最後の5m
きつねのなにか
登頂
あと5m。あと5mで到達できる。
しかし、その5mがとどかない。
世界最高峰の山、エベレスト。その頂点を最初に頂いた人間はニューシーランド出身のエドモンド・ヒラリーである。登頂時刻は1953年5月29日11時30分であった。
そのヒラリー、最後の5m。
1953年5月29日11時。登頂まであと5m。この時猛吹雪に見舞われ、動くのを断念、吹雪がやむのを待つ。この時の通信記録によると、11時3分30秒より登頂の再開をしたとある。
同日11時5分00秒、あと4m30㎝のところまで歩みを進める。
ここで最後の行くか帰るかの判断をする。もう酸素ボンベの残量はほとんどなく。いくか、どうか。
行けば死ぬ可能性が高い。帰りまで体力が持つかどうかも怪しい。
行かなければ世界初のエベレスト登頂を断念することになる。しかし帰ってこれる。ギリギリだが、帰ってこれる。
彼は行くことを決意した。
11時7分30秒、30㎝前進に成功。同8分30秒、もう30㎝前進。
観測班の測量によれば後3m30cmで世界の一番上にたてる。
立ちたい。
同9分00秒、激しい風に見舞われ体勢を崩す。落下すれば即座に命が絶たれる。2分かけゆっくりと体勢を立て直す。
11分30秒、もう30㎝前進。あと3m。
12分30秒、一気に残り2mまで登る。
14分00秒、左足の感覚が完全になくなった。
普通の人間なら2mに5歩かからない。欲しいのは普通の5歩、できるのは1㎝刻みの歩み。
通信班によると、17分ごろに「両足の感覚がなくなった」という報告がなされている。もうこれでは動けない。立ち往生して死ぬ、その可能性が高い。登山隊は登頂の失敗、そしてヒラリーの死を覚悟する。
元より行くだけのつもりの計画であり、帰るためのヘリコプターも準備していた。しかし、急速に天候が悪化していた。
絶望的な状況でもヒラリーはあきらめてはいなかった。まだ上半身がある。這いつくばりながら1cm1cm刻んでいく。その刻みが世界最高峰の刻みとなっていく。
11時23分の通信。
「愛しい妻ルイス・メアリー・ローズ 。私は決して諦めない」
11時25分、通信隊に「もう平らだ、もう平らだ。もうあと数回這いつくばれば到達できる」という通信が届く。まだ命も情熱も絶えていなかった。
そこから27分にかけて通信隊が断続的に通信を送るが反応無し。
28分00秒、30分までに応答できなければ死んだとみなすメッセージを送る。
それから134秒後。
11時30分14秒。
「こちらエドモンド・ヒラリー、サミット(頂点)に到達した。これより帰投する。もうさすがに動けない、下山ヘリは飛ばせるか?」
最後の5m きつねのなにか @nekononanika
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