3 ひどすぎやしませんか?


自由気ままに生きていると思われているのか、事件のことを伊調に押し付けたらしい。気持ちは分からないでもないが、情けないにも程がある。


よくよく考えてみれば、周辺地域に住む鬼たちの問題でもある。

姐さんひとりに任せられることじゃないだろ、これ。


「この件、他の組には話がいかなかったのか?」


『いや、他のとこにも話を聞いて回ったら、ウチをここぞとばかりに非難していたらしい。普段から何もせんで遊びまわっている、鬼の風上のおけない面汚しとかなんとかな』


『それで、疑われたと。

最初から俺たちの名前を出せばよかったものを……そうすれば、そちらの組も従ったはずだ』


「そうだよ、気にすることなかったのに」


『言うても潮煙から遠すぎるやろ……けど、もう我慢ならん。

落ち着いたら、本格的にそっちのほうに移住しようかと思っとるところや』


とにもかくにも、潮煙の大将を見つけなければ話は進まないか。

そいつもそいつで相当頭の回る奴みたいだから、見つけ出すのも困難だ。


『悲しいもんやで、芸術家がこの世を支えてるといっても過言じゃないのにな』


伊調はどこの組にも属さず、ひとりで暮らしている。

人間社会の中で生きることを選び、人間に紛れて生きている。


鬼はよほどのことがない限り、組から独立することがない。

組よりも種族の誇りよりも、彼女は追いかけたいものがあった。


『いくら何でも、ひどすぎやしませんか?

独立したとはいえ、元は同じ仲間なのに……』


『いや、実際そう言われても仕方がないんや。

ウチも散々文句言いまくって組を抜けたからなあ』


ただ、彼女が所属していた組はそれを許さなかった。

芸術に対する理解が得られなかったのも、一つの要因ではあったのかもしれない。

連日大げんかを繰り返し、ついに伊調は里を飛び出した。


種族の垣根を越えて、その才能を発揮している。実力と精神力は誰にも引けを取らないし、その界隈だと彼女の名前を知らない者はいない。


「姐さんや萌黄みたいに、もっと外に出てもいいと思うんだけどな。

まあ、俺みたいな奴は省くにしてもさ」


『人間たちには割と気づかれないしな。それこそ、潮煙のような異種族たちが集まるような場所であれば、なおさらだと思うが」


『ほんま、梅雨とか道山みたいな奴が大将になったんは、つい最近のことやで。

ウチんときは頭のかったい連中ばっかりでな……何が違ったんやろうな』


日本各地にある鬼の組合の中でも、伊調のいた弥生組は由緒ある組だ。

歴史も長いだけあってか、その人数も数百人を超える。


伝統ある組から独立した彼女は異端でもあり、これまでの常識を打ち破ってくれた先駆者でもある。これからの希望を示してくれたといっても、過言ではない。


『人数だけで言ったら、もはや村とか町みたいなものですよね。

規模も一番大きいんじゃないですか?』


『かもしらんなあ。ウン百年も続いとるし。

よくもまあ、討伐されなかったもんやで』


『討伐したくとも、手の付けようがなかったんだと思いますよ。

今みたいに、大量殺戮できる兵器があるわけでもないでしょうし』


『できるころには、存在そのものを忘れられとるやろうしな。

いいんだか悪いんだか……ま、ウチにはもう関係のない話や。

自粛期間終わったら、捜査も再開するはずや。

潮煙の大将の首をとってきたるわ』


伊調はからりと笑う。転んでもただでは起き上がらないか。

その姿を見て、少しだけ安心した。


『まさか、2か月程度で解除するとは思わなかったのだよ。

ここで緩めたところで、余計にひどくなるばかりだというのにな』


まだ感染症が収まっていない以上、むやみに外を出歩くのは危険な気もする。

緩めたその後の反動が怖いところだ。


だからといって、自粛期間をあまり長引かせても、支障が出てくるだけだろうし、いつ不満が爆発してもおかしくない状況だ。

このあたりで一旦緩めておくのは、妥当と言えば妥当な気もする。


「まあ、元の日常に戻りつつあるんだから、それはそれでいいんじゃないか?

問題はこの期間で変わったことを、今後にどう活かしていくかってことだろ」


『そういうことやんな。仕事のやり方とか変わったと思うし、完全に元に戻すんは難しいと思うで』


在宅勤務という新しい選択肢が増え、ネットワークによる会議も広がりつつある。

感染症が広がる以前の世界に戻るのは、ほぼ不可能と言っていいだろう。

新たに迎えた転機をどう受け入れ、乗り越えていくか。


ここで差がはっきりと出てくるだろう。


『ウチは家で遊ぶ方法を知らん連中が圧倒的に多くてびっくりしたけどな』


『自慢ではないが、俺なんか三日で飽きた』


『家だと窮屈ですしね……やっぱり外に出たくなりますよ。

伊調さんと梅雨さんくらいなんじゃないですか、引きこもり耐性あるのは」


「俺をこんな昼行灯と一緒にするな」


『そうやぞ、ウチもただ引きこもってるだけやないで。

イベントが潰れに潰れまくったもんやから、さすがに頭に来てなあ。

出版物をぜーんぶ電子化してやったわ』


「売り上げは出たのか?」


『こっちの需要はもともとあったし、儲けもぼちぼち出とる感じかな。

せや、どうせやから、ウチが描いたアマビエでも見せてやるわ』


伊調の画面が切り替わる。


一見すれば、くちばしが生えた人魚のなりそこないだ。彼女が描いた場合は、カワセミのような青い鳥の頭と、虹色のうろこを持った魚を組み合わせたようなバケモノになるらしい。


「うわ出た……誰が思いついたんだろうな、これ。

正直、絵を見るまで思い出せなかったんだよな」


海から姿を現したアマビエは、自分の姿を描き写せば、疾病退散できると予言をした。それ以来、奇妙な姿を絵に描いては、ご利益を得てきた。


今回の場合は、その噂だけがひとり歩きしてるような印象がある。

別の妖怪と見間違えただけと聞いたことがあるが、真偽のほどは定かではない。


『これはまた、ずいぶんと派手なのを描きましたね。

僕は初めて聞いたんですけど……あまり有名ではないんですね?』


『妖怪の中では無名なほうだな。梅雨同様、俺もほとんど忘れかけていた』


やっぱり、俺だけじゃなかったんだ。

梅雨はひとり安堵する。


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