第2話 一方そのころこの男は
「ストーカーの調査っすか?」
櫻井春(さくらいはる)がそう聞くと、探偵事務所の所長・笹木鈴(ささきりん)はうなずくような首を横に振るような微妙な素振りをする。
「いや、調査もそうだけど、それも含めてお嬢さんの身を守って欲しいんだって。どっちかっていうとボディガード寄り」
「ほーん、なるほどねえ」
思慮深げに何かを考え始める春。春が真面目にものを考えるなんてめずらしい、めずらしすぎてなんか怪しい、と鈴は思いこうたずねた。
「なに、なんかあんの」
「いや、できるだけ大金ふんだくるにはどうすればいいのかな~と思って。金持ちなんでしょ? 今回のクライアント」
「そうらしいね。なんせ、あの霧生グループのトップの一人娘がお客さんだから。そりゃあ金持ちでしょ」
「なんかいい手ないかなー。それなりに筋は通ってて、なおかつめっちゃ料金とれるようなオプションとか。できればこっちも楽なやつ」
と、金の亡者的な発言をする春を鈴が軽くたしなめる。
「あんまやりすぎんなよ。最近は何でもネットに出んだから。狭い業界だし、信用第一だから悪評でも立ったら終わりだぞ」
「へいへい、わかってますって。で、向こうにはいつ行けばいいんすか?」
「今日。すぐ来てほしいって」
「え~、今日。おれ、遊びに行く約束あるんすけど」
「探偵に定休日なんてねえんだよ。ほら行ってこい」
ぶつくさ言う春を鈴が事務所から追い出す。
春はしぶしぶクライアントのもとへ向かいつつ、頭の中で今月の給料について計算する。
事務所の基本給は15万。良くはない額だけど、そのかわり歩合給があって、成功させた依頼の報酬の5%が給料に上乗せされる。今月は1件浮気調査を成功させてて、そのとき支払われた報酬が全部ひっくるめてだいたい40万ぐらいだから、給料に上乗せされるのは2万ってとこ。15+2=17。あと3万ぐらいはどっかで稼ぎたい。
となると今回の目標はクライアントに60万使わせることで……。
そんなふうに考えてるうちになんか昔の成功体験がよみがえってきて、『成功報酬300万のやつはおいしかったなあ、あれよくおれ成功させたなあ、払うほうもよく300なんてポンとだすもんだ、でも山奥の宗教団体に乗り込んでいって信徒に囲まれたり密室に閉じ込められそうになったりお付きのヤクザの用心棒に殺されそうになったりしたんだからそれぐらい当然か、てか当時は喜んでたけど300の内15しかおれの懐に入ってないんだよな、じゃああと285は全部鈴さんのもの? 命かけたのおれなのに』
とまあそんなことを考えているうちに目的地に着く。
でかい家が立ち並ぶ高級住宅街の中でも他とは比べ物にならないくらいクソでかい豪邸で、門から屋敷までの距離が東京-大阪間くらいある。さすがにそれは盛ったけど、1K6畳のアパートに住んでる春の体感的にはそれくらいだ。
春がインターホンを押すと、少しして「はい、どのようなご用件でしょう」と若い女の声が答えた。
「SSK探偵事務所から来ました。お宅の執事さんからお嬢さんのストーカー調査の依頼があったんですけど、伺ってません?」
「少々お待ちください」
女が受話器の前を離れる音がして、静寂が訪れる。3分するかしないかくらいで門からビーッと電子音がして自動で開いた。
「どうぞお通りください。執事長の坂井とお嬢様がお待ちです」
声に従って中に入り、屋敷までの長い歩道を歩くと、中庭にある高い木の上で庭師が数人枝を切っているのが見えた。屋敷の正面はパルテノン神殿(実物見たことないけど)みたいな洋風の装飾と太い柱があっていかにも金持ちの趣味って感じ。しかもガラス張りだから中にいるメイドとか高そうなワインレッドのカーペットとかも見える。
春がデカいガラスのドアの前まで来ると、中にいたメイドがドアを開けてくれた。
「お靴はそちらへ」
そう言いながら靴を入れる棚を指し示し、スリッパを出すメイド。ふつうは自分でやらなきゃいけない雑務はなんでもやってくれそうだ。
「どうぞこちらへ」
春がスリッパをはくと、二階まで案内してくれる。一階は中央に広いホールがあり、その周りをいくつかの個室や調理室、使用人室が囲む造りになっている。
二階にもクソ長い廊下とたくさんの部屋があり、メイドは奥から二番目の部屋の前で立ち止まってドアをノックする。そのノックに答えるように、はい、と中から声がした。
「お連れいたしました」
そう言いながらメイドがドアを開ける。中にいたのは、40代後半か50代前半くらいのスーツを着た男と、対照的に若く華奢で小柄な少女――霧生青だった。
ぼっちに短し陽キャに長し よだか @The_have-nots
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