鬼たちの鬼たちによる鬼たちのためのリモート会議
長月瓦礫
1 悪くないやろ?
『おーい、聞こえとるか?』
『おう、こちらは大丈夫だ』
道山の太い声と伊調の柔らかい声が少し遅れて聞こえる。
パソコンの画面に二人の顔が映し出された。
『お、梅雨も来たな! あとは萌黄だけやのう」
『ひさしぶりだな、年始の呑み会以来か?」
四分割された画面の右側に角が生えた男女が映った。
角が二本生えている道山は自室にいるようで、後ろに本棚が配置されている。
「本当にな。元気そうで何よりだ」
『まあ、俺たちには関係のない話だからな。体がなまって仕方がない』
道山はため息をついた。
新しい伝染病が流行り始め、人間界は大騒ぎとなった。
これ以上の感染者を増やさないために、外出を自粛する要請が出た。
その影響は人間以外にとどまらない。
人間に紛れて生活している異種族たちは、特に窮屈な思いをしているに違いない。
力になりたくとも、密集して会議することが許されない空気が流れている。
どうにもならないという絶望感の中、伊調がこの会議を提案した。
『まあ、こうしてみんなに会えたんやし、悪くないやろ?』
額から生えた短い一本角の伊調はいわゆる同人作家であり、様々な分野の作品を手掛けている。彼女はそれらを売買して生計を立てている。
見えないところで努力を繰り返しているだけあって、そう簡単に筆と心は折れないらしい。
『それにしても、まさか道山が参加するとはな。機材とかよく揃ったな?』
鬼たちの中でも比較的、機材が揃いやすい環境にある者たちが参加した。
まずは彼らが試しに行ってから、広めていく算段である。
『元から機械はあまり嫌いではないのだよ、家にあった物で十分足りたしな。
俺よりも梅雨がいることが異常じゃないか? 流行り物は嫌いじゃなかったのか?』
「いや、俺の場合は強制的にそうなっちまったというか……なんというかな」
梅雨は神社の管理を任されているし、道山も資料館の館長を務めている。
鬼がいるという噂が流れているからか、人は滅多に訪れない。
常に閑古鳥が鳴いているとはいえ、感染症対策は徹底しなければならなかった。
特に梅雨の場合は、その対策会議をパソコンを使って行うことになってしまった。
機材も準備してもらったとはいえ、何が何やら訳が分からない。
仲間と共に頭をひねりながら、どうにか会議までこぎつけた。
『いい薬になったみたいやな、その感じだと』
「今回ばかりはさすがに文句も言ってられないしな……」
次々に死者を増やしていく様は、いつぞやのコレラを思い出させる。
あの時から医療はかなり発展したとはいえ、未知なる病の恐怖はそう簡単にぬぐえるものではない。
親しい人々が亡くなるかもしれない恐怖とその悲しみはいつだって変わらない。
『まあ、曰く付きの場所に人間はなかなか来ないやろ。
にしても、萌黄がやけに遅いな』
『一番機械類に強いと聞いたが、何かあったのか?』
未だに梅雨の上の画面が黒いままだ。
鬼たちの中で若い方で、人間に紛れて暮らしている。
人間の流行にも敏感で、新しい物を探し回っている。
二本の角も頭に布を巻くことで、どうにかごまかしている。
『いや、そこじゃないって。これ押すんだよ」
聞き覚えのない若い男の声が聞こえた。
『ああ、ここ?』
『そうそう、それそれ』
『あー、あー、聞こえてますかー?』
萌黄と若い男が何やら話している。
画面には名前しか表示されておらず、音声だけが聞こえている。
『まったく、せっかくこういう場を設けてやったというのに。先が思いやられるわ。おい! 何しとんのや、お主らは! ぜんぶ聞こえとるぞ!』
伊調は声を荒げる。
『うげぇ⁉ 何これ、音声もう通っちゃってんの?』
『遅れてごめんなさい!
ネットが繋がらなくなっちゃって、友だちに教えてもらってたんです!』
『画面映せ! 声しか聞こえんわ!』
『はい! 悠人、ここで大丈夫?』
『待って待って! まだ押さないで! 俺いるから!』
『あ、逃げんな! 顔くらい見せろや!』
ばたばたと足音が聞こえた後、萌黄が映った。
今日も頭に布を巻き、後ろには金属製の棚が映っている。
『ごめんなさい。いろいろとご迷惑おかけして』
『まったく、人間まで巻き込んでいるとは……にして、どこで知り合ったのだよ』
『どこというか、ゲームですね。オフ会で知り合ったんです』
『なるほど』
『伊調さんはどこで知り合ったんです?』
『何言うてんねん、あんな奴知るわけないやろが』
『え? じゃあ、何で話しかけたんですか?』
『そりゃあ、パソコンの画面に映る鬼どもなんぞ、まず見られないぞ?
どんな反応したか、楽しみやったんやけどなあ』
「相変わらずだな……姐さんは」
伊調はにやにやと笑う。
すぐに人をからかおうとするし、とにかく抜け目がない。
鬼の中でも性格の悪さがかなり際立っている。
「やっぱり、その友達の方が詳しいのか?」
『そうですね、悠斗はかなり詳しいですよ。
さすがは動画投稿者って感じですね』
『ずいぶんと仲がいいんだな?』
『ゲームで知り合った後も、いろんなところで遊んでるんです。
アイツの行動力はハンパないですよ。
今はダイバーの免許取るために、勉強とか頑張ってるみたいですし』
「へえ、俺にゃ全然理解できない世界だな」
『こればかりは仕方がないな。ある種の役割のような物だ』
梅雨には外出できない根本的な理由があった。
玄関にいるだけで雨雲を呼び、一歩でも外に出れば雨を降らせてしまう。
先代から大将の座を引き継いだ時、この能力も身についてしまった。
それ以来、引きこもり生活を余儀なくされたのである。
『そう考えると、ある意味適任ではあると思いますよ。
梅雨さんみたいな能力を持っている方、結構いらっしゃると聞きますし』
「だといいんだけどな……」
天候を左右する能力を持つ鬼は全国各地にいる。
梅雨と真逆の性質を持っていても、鬱陶しいことには変わりはない。
人間から散々迷惑がられた結果、引きこもるしかなくなるのだ。
外に出ない生活が長いからか、どうも頭の固い連中が多い。
付き合っても面倒なだけだと判断し、あまり関わっていないのが現状だ。
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