第9話

「というわけで、本日の講義は以上。次回までに本日分のレポートまとめてくるように」

 本日の授業も終わり、俺はようやく自由を手に入れる……はずだった。

「レポート、かぁ……」

 まさかの課題に机に突っ伏してしまう俺。

「あ、ははは。ドンマイ。……はぁ」

 そう言って微笑みかけてくるサヤカだったが、サヤカは何故か深くため息をついた。なんとなく、この教室に入ったあたりで、サヤカの表情は暗くなったような気がする。

 まあでも、それもそうか。なんせ、ターゲットがすぐ近くにいるんだからな。気が抜けない状況だ。大方、緊張しているんだろうな。

「ターゲット、何もやらないな」

「うーん。そうなんだよね」

 前に座っている例の青年は、筆記用具や資料を鞄の中に入れているだけで、特に何もおかしな点はない。とはいえターゲットらしいし、このまま余計なことさせる前に捕まえてしまった方がいいのでは?

「もう確保してしまうのはどう?」

「ダメだよそれは。間違っていたら大変だもん。隊長にも言われているんだ。こう言うのはもっとちゃんとした確証を得てからって」

「まあ、それもそうだな」

 確かに、うっかり別の人に接触してしまえばそれこそ大変だ。一般人に異世界の事を知らせてしまいかねない。

「こーいうのはちゃんと転生者だって自分の目で確かめて確証を得てからじゃないと」

「確証ね。と、言うと?」

「例えば……能力を使ってからとか?」

 と、サヤカが言ったその瞬間だった。

「きゃぁっ!?」

 教室内に突然と女子学生のあられもない声が聞こえてきた。

「ひゃぁあっ!?」

「うそぉッ!?」

 と、次々と女子学生たちは声を上げていく。

 なんだ? 一体何が?

「ワタル。ターゲットが動いたっぽい」

「まじか」

 だがなんだ? いったいどんな能力だ?

 ターゲットに視線を送ってみたが、特に目立った動きはない。だが、何やら顔が少しニヤついている。

「ワタル。ターゲットの鞄、なんだか、随分と膨らんでいると思わない?」

「ん? あー、確かに」

 ターゲットが身に付けている鞄はショルダーバック。マジックテープで中を閉める仕様のものだ。さっきまではマジックテープの部分何て蓋で覆いかぶさっていたはずなのに、今は何故か、マジックテープの部分がはっきりと見えている。蓋がかなりギッチギチだ。

 この短時間で何かを鞄に入れた? それが能力か? でも、このアッチこちで聞こえてくる女子の悲鳴はなんだ? しかもどことなく皆、顔を赤く染めている。一部では涙目になっている人さえいる。皆の様子だと、絶対何かされているとは思うんだが。

 まさか、朝の痴漢みたいな能力? でも、それだとあの鞄のふくらみは一体?

「ワタル。ターゲットを追いかけよう。そして、鞄の中身を確認させてもらお?」

「そうだな。その方が手っ取り早そうだ」

 教室から出るターゲットを、俺とサヤカは追いかける。ターゲットは真っ先に外へと出て、そして、人気がない校舎の裏手へと足を運んだ。

 俺とサヤカはバレないように、物陰に隠れて様子を伺う。

 一方のターゲットは鞄の蓋を開け、鞄の中に顔を突っ込んでいるが……。

「すーはー、すーはー」

 何やら、やや興奮気味のターゲットの声が聞こえてくる。

 いったいあの鞄の中に何が?

