俺と光子の過去編

第51話 あだ名......

 俺にとって、いつから光子は特別な存在になっていたんだろうか。


 思えば彼女は出会った時かは、今とはだいぶ違って大人しい子だった印象がある。

 時は12年前にさかのぼる。


 保育園、幼稚園に入っていなかった俺は、少し内向的な性格だった。


 そんな俺が小学校に入学した時、友達を作れるか心配した両親は、隣の家に住む同い年の女の子と話す機会を与えるために、光子の家に挨拶をしに行った。


「こんにちはー。お世話になっております。隣に住む宇都宮です」


 インターホンを押した後、ドア越しに大きな声で話す母の偉大さを感じた事を鮮明に覚えている。


「はーい。今いきまーす!」


 ドアを開けて出てきたのは、俺のお母さんと同じ歳くらいの人、そしてその女の人の後ろにしがみ付き、チョコンと顔を覗かせていた女の子。これが俺と早乙女 光子の初めての出会いだった。

 

 互いに親の後ろに隠れ合いながら目で牽制を入れる。


「ほら恋次、挨拶しなさい」


「こんにちは……宇都宮恋次です」


「あら恋次君は偉いわねぇー。挨拶ができるなんて」


 家族以外の人達との関わりが少なかった俺は、初対面の人に褒められ、照れ隠しのつもりか、頬を赤く染めながら鼻先を親指で擦った。


「ほら光子! あなたも恋次君を見習って挨拶しなさい」


 光子……。


「光子ちゃん! あそぼ!」


 自然と声が出た。


「……うん。いいよ……」


 光子は、母親の後ろに隠れたまま小さくうなずいた。


 子供というのは不思議なもので、つい先程までお互いを牽制し合っていたというのに、ものの数分で打ち解けてしまう。 


 光子も幼稚園に入っていなかった事から、俺と光子は毎日、どちらかの家で一緒に遊だ。


「恋次君、おままごとしよ」


 光子はとりわけ『おままごと』が大好きで、いつも俺は光子の夫役だった。


 まぁこの頃の夫なんていうのは、友達の延長線上にすぎない感じで、リアリティもクソもあったものじゃない。


 おもちゃの野菜が盛り付けられたプラスッチク製の皿を持って食べたふりをする。


「美味しいですか?」


「うん! 美味しいよ」


 こんな無干渉なやり取りを繰り返すだけ。これが幼児の『おままごと』ってもんだろ?


 そして俺たちはすくすくと成長して小学校に上がった。


 両親のおかげか、はたまた光子のおかげか、幼稚園に入っていなかった俺でもすぐに友達は作ることが出来た。


 俺は2組、光子は4組とクラスは違っていたけど、俺たちは毎日登下校を一緒にして放課後はいつものように、おままごとをする毎日。


 ただ2年生にもなると、他の友達と遊ぶ機会も増えて、次第に俺と光子の関係は、一緒に登校するだけのものになって行った。


「恋次君、最近光子の家に来ないね?」


「雄二達と公園でサッカーしてるからな。光子も来いよ」


 光子は俺の前だとよく話すが、学校内ではおとなしく、あまり発言するタイプではなかったようで、俺以外の人と遊んでいる所は見た事がない。


 そんな光子の前に現れたのが、当時4年生だった瞳ちゃんだった。


「光子ちゃん、今日は私と遊ばない?」


「……」


 瞳ちゃんの誘いに光子は、黙りながら首を横に何度も振る。


 やはり最初のうちは心を開かない傾向があるらしい。


 俺とは直ぐに打ち解けたんだけどな……。


 俺といる時は笑顔で楽しそうにしている光子、ただ1人でいる時はいつも下を向いて寂しそうな顔をしている。


 そんな顔見るのが俺は嫌いだった。


「じゃあ今日は俺と光子ちゃんと瞳ちゃん、3人で遊ぼう!」


「本当!?」

 

 光子の顔色がパァっと明るくなる。


「ああ、最近遊べてなかったからな」


 登校時にそう約束して、俺たちは放課後、光子の家に集まった。


 例の通り、遊びは『おままごと』。


 小学4年生の瞳ちゃんには退屈な遊びだっただろう。


 だが彼女は、小学2年生の俺達をだますのには十分な程の演技力があった。


 嫌なそぶり見せずに『おままごと』に付き合ってくれる。


 俺と光子は夫婦で、瞳ちゃんは何故か一緒にご飯を食べる人。


 設定は曖昧で会話も家族とは思えないぎこちなさ。


 もしホームビデオで、『おままごと』の映像が残っていたなら、爆笑間違いなしだろう。


「恋次君、ご飯美味しい?」


「俺たち夫婦なんだし、恋次君はやめようよ」


「じゃあ、なんて呼べば?」


「うーん……」


 顎を手でさすり考えては見るものの、これと言って出て来ない。


 あだ名や呼び名を付けるのは難しいものだな。


「普通に呼び捨てで呼べば?」

 

 2歳年上の瞳ちゃんは無難な案を出す。


 まぁ普通に考えれば夫婦なんてのは呼び捨てで呼び合うものだし、当たり前っちゃあ当たり前なんだが。


 光子の考えは少し違ったようだ。


「嫌だ! 皆んなが呼んでる呼び方はしたくない!」


 特別感を出したかったのだろうか。そう言われると、本人としても気分がいい。


「じゃあ恋ちゃんって呼んでよ!」


 恋次の『じ』を抜いてちゃんを付けただけ。小学2年生の単語力が思いつくあだ名だと、これが精一杯だった。


「れ、恋ちゃん……」


 プニプニの頬を赤くしながら、恥ずかしそうに俺を『恋ちゃん』と呼んだ。


 これが、光子が俺の事を恋ちゃんと呼ぶ事になったきっかけである。

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俺は極度な恋愛脳の幼馴染と王道ラブコメなんか絶対にしない。 歌川 ヤスイエ @GGmaousama

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