第51話 破滅フラグからは逃れたのよね…

「やっぱり、お風呂は落ち着くわよね。」

 大きな浴槽に肩まで湯につかりながら、メリーウェザーは気持がいいという感じで声に出した。

「本当にそうだな。」

 向かい側に、同様に肩まで浸かっているオズワルドが同意した。2人は、久しぶりに王都の屋敷にいた。そこには、2人が特に念入りに注文して作らせた浴室があった。5人が悠々と入れる浴槽に、2人は気持よさそうに浸かっていた。任地では、館は一応、最低限完成しただけで、まだまだ浴室には手がついていなかった。だから、湯をわかし、大きな鍋というかに貯めて、そこから湯を体にかけて、暖まる、洗うのがせいぜいだった。まして、戦場ではそれも不可能だった。

「あそこは、湯屋もなかったからな。」

「本当。公共の湯屋を作ってやらないとね。」

 彼女の提案に彼は、うんうんと頷いた。

 ようやく春本番になり、報告のため、留守の統治体制が整ったので、両妃を連れて、連行だが、王都に一時帰還したのである。他の捕虜は、先に連行されていた。危ない時期で死ぬかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。

 2人は、文武百官、議会正副議長、高等法院長官、教会総代表を従えた父国王、王妃、貴妃、王太子夫妻を前にして、国王からの魔王討伐からその後の任地での統治、そして魔界での反乱鎮圧の功績を称えられた。

「お姉様。心配しておりましたわ。」

「兄上のご活躍、国民も誇りに感じています。」

 式典が終わってから、アランとセイが、2人を訪ねてきた。

「兄上。あのおりは、ご連絡したくても、王妃様からも口止めされており、また、何ごとにも秘密裏にことを行わないといけなかったもので。」

「私も、本当に心苦しかったのです。」

 2人は、しきりに申し訳なさそうに謝った。

「いや、仕方がなかったことですよ。王太子様も、王太子妃様も、けっしてお気にしないで下さい。」

「そうですよ。大切な妹が無事であれば、私はそれでいいのですから。」

「それでは私はどうでもいいのかい、それは酷すぎるよ。」

「もちろん、アラン様の御無事なことも嬉しいですわ。そうでないと、セイが悲しむことになりますから。」

「酷いな~。本当に、義姉上は。」

 4人は笑った。

 若い2人の妃、グレダ妃、マララ妃に子供が、殆ど同時に誕生し、2人が自分の子供への将来を、寵愛を利用して、よりよいものにしようとし、それに群がる者達がいたことが確かに発端だった。しかし、そこからが違った。王妃、貴妃の情報網をかいくぐって広範に拡がった、陰謀があったのだ。しかも、他国の政治闘争と連動していた。クロランド達勇者への冤罪も、魔界の反乱もその一環だった。何とか探知したが、素知らぬふりをして、相手の裏をかかなければ危ない状態になっていた。ただ、相手が、誰かは今だに分からないが、考えたより国王が賢明であり、王妃と貴妃が争わず、より賢明であった、王太子夫妻、第二王子夫妻の行動が賢明だったことから、何とか阻止できた。

「今なら、あの2人も、子供達にも寛大な措置がとれます!」

 王妃と貴妃の説得に、国王は即断した。

「お前達2人なら、何も告げることなくとも、上手くやってくれると信じていました。心配はしましたが。」

 母の貴妃から、2人は褒められた(?)。

 両妃の運命は、貴妃にも、この時点では分からなかった。あの様なことをしでかしたからだ。あれそのものは、いかにもお粗末なことだった。黒幕は、彼らを見捨てて、死んでもらうつもりで、あの様なことをさせたのかもしれないとしか思えなかった。

「エバンズ家も大変だったらしいわ。」

 エバンズ家の親族や使用人の中にも手が伸びていた。アート家もである。メリーウェザーの兄の大奮戦で事なきを得たのである。彼は、少し軽く周囲から見られていたが、やる男なのである。その彼を、護衛、本来の字義どおりの、も含めて支えたのがプラトンだった。その結果、彼はプラトンを妻として、愛人ではなく、正妻として迎えたいと言いだしたのだ。両親よりも早く、親族の何人かが反発を示した。

「名門エバンズ家に、エルフの血など入れられん!」

「あのエルフのあばずれ女は、エバンズ家を乗っ取ろうとしているですわ!」

と怒鳴り込んできたのだ。自分の娘又は関係者の娘を嫁にと狙っていた連中である。メリーウェザーが、久しぶりに家族だけでのお茶の時間をすごしている最中だった。彼らが、彼女がいることを知っていたかどうかは分からないが。

「彼女の子供が、エバンズ家を継ぐことはあり得ません。」

 メリーウェザーは、カップをわざと音をたてて皿の上に置いた。

 「エバンズ家も、オズワルド様の跡も私の子供が継ぎます。そのために、」

 一旦言葉を切ってから、

「私がバンバン子供を産み、育てますから。夫のオズワルド様にも、毎晩励んでもらいますわ。」

 高笑いしかねない形相で言い放つと、流石に親族たちも毒気を抜かれ、

「しかし、あの女の子供はどのように…。」

「私達の養子にしますわ。そして、しかるべき貴族に取り立てて、私の子供達を守ってもらいますのよ。」

 久しぶりの悪女顔を見せたので、彼らはすごすごと帰っていった。“あんたらの馬鹿、ブス娘の方が、エバンズ家に相応しくないのよ!”ちなみに、この2人はラブラブ熟愛夫婦になるが、これでシスコンは直るという願いも虚しくも、“別腹”だった。