「よし。行ってみる」

 そう言うと、サヤカは物陰から飛び出していった。

「あの! ちょっとそのかばんの中身、見せてもらえるかな?」

 堂々とターゲットの前に現れるサヤカ。そんなサヤカに気づくなり、ターゲットは鞄を地面に置く。そして、真剣な表情で、サヤカを見据えてこう叫んだ。

「テレレレレ~! ピチピチギャル が 現れた!」

「……え?」

 突然とそんな事を言われ、サヤカは困惑している。だが、ターゲットはこう続ける。

「シャインは 特殊能力 を 使った!」

 そんな事を言いながら、ターゲットはサヤカ目掛けて手を前に出した。

「へ? やっ!? ひゃぁああ!?」

 サヤカまでもがそんなあられもない声をあげている。

 恐らく奴もあの痴漢と同じ感じの能力か? どのみちこうしちゃあいられない。

「サヤカ! ここは一旦ひこう! 一人じゃあ危険だ!」

「ん……無理……」

 サヤカは顔を真っ赤にしながら、どういうわけか蹲った。そして、自分の胸と股間辺りに手を添えている。

「なんて最低な能力なの……アイツ……」

「え……? んな!?」

 ターゲットの方を見た瞬間、俺は思わず目を疑った。

 ターゲットの手には、黄緑色の下着が握られていた。それも、上と下両方。

 ……まさか、アイツの能力って!?

「テッテレー! シャインは、ピチピチギャル の 下着を手に入れた!」

「最っっっっっ低!!!!」

 顔を真っ赤にして、蹲りながらサヤカは必死に叫んでいる。

「俺の特殊能力! それは、女子の穿いている下着を問答無用で抜き取り、手に入れることが出来るチート能力! この能力で、俺は、いっぱいクンカクンカするんだ!」

 ……うん。糞過ぎる。なんだこの超くだらない能力は?

「ケダモノ! 変態! 最低! 私の下着返してよ!!」

「それは無理~! これもう俺のモノだ!」

「いやぁああああああ! すりすりしないでぇ!!」

 なんだこいつは。ただの変態じゃあないか。

 え、待てよ? つまり、今、サヤカは……。

「ワタルっ! 目閉じてっ! こっちも見ないでっ! あっちも見ないでっ! 何も考えないでっ! お願いっ!」

 必死に涙目でそう訴えかけるサヤカ。

「あ、えと……うん」

 なんというか……かなりエッチだなこの状況。いや、朝のも大概だったけど。

 つか、朝のターゲット(魔王)は痴漢で、勇者は下着泥棒って、こいつ等ただの変態じゃんか!? まさか異世界転生して手に入れたチート能力がコレ!? 無駄使いすぎないか!? お前らそんなんでいいの!?

「ん~~! 君はおっぱい小さいんだな!?」

「んなぁ!?」

「シャインは、ピチピチギャルの胸パッドを手に入れ」

「いやぁあああああああああああああああああっ!!」

 ……何も、聞いていない。俺は何も聞いていない。

 静かに両手を耳に当て、ぎゅっと目を閉じる俺。そう言えば、最初に会った時、サヤカは胸がどうとか言っていたような? ってやめろ俺。

 ……まあ、あの時は、あの世界のワタルの心臓がなかったからびっくりしてそれどころじゃあなかったんだが。

「そして、君の下着を、くんかくんか」

「ひゃぁああああっ! やめて! 変態ぃいいっ!!」

 ……聞くな渉。何も聞くな渉。心頭滅却だ。

 ああそうだ、今こそ何故ワタルの心臓がないのか考えよう。

 いったいどうして心臓なしで動いているんだろうか。ワタルは。最も、それに関する記憶は一切なかったわけで。

「うん、生暖かいし香ばしい臭いがする! いい臭いだ!」

「変態っ! 変態変態変態っ!!」

 ……そもそも、あの世界の人間は心臓がないのか? そんな事あるのか? いや、でも朝ヒカリに抱き着かれた時、ヒカリの心臓の音が聞こえてきた。じゃあ、心臓はあるのか?

 だったら、尚更なんでワタルには心臓がない? まさか……人じゃあない!?

「さらには、こうだ! 君のパンティをぺろぺろ、ぺろぺろ」

「やめてぇえええええっ! お嫁にいけなくなっちゃうぅううううううっ!」

「うるせぇえええええええっ!! 何だこの状況!!?」

 人が目の前の光景から目を背けるために、別の重大な考え事しているってのに、気が散るわ!

