第8話 あふたーてすと ×

 クレープの約束をして、テストまではわたしは頑張ったと思う。

 でも、やる気になったとてわたしはわたしなのだ。すべてのモナカせんせー授業をおさらいすると突然参考書じみた光景が広がってしまうのでここでは割愛。

 一月考査は三学期のはじめとあり、国数英理社の五科目のみのテストだった。そのため、モナカせんせーに学ぶ内容はあまり変化しなかったらしい。練習問題と称したモナカせんせープリントがわたしのテスト勉強の柱となった。細かい要点をまとめ上げられたそれはプロテインのようなものだったと思う。必要な栄養をその場で補える。飲んだことは無いが。

 よって、理解能力は人並み以下のわたしでもテスト前日に一夜漬けせずに眠ることが出来た。まあ、それがなくても一夜漬けなどしない、諦める。

 テスト当日は空にうっすらと雲がかかっていた。そのため気温も低く、スカートの丈を恨み男子の制服を羨んだ。女子の制服は何故スカート限定なのだろうか。どう考えても、得するのは下衆な男ではないか。小学校の頃、男子がしていたスカート捲りをさらに助長しそうだ。もっともそんなことのできる勇者はこの学校にいないだろうが。時々足を見ている校長が気になる。セクハラで訴えてやろうか。

 まあ、そんなことを考えられるほどにはわたしは余裕ではあった。テスト数分前に、モナカさんと目が合い笑いかけたらそそくさと顔をそらされたのは腑に落ちなかったが。きっとその答えはテストの問題よりも難解なのだろう。

 そして、今日が訪れた。

 テストが明け、成績の開示されてすぐの土曜日。家庭教師モナカせんせーは業務から解放される休日だ。わたしが今どこにいるのかによってわたしの成績の良し悪しを見取ってほしい。

 まず足元にはコンクリート。壁は無く開放的な場所であり、人々が移動をしている。天蓋は無く、碧空の空が地に並行して覆っている。

 観葉植物は街路樹へと変わり、冬の木枯らしを受け、身包み剥がれていた。寂しいな。そうしてわたしはバスの停留所の立ち並ぶ駅前広場にいた。

 つまりわたしの成績は良かった。

「やっほーい」

 華やかさのかけらの無い叫びは人々の動きを一瞬だけ停めたが営みはすぐに再開された。

 順位は五十四位。久しぶりの二ケタで、半分を超えた。わたしは一種の幻を見せられているのではないかと疑った。成績を配布する教師の目も、丸くなっていた。そのままカツラも落ちそうで手で必死に押さえつつ『風が……』と言っていた。もうばれてるって。

 わたしの学校は勉強しない奴が下位に積もっているようだ。だから、短時間の勉強でここまでこれたのかもしれない。あとはこれから継続できるかなのだが。

「無理かもな」

 叫びとともに掲げた腕を下ろしながら捨て台詞染みたことを言ってしまう。

 短時間なら頑張れたものの、これを継続できるかと言われれば微妙である。某ネコ型ロボットの食パンでもあればいいのに。でも、あれトイレ行ったらだめなんだっけ。広い範囲じゃ使えないな。

 まあ、今日は楽しむことにする。学生の領分は勉強と遊びだ。勉強は一週間頑張ったし、偏ってはいけない。だから遊ぶ。そして優等生をこちら側に引き込んでやる。うへへ。

 まあ、最後のは嘘だが。こちら側に来られては困る。わたしにも目指すべき目標がありそれにはモナカせんせーが必要だ。

 うん。

 約束の時間より早く来すぎたかな。駅と併合するビルの時計は約束の三十分前をさしている。人は休日昼前でも多く、みんながそれぞれの道を進んでいるんだなと考えてみる。駅前に道は無い。ただコンクリートとタイルが敷き詰められ、そこに地面が出来上がる。でもみんな決められたようにまっすぐ歩く。それが人の進む道。スーツを着たおじさんや赤いコートに身を包んだ女子大学生、小さな子どもさえも道を持っている。わたしも、いつの間にかその道にいる。それが世の中では当たり前。

 ……いやはや、唐突に哲学に走ってみた。キャラにないことでもやってみると案外おもしろかったりするから不思議。

 そうこうしていると駅ビルの入り口から、モナカさんが出てきた。荒れ狂う人波から抜け出し、服のしわを手で丁寧に伸ばしているのが窺える。そのしぐさが一つ一つ丁寧で、優等生なんだなとまた思う。

 モナカさんは全体的に白を基調とした出で立ちで登場。まだ語彙的に全て描写するには困難になる。国語力もつけないとな。とにかくロングスカートやコート、マフラーを身にまとい、なんともモナカさんらしい。まだモナカさん自身を知らないからパッと見で浮かんだ言葉をチョイスしてみた。