 かの連中は、しかし、これで収まったわけではなく、この後、国王、王妃、貴妃に訴えた。しかし

その前に、プラトンのお披露目を済ませていたので、彼らは窘められただけだった。その後、不安と疑心暗鬼になり、各人、仲間に隠れてオズワルドに、助けを求めることとなった。オズワルドは、各人ごとに、自分に対する忠誠を命じながら、相手には自分だけが信頼を勝ち得たと思わせて、相互監視させるようにした。その過程で、2人ほど犠牲になってもらった。それだけの罪があったのは事実だが。

「身分も低い出自ではありませんし、苦労しているだけあって、変な野心を持つほど馬鹿ではないようですね。」

 オズワルドは、家族水入らずの夕食の席で母、貴妃の言葉に緊張しながらも安堵した。プラトンは、貴妃、王妃の前で完全に洩らしてしまっていたらしいが。そのオズワルドに、妹2人に挟まれるように座っていた。メリーウェザーがいないのをいいことに、思う存分体をすり寄せていた。2人は、母、貴妃のため、今回の事件ではかなり暗躍もしたらしい。“妹ながら、恐ろしい。母親似だな。”その2人もプラトンには好意的な発言をしている。“役に立つ、と見たんだろうな。ゲームでは、恐ろしい女達だったからな。”心の中で、今の現状を感謝した。

「ところで、2人の婚約者はどういう男なんだい?」

 つい最近、2人は婚約していた。王族の女性たちとしての義務のようなものである。

「お兄様。焼き餅?」

「嫉妬。」

「馬鹿な…。まあ、こんな綺麗な妹御達を取られると思うと、少し悔しいのは事実だが。」

「オズワルド。」

 貴妃が睨んだが、目は笑っていた。

「教えてあげますわ。お兄様みたいな方。」

「兄様と似ている。」

 オズワルドも、心の中で盛大な溜息をついた。

「でも、これってさ、辺境に幽閉されたバッドエンドということでもいいのかな、お兄ちゃん?」

 オズワルドは正式に、魔界領大公に封じられた。 

 妹達は、

「お母様。あんまりですわ。」

と抗議したし、アランとセイは国王に、

「オズワルド様、メリーウェザー様の功績を考えると、あまりにも…。」

と訴えた。何と王妃が国王に、

「辺境に幽閉したようなもの。考え直して下さいませんか。親の情というのがないのですか?」

と抗議したほどだった。息子と自分への非難を気にした点もあるだろう。王太子のライバルを、遠くに追い出した、彼女の策略だととられかねない。

「あんまりではないですか!」

 グリコとグロリアも叫んだものだった。

 しかし、貴妃が

「お前をそんな辺境に飛ばし、危険な役割を押しつけるのは辛い。だが、国益を考えると、お前に任せるしかないのだ。」

と、彼女が、と思わせるほど、涙を流して苦渋を露わにして懇願した。彼とメリーウェザーのための、本国の所領も増やし、より手厚いバックアップを法的にも定め、宰相達、議会に認めさせたのは、父国王の情であり、王妃と貴妃が協力体制して強く働きかけたからである。一年に一度は戻ることが出来るように、物、人員を配してくれた。

「君たちには申し訳ないが、私達とともに、辺境で働いてもらえないか?」

「あの地では、2人が必要なの。」

とグリコとグロリアにオズワルドとメリーウェザーは懇願した。賢者と聖女は、仮でも貴重なのだ、いない、あの地では。大公直属の王国認定の、かつ各国からも認定をとった賢者、聖女ということにした。本当の聖女、賢者ではないが、限りなくそれに近い。それはともかく、2人は、

「お二人のお側でお役にたてるならば。」

と泣いて喜んだ。修道女様も再び、あの地に戻るとのこと。

「早く、また帰って。」

と特に3人が泣いて懇願する状態だったが。

「また、来年お会い出来るのですね。」

「私達のほうから参りますわ。」

「そうだ。そうします。父国王様も宰相達も説得して。」

「そうですわ!」

 これは、アランとセイ。

「確かに、辺境に幽閉されたし、魔族に襲われるし、謀反人呼ばわりされ、幼い王子達を不幸にした、それから…シスコンの兄が結婚した。かなり、バッドエンドの要素が詰まっているなあ。これで、俺達のバッドエンドのシナリオが完結してくれるとありがたいな。」

「結局、破滅フラグからは逃れられなかったわけね。形だけで、不幸にはならなかったから、よしとするしないないのね。え?ちょっと待って…。だとありがたいって?まだ、あるの?」

「あの黒幕が残っているだろう?」

「あ、そう言えば、さらなる展開を、とかのプロジェクトがあったわ!あ~、それ知らない~、いい加減にしてよ!あのサディスト達は~。」

 泳ぐように、彼女はオズワルドのところに飛び込んだ。

「2人で、破滅フラグをまた変えられるわよね、お兄ちゃん?」

「変えるんだよ。2人で一緒にいられるように。」

「そうよね。」

 抱き合い、不安を感じながらも、何となくお互いがいれば何とかなりそうな気がした。

「じゃあ。」

「きゃ!」

 オズワルドが、メリーウェザーをお姫様抱っこで持ち上げた。

「まずは、子作りだ。バンバン産むんだろ?」

「もう、誰が。危ない。」

 オズワルドがふらついたため、メリーウェザーが首にすがりついた。そのまま、体も拭かず、窘める侍女の声を無視して寝室にもつれ込んだ。

「全く、困ったものですわ。」

「本当に。でも、その気になっといただけたのですから、御子様も。」

「大変になりそうですわ。でも、待ち遠しい。」

「同感ですわ。」

 2人の侍女は、ドアの向こうから聞こえてくる喘ぎ声に耳をたてながら、微笑んでいた。

(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二人で破滅フラグから逃げましょう。 確門潜竜 @anjyutiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画