「ご、ごめんワタル……。で、でも、でもアイツに……私のブラとパンツ」

「わかった! 言わなくていいから! もうさっさと終わりにしようぜ!」

「で、でも……」

 涙目でこちらを見上げてくるサヤカ。なんというか、下着がない状態でそんな事言われると非常にこちらも冷静を保てなくなる。早く終わらせないと。

「サヤカが不憫すぎて、これ以上は見てられねえよ」

「ワタル……」

 顔を真っ赤にしながら涙目を浮かべるサヤカを横目に、俺はターゲットの前に聳え立つ。

「なんだ、貴様は? 魔物か?」

「魔物なんて、この世界にはいない。というか、そんなこの世界で、こんな事をするお前こそが、俺から見たら魔物なんだが?」

「なにぃ!? 俺は勇者だぞ!? そんな事を言っていいのか!?」

「勇者だか、変態だか知らないけど、これだけは言わせてくれ! 勇者なら女子を泣かせるようなことはするな!」

 目の前にいる勇者は、もう勇者なんかじゃあない。やっている事が今朝の魔王と同レベルだ。コイツに勇者を語る資格はない。

「一度しか言わないからよーく聞け。こんな事をするお前に、このまま異世界転生はさせねえ。元の世界に帰れ」

 そして遂に、俺までそのセリフを言う事になった。

 追放されて何言ってんだって話だが、これは、この世界の一人の住人としての率直な意見だ。コイツをこのままにしておくわけにはいかない。このまま放置すれば、コイツはこの世界の人々(特に女性)を恐怖に陥れる。魔王の方はもっとそうだけど、今は目の前の勇者が先決だ。

「だったらどうする? 一般の男のお前に、勇者であるこの俺を追い出せるのか?」

「ああ、やってやるさ。一か八かだけどな」

 俺は追放された身。でも、どういうわけか任務を与えられている。だったら、試す価値はある。

「反転生領域、始動!」

 魔法世界でアカネさんがやっていたのと同じように、俺もそう発する。

 ……けど、特に何も起きない。

「ただの男は 魔法を唱えた! しかし何も起きなかった」

「せ、説明するな! ちょっと泣けてくるから!」

 くっ、やはり俺は追放された身……。やっぱ能力は使えないのか?

 ……いや、ちょっと待てよ。

 育人の時は確か、アカネさんはあの世界のイクトを連れて行ってから反転生領域を使っていた。そうか、俺はまだ、この世界のコイツをまだ見つけていない。

 ……あの領域は、その世界の転生者がいないと使えないんじゃ?

「サヤカ、やっぱいったん撤退だ。まずは、この世界のコイツを探さなきゃ」

「え、ワタル……生憎だけど、その必要はないんだよ?」

「え?」

「今回の転生は憑依型だよ?」

「憑依……型?」

「ほら、転生タイプ! 実態型と憑依型があるでしょ!? 今回のは憑依型の転生だよ!」

 今回のはイクトの時とは違って実態型ではなく憑依型!? 転生者が既に身体に乗り移って行動するタイプか!?  

「シャインの身体は既にこの世界の彼なの。この世界に転生した際に、既にこの世界の彼に相当する身体に憑依したの。だから、反転生領域が発動しないのは、この世界の彼がいないからじゃあない」