 いつになったら気づくかなと思い、見続けてみる。じー。

 あ、きょろきょろしている。視線は感じたらしい。まだ、じー。

 あ、見つかった。

 さっと隠れる。何に? 手持ちの鞄に。なんとも小規模なかくれんぼだ。鬼さんもすぐこちらに走り寄ってくる。

「おま、たせ」

 肩で息をするモナカさん。走ってこなくてもよかったのに。でも、わたしも逆だったら走っていたと思うので指摘はしない。

「待ってないよー、今着いたとこ。」

 こういうのがその『お約束』だと思う。よし、決まった。わたしにも少しは技術があるのかもしれない。

「ほんとに?」

 少し訝しまれたので、技術はまだ会得中ということにしておこう。

 寒さと走ったことによる熱がモナカさんの鼻と頬を赤く染めていた。肩まで降りた髪がふわふわとしている。茶色の髪は寒さを温和にするような温かみを秘めていると感じるのはモナカさん自身が温まっているからかもしれない。

「よし、じゃあ行くか。」

 わたしが先導する。これから約束を果たしに行くのだ。モナカさんの初クレープのために。「うおー」寒さに負けないと対抗意識を燃やし、咆哮してみる。その奇行に何を感じ取ったか、モナカさんを後ろで「ぉおー」と言っていた。恥じらいがありながら一緒にしてくれる。ノリの良いモナカさんであった。

 クレープ屋は商店街にあるそうだ。商店街は駅前の交差点から先にあると書いてあった。何に? チラシに。交差点で信号機に行く手を阻まれる。車道を挟んで人が向かいあう。土曜日でもスーツを着た人や制服の高校生の姿が見られる。さぞかし、やる気に満ちた学生なんだな。でも少し眠そうなのは気のせいではないだろう。

 ぺーぺぽ、ぺーぺぽぱー。車の騒々しさと信号の電子音が入れ替わり、人々の交錯が始まる。わたしとモナカさんも商店街へと歩みを進める。みんな練習をしっかりしているかのようにぶつかることなく移動を終えて、ぺっぽーぺっぽーぺっぽー信号が赤に変わる頃には渡り終えられた。

 クレープ屋の場所は、とわたしはハンドバッグからチラシを取り出す。……ん? 隣に並んでいるモナカさんも手元に紙を持っていた。

「「あれ?」」

 二人とも持っているとは。この町も狭い。駅前を利用していれば、自然とそうなるのか。

「おんなじだね。」

「ん。本当だね。」

 これなら迷子になる可能性も少なくなるはず。わたしは地理の成績もまだまだ。……がんばろ。

 商店街にはシャッターもあるが、まだまだ活気に満ち溢れている。交差点から入ってすぐはゲームセンターやパチンコ店の娯楽施設があり開発地だなと思った。人通りもそこを超えると少し少なくなる。そこからは迷路状に分岐が増える。

 クレープ屋は、次の角から右、左、直進で着く。

わたしたちは並んで歩いた。ときどき来る肉屋や駄菓子屋の前を超えて、見事「到着」。会話ゼロ。でも気まずさはわたしにはなかった。なんでかな。

「着いたね。」

 目の前のクレープ屋は今まではシャッターに閉ざされていた一角にあった。赤と白のストライプ柄の屋根はきれいでかわいさが浮き立っている。ショーケースがこちらの客側と店内を隔てているつくりで露店販売? のようだ。

 店の中には一人の女性店員さんがレジ前に座っていて、けれどこちらには気が付いていない。店番さんなんだろうけど大丈夫か。近づいてみると、下に置いたスマホで動画を見ているようだ。イヤホンも見受けられる。

 わたしとモナカさんはお互いに顔を見合った。意図したわけではなく不意で、モナカさんは少し顔を赤くした気がした。そういえば、寒かったな。商店街内もまだまだ寒い。

 とりあえずモナカさんの好みを知るべく「どれにする?」と聞いてみた。

 ショーケースに視線をそらし、むむむ、と悩むモナカさん。

「お、いらっしゃい。」

 今気が付いた店員さんがこちらに接客の意思を示す。ただの店番ではないようだ。高校生っぽいけど。屋根と同じ、赤白の帽子までかぶっている。そして、イヤホンはまだ使用中。

