4 今に始まったことじゃないしな


どうやら、この独特な見た目と疾病予防の予言をしたことがかなり受けたらしい。

軽く検索をかけるだけでも、反響のすごさが見てわかる。

この奇妙な姿を彩り豊かに、自由自在に描きあっている。


「同じものを描いているのに、個人差がここまで出るもんなんだな」


芸術の奥深さなのか、自由と混沌がただ混ざっただけなのか。

まあ、楽しそうなのは十分に伝わってくる。


『みんなで同じ絵を描くだけっていうのもお手軽でよかったみたいやな』


『不安を紛らわすのにもちょうどよかったんでしょうね。

近所のお店でも描いてましたよ』


萌黄の画面が商店街の張り紙に切り替わる。

アマビエが海の荒波に乗っている絵だ。


白と黒以外に色は使われおらず、他の絵に比べるとだいぶ質素に感じられる。

ただ、手書きならではの暖かさと粗さがいい味を出している。


『逆境を克服しようとする意志は感じられるな』


『なかなかかっこええやんか。

こんだけ流行っとるんや、お前らのとこでもやってみたらどうや』


『本当に人が来なくなったらどうするのだよ……』


「うちの連中もみんな断るだろうな。絵心のない奴らばっかりだから」


『こういうのに絵心とかは関係ないんや。楽しんだもん勝ちやで?』


『簡単に言ってくれるな、お前は』


専門家の彼女が言うと、言葉の重みが変わってくる。

絵を描くことに慣れていない人間からしてみれば、緊張感が増すだけだ。


『そんなことないって、こういう小さい一歩が大切なんや。

誰だって最初は初心者って言うやろ?』


『確かにそうですが……それが続くかどうかは、まったく別の話だと思いますけど』


『そう考えると、さっきのユートとかいう友達もすごいんちゃうん?

まだ若いのに、いろいろやってえらいなあ』


『ありがとうございます。神絵師の伊調さんに褒められてたって伝えておきますね。

多分、名前と作品は知っていると思うので』


「そう言って通じるもんなのか?」


『すぐ分かると思いますよ、信じるかどうかは別にしても』


『そんだけウチの作品が世間に知れ渡ってるってことやんな。

今年やって、新規の客を増やそうと思っとったんやけどなあ。

コロナのおかげで予定が丸潰れや……』


伝染病のおかげで彼女はことごとく、商売の機会を失っていた。

在庫の通販や電子版のおかげで、どうにか食いつないでいるものの、かなり頭に来ているようだ。


『ですよねえ、僕のところも予定が全部なくなっちゃいました。

悠斗も学校がなかなか始まらないみたいで、大変みたいです』


『節分なんかは宣言出る前の話やしな。

そのへんは、どこも予定通りにできたって聞いたけど。

実際、どうやった?』


『まあ、規模を縮小したとはいえ、予定通りに開催はできたな。

問題はその後だ。ここまで感染症の対応に追われるとは、思ってもみなかった』


今年の節分か。そういえば、豆を投げてもらったんだっけ。


神社に遊びに来たところを無理矢理誘ってしまうような形になった。

お土産までもらっちゃったし、次来た時には何か用意しておいたほうがいいか。

顔もここのところ見られてないし、流行り病にかかってないといいんだが。


『梅雨、今度は何をやらかした』


『その顔、さては女でもできたか?』


「なっ……そういうことじゃねえ!」


『なら、どういうことなんや? 教えてみい?』


伊調は薄く笑っているし、他の二人も渋そうな表情を浮かべている。


人が黙っているだけで、そう不安がらないでほしい。

というか、やらかしたことを前提で話を進めるな。


「最近、うちに遊びに来てくれてる子がいてさ。

こんな状況だし、元気にしてるかと思っただけだ」


『それはまた、ずいぶんと珍しいな。お前を怖がらないなんて』


『参拝客だったんですか?』


「うんにゃ。最初は違ったけど、節分のときに遊びにきてくれてさ」


最初は去年の台風の日だった。

ひとりで神社に来ていたところを見て、声をかけたのがきっかけだった。

あの大嵐だったから、何か事情があると思っていた。


彼の下に来る子どもたちは、何かと複雑な事情を抱えていた。

道山も同じことを考えたのか、曇った表情を浮かべている。


「大丈夫だよ、あの子は。

話聞いた限りだと、そういう感じじゃなかったし。

一人になりたい時くらい、誰だってあるよ』


『お前がそういうなら、平気なんだろうな。

今回の自粛、いいことばかりでもないと聞いた。

外に避難していた者にも影響が出ているらしい』


「そうは言っても、俺らにゃ何もできないしな。

せめて、もうちょっと広まってくれればいいんだけど」


『難しいと思うぞ。今は特に、闇に目を向ける余裕はないだろうからな』


「お上がもっとしっかりしてくれればいいんだがねえ……」


『マスク配ってる暇があるなら、そちらにも時間を割いて欲しいものだ』


「ほんとだよなあ」


今回の伝染病で、思わぬところで被害が出ているのは確かだ。

何のことかさっぱり分からないのか、伊調と萌黄はきょとんとしている。


「まあ、そういう社会の闇もあるってことさ」


『お前らのその、なんて言うんやろうな。奉仕の精神には頭が上がらんわ』


『すごいですよね、ほんと。

僕のところは全然そんな感じじゃないですし』


「まあ、うちの組は昔から割とそういう感じだからなあ。

神社っていうのもあるかもしれないけど」


『俺たちの組は、どうしてもはみ出てしまうところを昔から補ってきたからな』


「別に今に始まったことじゃないしな。

持ちつ持たれつってところかなあ、人間に助けられてたところもあるわけだしさ」


道山は何度もうなずいていた。


『さすがですね、本当』


『せやなあ……まずは、人間どもが見習うべきちゃうんか?』


「鬼の話に聞く耳持つと思うか?」


『説教されているようにしか聞こえないだろうな』


想像通りの絵面しか思い浮かばない。

正論を言っているのもあってか、ややこしいことになりそうだ。


『時間もいい頃合いやし、そろそろお開きにするか』


『ですね、お疲れ様でした!』


『また何かあったら、呼んでくれ』


「じゃあ、また今度なー」


そういって、会議は終了となった。

次は画面越しではなく、実際に顔を合わせて会うことになるのだろうか。

そう思うと、少しだけ心が弾んだ。

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鬼たちの鬼たちによる鬼たちのためのリモート会議 長月瓦礫 @debrisbottle00

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