「なるほど……」

 確かに今回は、あの時と違って、ターゲットを見ても転生タイプが頭に浮かんでこない。

 加えて、反転生領域が発動しない。

 恐らくそれは、俺が本当にただのこの世界の渉だからだ。俺はもうあっちの世界のワタルじゃない。完全に、こっちの世界の渉らしい。

 ……改めて謝る。ごめん、ワタル。やっぱ約束守れなかったらしい。

「茶番は終わったかな? こう見えて勇者である俺は忙しいんだ。失礼させてもらうよ」

「ま、待て! それでもお前を見過ごすわけには」

「なんたって、魔王がすぐ近くにいるんだからね」

「何!?」

 と、その時だった。

「ふんっ!」 

 相対している俺と勇者の間に割って入るかのように、上から2メートル近い大男が降ってきた。

「若い女の臭いを辿ってここまで来てみれば、いったい何故貴様がこんなところにいる?」

 大層低い声で、その大男は勇者にそう尋ねた。

「それはこちらのセリフだ。魔王、デス・ゴラス」

 デス・ゴラス? それって、確か、ヒカリが追っていたターゲットの魔王!?

「こっちの世界に来てまで、お前は……支配しようというのか!?」

 真剣な表情で魔王にそう尋ねる勇者。支配って、まさかこの魔王、この世界を征服しに来たってのか!? 文字通りの魔王の肩書通りに!

「当たり前だ。我は魔王。我は欲の赴くままに支配を遂行する。貴様の邪魔はさせぬ」

「そうはさせない。お前を止める為に、俺はこの世界に来たのだから!」

 な、何!? ってことはこの勇者、ただの変態だと思っていたが、この侵略者からこの世界を守るために来たってのか!? まさかの正義側!?

「勇者よ、貴様に我は止められぬ」

「魔王め、お前の好きにはさせない」

 そして、二人は同時にこう叫んだ。

「「ソフィアたんのパンツは渡さない!!」」

 ……え?

「勇者よ、やはり、ソフィアたんを諦めぬというのか?」

「当たり前だ! 彼女は俺の天使! 告っても彼女は振り向いてはくれなかった。でも、こっちの世界のソフィアたんなら、きっと!」

「彼女を攫っても、彼女のガードは固かった。故に、この世界のソフィアたんを探し出し、この世界のソフィアたんと添い遂げる」

「ふざけるな! 彼女の脱ぎたてパンツを手に入れて、臭いをかぐことが俺の夢! 邪魔はさせない!」

「貴様の思い通りにはさせぬ。彼女の脱ぎたてパンツを被り、尻を触る事こそ我の野望! 好きにはさせぬ!」

 おい待て。こいつ等この世界に何しに来たんだ!? なんか、とてつもなくしょーもない理由な気がしてきたんだが!?

「な、なにぃ!? ズルいぞ! 俺はまだおっぱいすら触ったことないのに!」

「貴様のような小童におっぱいは早いわ! 帰ってママのミルクでも飲むがいい!」

「馬鹿にするな! 俺はこの世界で、新しい力を手に入れた! 他人の下着を手に入れる能力! これでソフィアたんのパンツは俺のモノだ!」

「甘いぞ! 我の新たなる力、他人の尻を遠くから直接撫でることが出来る能力! これでソフィアたんの尻は我のモノだ!」

「「……その能力ちょっと詳しく教えろ!!」」

 ……なんだコレ。どうしたらいいんだコレ。

 とりあえず、とっととこいつ等は元の世界に戻した方が絶対にいいという事だけは分かった。だが、俺にはその手段は……。

 と、目の前にいる変態二人に対してどう対応したらいいのか悩んでいるその時だった。

「渉! そっちの方にターゲットが来……て……」

 俺の後ろから、ヒカリの声が聞こえてきた。そうか、ヒカリはずっと魔王を追跡していた。どうやらここまで追いかけてきてくれたようだ。

「ヒカリ! ちょうどよかっ……た……」

 俺は、ヒカリの姿を見て、思わず声を失った。

 ヒカリの服装は今朝とは全然違って、この世界に合った服装に変わっている。青いジーパンに白セーター。その上は紺色のコート。肌寒い季節だ。今朝の格好よりは断然いい。いや、そうではなくて。

