【夢の話】
彦
【島の花】
祖母のいる島には何もない。
その筈だったのだが開発が進み、久しぶりに観た光景は私が知っている島の景色ではなくて、港町など立派な都市となっていた。
電車すらなかった島に「駅前」という言葉が広がりつつある事にものすごく違和感を覚えた。
祖母の住む村は港町ほどではないが、自然豊かな観光地として少しずつ整備されている。
施設など小さな神社ぐらいしかない村だったが、海岸には海の家や飲食店ができ、丘の上には大きな神社の本殿が鎮座していた。
せっかくなので、と昔からの知り合いである女性が村を一緒に散歩しようと誘ってきた。
小さな背丈で白いワンピース、「少女」という言葉が当てはまる外見ではあるが、同い年の女性だ。
いくら村が整ってもファッションなどこういうところはまだ都会にはついてきていないのだろう。
といっても見るところといえば禍々しさすら感じる高台にあるあの本殿ぐらいで、そこに連れてってもらう事にした。
本島での暮らし、都会の様子、仕事のこと、いい女性はいるのか、と散々質問責めにされた。
私は多少の嘘も混ぜつつ、彼女の驚く顔を愛おしく感じながら質問に応えた。
お察しの通り、私は昔、彼女に気が合ったのだ。
なので女性関係の質問には非常に困ったが、うまくはぐらかした。
その思っていた回答を得られず、ムッとする表情も昔から変わらない。
長い坂道を登り、本殿にたどり着いた。
まだ完成はしていないようで、色んなところで足場が残っている。
未完成の状態でも、でかい。
何もなかった村にはデカ過ぎる。
一応お賽銭だけ投げれるようになっていたので事を済ませようと財布から小銭を取り出す。どうせなかなか来ないんだろうしと100円玉を放り投げた。
さあ何を祈ろうか、そう思っている矢先、隣の彼女はすでにお祈りに入っていた。
目を閉じて、眉間にシワを寄せてお祈りしている顔が、昔のままでホッとした。
都会ではただ仕事に明け暮れ、うわべの顔で人と触れ合い、家に帰り泥のように眠る。
そんな生活で心の弾力が失われていくのがよく実感できた。
ただ彼女を観ていると、幸せな気持ちになれた。
この気持ちがずっと続けばいいと思った。
だから、そう祈ったんだ。
思った以上に長くお祈りをしていたようで気がつくと横にはちょっと不安そうな彼女の顔があった。
色々な想いが顔に出てしまっていたようで、少し苦しそうな表情をしてしまっていたようだ。
「大丈夫だよ。行こうか。」と伝えると、彼女は私の手を握り帰路へ促した。
もうお互いいい歳だし、手を繋ぐぐらいで動揺しまいと思っていたが、彼女の口数は確実に減っている。
彼女なりに心配してくれてるんだな、と思い何をお祈りしたのか聞いてみた。
「絶対笑うから教えない」と彼女はいった。
行きは気付かなかったが、畑の向こう側に沢山の梅の木があり、とても綺麗に花が咲いている。
ライトアップされているあたり、観光客へのアプローチだろう。
「綺麗に咲いてるね」と彼女に伝えると、
「今まで気づかなかった」という。
そんなもんなのか、と下り坂を降りていった。
風が少し吹いてきたと思ってはいたが急に雲の流れが早くなり、段々あたりが暗くなってきた。
「ローズマリーの鉢が飛ばされちゃう」と彼女が慌て出した矢先、ものすごい突風が目の前を横切った。
今まで体感した事のない風圧だ。
明らかに異常なことであると体が反応して、彼女を庇うために覆いかぶさるように抱きしめた。
雨まで降ってきた。
道沿いの壁沿いに避難し彼女の様子を伺うと、青ざめた表情で、「山田さんだ、どうしよう」と震えていた。
詳しく聞くと、身動きが取れないほどの暴風を連れて「山田さん」という神様が厄災を祓ってくれるそうだ。
ただ、生贄に人を巻き込んでいく厄介な神様だという。
ふざけるな。
そんなもんに巻き込まれてたまるか。
彼女をしっかりと胸の中に包み壁沿いに進む事にした。
まるで生き物のように大暴れする風や雨にに煽られながらも少しずつ進む。
彼女の様子を見ると私にがっしりと掴まり震えていた。
「大丈夫、じきにおさまるよ。」というと少し顔を上げ、涙目で小さくうなずいた。
私も壁つたいで、何処に向かうのがせいかいかわからないが、ただ進むことだけに専念した。
体に風や雨がぶつかるたびに、彼女のしがみつく力が強くなった。
しばらくすると風が弱くなっていることに気づいた。
暴風の中心から抜け出せたのだろう、何が「山田さん」だそんなよくわからん存在があってたまるか、と少しイライラしながらも周りの街並みが変わっている事に気付いた。
商店街のようだ。
