晴らしい。流石は異世界転生者。やはり恐ろしいですねえ」
「わ……たる……」
俺の視界が青い光に包まれる中で、俺の視界は、白く歪んだ。
「私達の……分まで……最期まで……生き……。およ……いで……」
「かなえ……義姉さん……。義姉さん……っ!」
擦れた声を必死に喚かせながら、俺は最後までその人を呼び続けた。
「かなえ義姉さん……! かなえ義姉さぁああああああああああんっ!!」
水で歪む青い視界の中で、アカネ隊長の……いや、かなえ義姉さんの優しい笑顔は、闇へと消え去った。
アンチ異世界転生世界の転生者 平カケル @Neru-Kure-Zero
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