 俺が気になったのは、ヒカリが身に付けている服についたままの値段の書かれたラベル。

 まあ、この世界の事をよくわかっていない以上、ラベルの取り忘れは仕方がない。問題なのはそこじゃあない。問題なのは、ラベルに書かれた数字だ。

 なんか、コートだけで13000円って文字が見えるんだが……。そしてヒカリが持っているお金は俺が渡したもの。つまり、これってやっぱり……。

 その事を考えた俺は、思わずポカンと口を開けざるを得なかった。だが、ヒカリもまた、絶賛ポカンと口を開けている真っ最中である。

 それもそのはず。俺の後ろでは、絶賛、二人の変態転生者が、大量のパンツを被るなり臭いを嗅ぐなりしているからだ。

「……反転生領域、始動」

 蔑んだ目を正面に向けるヒカリの声と共に、二人の転生者を中心として、円状に白い空間が広がっていく。

「渉! こんな変態に説得は必要ない! 悪いけど、さっさと終わらせるから!」

 そう言うと、ヒカリはなんの躊躇いもなく、瞳を青く光らせる。

「「ソフィアたん……パンツ……」」

 すると、即座に二人の転生者、勇者と魔王は眠りについた。

「あんたらがそんなんじゃ、ソフィアたんも逃げるわ。ソフィアたんが誰なのかはよく分かんないけど」

 なんというか……何の迷いも躊躇いもなく二人を眠らせたヒカリは、とても格好良かったとしか言いようがない。

 はあ、ともかく、これで任務完了だな。

「さて、任務達成……って言いたいところだけど」

 ヒカリはそう言うなり、視線をずらした。ずらしたその先には、未だに座り込んでいるサヤカの姿があった。

「あんたが渉の傍にいるってことは、つまり、そういう事ね?」

「え? ヒカリ?」

 どういうわけか鋭い目つきで、ヒカリはサヤカに視線を送っている。一方のサヤカも黙って下を向いたままだ。

 任務終わったってのに、なんか、不穏な空気だな……。

「渉。サヤカとはいつから?」

「え……昼くらいからだったけど?」

「能力使ったりした?」

「使うって言うか……出なかった」

 俺がそう言うなり、ヒカリは思いっきりため息をこぼした。

 なんだ? いったいどうしたんだろうか?

