2 危機感の薄い連中だ


『で、どんな具合や、コロナウイルスとやらは。

ウチの地区から人は消えておらんぞ。人の流れが観光地から近所の商店街に移った感じやな』


「そう簡単に人が消えたら、それはそれで怖いけどな……」


『それに、どこの企業もネットワーク化が思いのほか進んどるようでな。

電車やバスはカッスカスやで。座席を占領できるのは今のうちかもしれんな?』


企業も自宅で仕事ができるよう、配慮を進めているらしい。

時間短縮での営業や外出せずに済むような方法を強いられている。

働き方を本格的に見直す時期が来たということだろう。


その流れは悪くないとは思うののの、自粛の影響で閉店に追い込まれてしまっているところも少なくはない。一長一短といったところか。


『けど、要請には律儀に従っていますよね。

もっと出歩いてるかと思ったんですけど」


『そうでもないと思うがな、暇を持て余した連中はそこかしこにいる。

何の対策もせずにうろうろと……実に危機感の薄い連中だ』


道山は眉間にしわを寄せる。

そういえば、買い出しに行った連中がそんなことを愚痴ってた気がする。

日用品を買いだめしようと店に行列ができているとか、何とか。


「異常って言っちゃあ、異常だよな。

品切れ起きるのは予想できたとしても、店を梯子してまで買うもんなのか?」


『確かに必要不可欠ではありますけどね。自分の身は自分でしか守れませんから。

ただ、本当に必要としている人たちに行きわたらないってのは、どうかと思います』


『見た感じ、老人たちが店が開く前から並んどったな。

不安による衝動買いやら何やらかんやら……何が正解かもう分からんわ』


『その生命力にはあきれるばかりだな』


「俺たちがそれを言っちゃあ、おしまいだろうよ」


梅雨は苦笑を浮かべる。


『確か必要最低限の外出なら、よかったんでしたっけ』


『あの列が最低限のうちに入っている、と?』


『そういうことにしておこうや、近所だから来とるんやろうし。

腹立つの分かるけど、みんなを悪者扱いすんのはよくないと思うで? うちは』


伊調はやんわりと諭す。

人の密集を避けなければならないとはいえ、すべての店を閉めることはできない。

消耗品はどうしても必要となる。それらを扱う店は閉店時間を普段より早くすることで、密集に対応していた。


『そういや、家に引きこもる時間を有効活用するような動きも出て来とったな。

在宅勤務応援とかいって、送料無料にしてみたり、クーポン配ってみたりとか、どこもかしこも商売上手やわ』


それはネット通販だけの話だろうし、そこに便乗する鬼はまちがいなく伊調だけだ。

飲食店は店内で営業ができない代わりに、弁当を作って経営を回している。


「まあ、家にいる時間が長いもんだから、日曜大工でもやろうって話らしいな。

工具の専門店なんかは売り上げがいつも以上に伸びてるみたいだ。

刺激が欲しいんじゃないか、何だかんだ言ってもさ」


『ああ、確かに流行ってますものね。そういうの』


『ど素人に何ができるというのだよ』


「そう言ってやるなって……初心者多くて対応が大変みたいだけどな」


それにしても、こんなに毒を吐くやつだったかな。

人嫌いではないことを知っているだけに、少々意外だった。

単純に鬱憤が溜まっているだけだろうか。


『というか、今こそウチらの腕の見せ所とちゃうんか?

マジもんの鬼が何か動画出してみたら、絶対に流行ると思うで?』


『伊調さんみたいに、環境が整っている方のほうが少ないと思いますよ。

むしろ、機材を触ったことすらない方のほうが圧倒的に多いかと』


『見せる腕もないというのに何をしろというのだよ』


「それこそ、人間に目ぇつけられたらどうすんだよ。

潮煙の件、未だに解決してないんだろう?」


『あんな連中に目をつけられたお前が言うなや!

退魔師にはしてやられるし……クソ、思い出しただけでムカつくわ!

潮煙の大将はマジで見つからんしな! 何やねん、マジで!』


伊調は怒りに任せて机をたたいた。

彼女に関しては、伝染病が流行る前から厄介ごとに巻き込まれていたらしい。


潮煙にあった鬼の組が二つに分かれ、人里離れた廃墟で悪さをしていたらしい。

詳しいことは聞いていないが、人をさらっては人身売買や実験などを繰り返していたようだ。


その悪事はとっくに解決したものの、彼らを率いていた鬼が未だに見つかっていな

い。かなり力を入れて捜査しているらしいく、付近に住む伊調が真っ先に疑いをかけられた。近くと言っても、彼女は隣の市に住んでいる。潮煙とはほとんど無関係だ。


しかし、悪党の拠点から彼女の作品が何点か見つかった。

そんなことを伊調がするはずがない。その作品とやらも、贋作にも届かないただの瓦礫の塊だった。


『低品質でも売れると判断したのだろう』と、同席した退魔師は推測を立てていた。


自分が作った物を粗末に再現された挙句、売り飛ばそうとした。

到底、許せるはずがない。作品を馬鹿にされたことで、芸術家の心に火がついた。

その勢いのままに、捜査に参加することになった。


「まあ、半年間も行方が分からないのは、確かにおかしな話だけどさ」


『案外、近くにいたりしてな』


『笑えんわ……それこそ首ちょんぱにされてしまう』


伊調は憂鬱そうにため息をついた。


『あのカーネリアンとかいう女隊長には気を付けたほうがええで、お前らも。

確かに絵に描けないほどの美人やし、部下からもかなり慕われとる。

実力が確かなだけに、かなり厄介や』


すべては退魔師の手のひらの上だった。

伊調のいう瓦礫の塊は、彼らが押収したものであることには違いない。

それらを取り扱っていた商人団も、すでに摘発されている。


伊調の作品と無理やり結び付け、盗作されたと勘違いさせる。

芸術家の誇りにわざと傷をつけ、その怒りを潮煙の大将に向かわせる。

退魔師の策にまんまと引っかかってしまった。


『しかし、分の悪い賭けだと思うがな。

お前を巻き込むためだけに、そこまでしたのか?』


『そこまでされたんや。

そして何よりもな、その舐め切った態度にも腹が立っとるんや』


芸術家の誇りの高さを利用されたことに、かなり腹を立てているようだ。

確かに、伊調を舐めているのはその女隊長のほうかもしれない。


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