何処かわからないがやっと人里に帰ってこれた事に安心し、何処か休めるところがないか探した。
雨はまだ続き、周りはよく見えないが、ここが村ではないことは薄々勘付いていた。
だが村の周りがどうなってるかなどわからず、道を外れて違う村に出たのだろうと思っていた。
やっと屋根のある広いところに出たとひと段落して場所を確認すると、港町の駅だった。
そんな訳がない、村から港町までは車で移動する距離だ、歩いて、しかも暴風雨の中たどり着ける訳がない。
彼女を見ると、疲れと混乱でただ私にしがみついているだけしか出来ないようだった。
とりあえず落ち着かせないと、と思い休めるところを探した。
幸いにもすぐにホテルが見つかった。
観光客用に新しく作ったようで、見たことないホテルだったが、あまり繁盛していないようでなかり安かった。
少し落ち着いた彼女にシャワーで暖まって来いと伝えて、私は駅のユニクロで適当に2人分の服を見繕った。
そこまでセンスを問われない、かつある程度の組み合わせでそれなりに形になる。
ユニクロ様々である。
ホテルに戻ると彼女はすでに寝ていた、相当疲れたのだろう。
私もシャワーを浴びつつ、一体何が起こったのかを考えたが、異次元すぎる出来事に頭が疲れ他のでもう考えないようにした。
ここでさらなる問題が発生した。
繁盛していないホテルは最低限の部屋しか整備していなかったようで、この部屋はツインではなくダブルなのである。
彼女は端の方で丸まっているためスペースは問題ない、男女のモラル的な問題だ。
だが、もう私も相当疲れていたのでできるだけ距離を取ってベットに入る事にした。
夢を見た。
都会のワンルームでただ壁を眺めている夢だ。
自分だけの空間で自分が必要と思うものだけに囲まれ、都会の喧騒から身を守れる唯一の場所だ。
この場所にいるとこで都会から、仕事から、人から離れられた気がしていた、どんどん己の身が腐っていくことにも気付かずに。
こうやって生きていくしかないんだ、と夢の中に溶けていく中、目が覚めた。
目の前には不安そうな彼女の顔。
うなされていたようだ。
「大丈夫だよ」と伝えると、彼女はムッとした顔で「そればっかり」と言う。
きっと彼女もたまには頼って欲しかったのだろう。
時計を見ると三時間ほどしか寝ていないようだ。
「朝まで休もう」と伝えると彼女は私の胸にそのままこてんっと寄り添ってきた。
怖い思いをしたからこれじゃないと寝れないそうだ。
そこからの記憶はない、ただここ最近では1番といっていいほど安らかな眠りだった。
朝になり、タクシーで2時間かけて村に帰った。
色々なもやもやが頭の中でうごめいているが、もう訳がわからないので、起こった事を2人でありのまま祖母に話した。
祖母は静かに「山田さん」はいまはいたずら程度の力しかない。
彼女を取られたくなかったんだろうと言った。
どうも彼女は昔から神事に関わる一族のようで、嫁入りなどの際は神様にお許しを頂かないといけない家系だそうで。
そんな立場の彼女が男を連れてきたもんだから神様が拗ねたんだろうと祖母は呆れたように言った。
彼女も成人してるし色恋の一つや二つあっただろうというと、彼女に言うと「村の同世代の男には興味がない、本殿に一緒に行った事がない」とバツの悪そうな顔で言った。
祖母も呆れたような顔で「お前が神様の気に触るような事を言ったんだろう」と私にこぼした。
私はお祈りに込めた想いを思い出し、とても気まずい気持ちになった。
ふと彼女を見ると少し赤くなった顔で俯いていてまた気まずくなった。
次の日の朝、都会に帰る日だ。
船の乗船手続きを終えると、見送りに来てくれた彼女を見つけた。
昨日の事はお互い話さず、次はいつ来る予定なのか、都会はどんな感じなのかとたわいもない会話をした。
乗船開始のアナウンスが鳴り響く。
「じゃあ行くね」と彼女に伝えると、彼女は私の袖を摘み、振り絞った声で「あのとき何をお祈りしたの?」と聞く。
観念した私は「君との時間がとても幸せに思えた、だからずっと続けばいいと願ったんだ」と正直に伝えた。
すると彼女は驚いた顔をしていた。
私も彼女に何を願ったのかを聞いた。
彼女はまた「絶対笑うから教えない」と笑顔で言った。
あれから数年が過ぎ、島で起こった不思議な出来事などとうに忘れていたのだが、祖母が亡くなったという一報があり、また思い出した。
またあの島へいく。
隣にいる彼女にあの時何をお祈りしたかを聞くと、彼女は「絶対笑うから教えない」と嬉しそうに言うのだ。
【夢の話】 彦 @hiko_0213
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