「やっぱ、あんたから離れるべきじゃなかったわ。私の失態ね」

「ん? いったい何の話だ? サヤカがどうかしたのか?」

 座り込むサヤカに対して、ヒカリは指さした。

「サヤカは、タソガレ隊所属。つまり、過激派」

「過激派?」

 そう言えば、イクトの時もそんな事をアカネさんが言っていた気がするが。過激派がどうって。

「過激派は、転生者は元の世界に返さずに抹殺すべきという考えの元で動いている」

「んな!?」

 転生者は抹殺!? なんつー恐ろしい考えだよ。

「それは、ここにいるターゲットは勿論、あんたも例外じゃない」

「ま……じか……」

 え、そしたらサヤカは……。

「そもそもおかしな話。どうしてサヤカがここにいるの? 今回のターゲット、魔王と勇者はどちらもクレナイ隊単独の任務だった」

「ん? 勇者も俺たちの担当だったのか!?」

「え、言ったでしょ? 勇者もいるって」

『職業が魔王って事は、もしかして勇者も?』

『勿論。勇者もいるわ』

 ……あー、確かに。言っていた。言っていたけどこれは……。

「いや、あれは職業として勇者も存在するのかどうかを尋ねただけなんだが。初耳だぞ」

「え!? 紛らわしい! バッカじゃないの!」

 ああ、確かに紛らわしい。お陰でサヤカと任務が被っている事に気が付かずにずっと勘違いしてしまっていた。だが、それでもヒカリにだけは馬鹿とは言われてくない。

「馬鹿はそっちだっての……」

 思わずそう口走ってしまう俺。それにはヒカリも目を丸くした。

「ええ!? な、なんでよ!?」

 仕方がない。口走ってしまった以上、しっかりと指摘しなければ。

「勝手に人の金であんなに飲み物買ったり、こんなに高い服を買いやがって。いったい誰のお金だと」

「はぁ!? 誰のお金って、そりゃあ私……ん? んん? あー……」

 と言った傍で、その事実に気が付いたのか、ヒカリは口をモゴモゴとさせる。

「あーー……ははは……ごめん」

 いや、笑い事じゃねえよ? と言いたいところだが、今回は唾をのんだ。

「わかればよろしい」

 本当はかなりの痛い出費だが、まあ、ヒカリもわざとではないだろうし、これ以上とやかく言っても仕方がない。それよりもだ。

「まあ、という事は、勇者の担当も俺たちだったのに、どういうわけかサヤカも追っていた……って事か?」

「そ。サヤカがここにいるのはおかしいし、規則違反。任務関係なしに、他世界へ行くべからず。私達の世界の決まりよ。サヤカは今現在、ルールを犯している」

 ヒカリがそう言った途端だった。

「……ルール犯しているのは、あなた達でしょ」

 小さい声でボソッとそう口を開くサヤカ。そして、サヤカはそのままそっと顔を上げる。

 けど、サヤカの表情を見て、俺は思わず目を見開かざるを得なかった。

「ワタルが……転生者だって話……。本当だったんだ……」

「サヤカ……お前……」

 サヤカの目は溢れんばかりの涙で一杯だった。

「……証拠その一。ワタルは何故かこの世界の渉になりきっている。授業に出ないのかと鎌をかけたところ、単位が足りないとか言って授業に出席。尚、ターゲットの勇者の存在には気づかず」

「んな!?」

 あ、そうだ。確かにあの時、俺はサヤカに尋ねられた。授業に出ないのかって。

 ……今考えたら、ワタルが任務関係なしに授業に出るのは確かにおかしな話だ。く、この時、鎌かけられていたってのか?

 いや、だが俺にはまだ、あの能力がある。まだ誤魔化せるはずだ。

「お、俺には憑依能力がある。そもそもこっちの世界の俺は、単位が足りない。だから、任務も兼ねて授業に出ただけだ」

 と、苦し紛れにそう言ったはいいが、サヤカは話を続ける。

「……証拠その二。ワタルはターゲットが憑依型だと見抜けなかった。あの世界の存在の私達なら、そんなの朝飯前なのに」

「お、俺ってよく愚図って言われるし、そういうのも覚えるのが疎くて」

「……証拠その三」

「サヤカ! 無視するな! 少しは話しを聞いてくれ!」

 くっ、やっぱ苦し紛れすぎるか? いくら何でも。

「渉。無駄よ」

「ヒカリ……」

 そう言いながら、ヒカリは俺を庇うかのように、前に出た。

「サヤカはたぶん、最初からワタルの正体を暴くつもりで渉に近づいた。それがサヤカの目的。転生者であるあなたを陥れようとしていた。……ススムの時のようにね」

「ススム……?」

 俺の兄貴と同じ名前? いったい誰の事だ?

「……証拠その三。ワタルは……あろうことか、反転生領域を出せなかった。もう、これが何よりの証拠」

 くっ……。完全に油断していた……。もっとも、まだ任務を当てられていたからな。能力は使えるのもだと正直思っていた。

 いや、思いたかっただけなのかもしれない。ワタルとの約束を果たすために。

「……言い逃れは出来ないわね。なるほど、完全にハメられたみたいね」

 ヒカリは再びため息をついて、こう話した。

「今回の任務、過激派の罠だったって事ね……」

「罠? ヒカリ、どういう事だ?」

「そもそもこの任務は、元々タソガレ隊のものだった。本来、任務の出撃管理は隊長クラスの仕事。なんでワタルもいるのか確認を取ろうにも、アカネさんはタソガレ隊と別任務中で不在。緊急の任務だったし、受けたけど、目的はワタルを陥れるためだったって事ね」

 あー、そう言えば、ヒカリが任務の書類を読み上げた時、タソガレ隊に代わって……って言っていた。そして、アカネさんはいない状態で、ヒカリは一人で俺の元へとやってきた。一方で、サヤカもまた俺の目の前に現れた。

「まさか、そしたら本当にサヤカは俺を?」

「きっとサヤカは、自分で反転生領域を使わずに、ワタルが反転生領域を使おうとするのを待っていた。だから、危険を承知でターゲットに近づいた。そうよね?」

 そう言えば確かに。ターゲットが能力を使った時点で、サヤカは反転生領域を使ってもいいはずだった。けど、サヤカはずっと使わなかったな。

「……そうだよヒカリ。私は、ワタルが能力を行使するのを待っていた」

 それを言った途端、ヒカリは目を鋭く細めた。

「あんた、正気? 目の前にターゲットがいるのに、指をくわえて黙ってみていたっての?」

「そうだよ。ワタルがボロを出すのを、私はずっと待っていた」

「ターゲットが目の前にいるのよ? それこそ、解放騎士団の名折れじゃな……」

「私はねっ!? 信じていたのっ!! ワタルが、転生者なんかじゃないってっ!!」

「サヤカ……」

 サヤカの叫びに、俺も、そしてヒカリも、身体を思わずすくませた。

「ワタルが転生者だという証拠を見つけて来いって隊長に言われて、私はこっちにやってきた。でもね、私はその真逆の証拠を探そうとした。ワタルが、ススムさんの時とは違うって事を証明しようとした。でも……それは全然……違った……」

 溢れんばかりの涙が、遂に、サヤカの目からあふれ出た。声を震わせながら、サヤカはこう続ける。

「ワタルは転生者……。転生者は生まれ出でた世界でのみ過ごすべし……。あの世界最大のタブーを、ワタルは侵した……。だから、だから私は……ワタルを……!」

「サヤカッ!!」

 大声で叫ぶヒカリの声に、サヤカはビクンと身体を反応させる。

「あんた、また繰り返すつもり? あなたはそうまでして上に行きたいの? 大切な人を陥れてまで、上に登りたい? 実績を積みたい?」

「……隊長が言ってた。言う事さえ聞けば、直ぐにでも次期隊長候補に推薦するって。だから、その為には……私は……」

「自分の事を助けてくれた人を、助けようとしてくれた人を、あんたはまた手にかけるっての!?」

「……隊長にいつも言われるの。蘇生者もまた転生者に近しい卑しき異端者。私達に人権はないって……」

 蘇生者……? サヤカのやつ、一体何を言っている?

「蘇生者!? ……サヤカ、まさか」

 だが、その意味を知っているらしいヒカリは、目を丸くし、足を一歩下げた。

「人権を与えられるには……認めてもらうには……私は、上に上がるしかないのっ!!」

 涙を流し、鼻をすすりながらそう叫ぶサヤカの表情は、とっても苦しそうに見えた。

「そういう事ね……。ススムが転生者だってのはそれで……。納得がいったわ」

「だから……ごめん、ヒカリ……。ごめん……ワタル……」

 サヤカは静かに涙を流しながら、腕を俺たち二人に向けてかざした。そして、拳を鋭く握った。

「封印っ……!」

「何!?」

 瞬く間に、俺とヒカリの周囲に壁が出現し、床は浮き上がり、頭上も壁に阻まれる。

 同時に、眠りにつく勇者と魔王も同じように壁に阻まれていたように見える。

「サヤカ……あんた……」

 俺とヒカリは一つの大きな箱のような者に閉じ込められてしまった。

「任務……完了……。タソガレ隊隊長クラウス様の命に従い、隊長の元へとターゲット3名加えてターゲットの協力者1名を連行。そして……」

 中は暗くて、外の様子がまるで分らない。けど、その時に聞こえた擦れた声を、震え声を、俺は忘れられそうにない。

「まっ……さつ……します……」

 そして、そのすすり泣く声は、やがて聞こえなくなった。

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