「この中でおすすめってありますか?」

 聞いてみた。「うーん。皮でもおいしいのがウチの売りなんだけど。」明らかな手抜き発言が飛び出す。

「ジョーダンだよ」

「は、はあ。」

 モナカさんもショーケースから店員さんに視線を変更。

「二人はアレ、友達?」

「はい」

「はいっ」

 勢いよく後から答えたのがモナカさん。でも、友達になったのはいつからなんだろうと疑問を浮かべていたわたし。まさか入学して同じクラスになったら全員友達だ思考はしていないので、たぶんあの家庭教師初日からになるんだろうか。でも、わたしたちは生徒教師の関係ではないか。ん?わからん。

 こうなれば「甘いやつ一つ下さい」糖分補給だ。「どれも甘いぞ。」店員さん鋭い。なら「このチョコソースのやつで。」「りょーかい。」

 何気に少し高いやつを選んでしまったわたしはモナカさんの選択に耳を傾ける。

「じゃあこの苺のお願いします。」

「はいよ。」

 わたしたちはその場でお金とクレープを交換し、クレープ屋から離れた。去り際「また来いよー」と元気に送り出してもらえた。最後までイヤホンで何を聞いているのかはわからなかった。



 商店街を少し歩くと、公園がある。モナカさんもここに来たことがあるのだろうか。道中どこに行くの、とか聞いてこなかったし。最後に来たのはいつかな。小学生から一向に足を向けなかったと思う。公園でしたいことも中学に入ってから考えなくなったし、その頃は社会というかなんというか空気に逆らっていた気がする。いわゆる反抗期。最終的に反抗期に反抗を示してやめた気がする。

 公園は小学生のころからほとんど変わりなし。ブランコの鎖やジャングルジムは所々錆びついている気がするが、蒸気機関車の遊具もそのままになっている。もっともあれを撤去することは無理だろう。子どもたちは車掌の気持ちを体験し、夢のかなたに線路を伸ばす。

 冬の公園には走り回る子どもの姿がなかった。子供は風の子という話はどこへやら。

 手近なところにベンチがあったので二人でそこに座る。甘い香りを漂わせるクレープを片手に。寒さが功を奏す。夏だったら生クリームで手がべとべとになっていたことだろう。

 では初実食のモナカさんにクレープを「食べよっか」と催促する。

「うん。」

 モナカさんはわたしに目を向けたまま固まった。こちら待ち? これは譲り合いの予感がしたので先にわたしが食べることにする。

 はむ。……あまー。チョコクリームが口いっぱいに広がり、その甘さに舌が驚く。クレープの皮は店員さんの言う通り、おいしかった。クリームによく合う。

 わたしの食べる姿を見届けたモナカさんも視界の端でクレープを食べはじめた。

 あちゃ。モナカさんは大胆にもクレープの手前の皮からかじりついた。別にそのままなら普通に食べられていたのだが、傾き方もあり中のクリームに鼻から突っ込むことになった。

「んんー、ぺは。」

 少し悶え、一度顔を上げたモナカさん。鼻が白くなり、ピエロ状態。苺クリームでほんのりピンク色のクリームがさらに赤い花のピエロ感を助長している。あれ、真っ赤な鼻はトナカイもあったっけ。でもクリスマスには遅すぎだ。

 ピエロモナカさんは口をもそもそ動かしている。クレープの皮はかじりとった様子。鼻のクリームさえなければ上品な気がするけど。両手でクレープを支えている。育ちかな。

 しょうがないので手の空いているわたしが鼻のクリームを人差し指で拭う。差し出した人差し指に気が付かなかったモナカさんは突然視界に入った指に若干たじろいだが、そのままされるがままになってくれた。

 よし、とれた。「ふへ」モナカさんからのかわいい反応も頂いた。そのままクリームをなめる。少しすっぱい苺味だ。

 わたしの行動に何を思ったかモナカさんは固まっていた。品がなかっただろうか。お上品なモナカさんには高校生らしさが若干伝わりづらいご様子であった。頬が苺のように赤く染まっているのは寒さからか、ついでに口はふへっと開かれていた。目は点。

「どうしたの?」

「い、いや、そ、その。」

「大丈夫?」

「あばばばば。」

 顔を覗き込むように身を寄せたらさらに動揺を示すモナカさん。どうしたんだ。手元がこちらに向けられ距離を取ろうとする。精一杯伸ばされた腕の先端にはクレープがあった。「ぱく」そのままそちらも一口もらう。さらに苺だった。果肉も入っている。

「あー」

 クレープを取られたことにご不満かモナカさんが声を漏らす。好きだったのか、苺。それともクレープが気に入ったか。定かではないがいじめられた子供みたいな目になってしまった。

ちょっとした罪悪感。わたしは自分のクレープの握られた右手を差し出す。

「はい、一口上げる。交換。」

「い、いや、いいよ。」

 謙虚さがモナカさんに口を動かせる。でもそれでは進まん。

「いや、わたしももらったから。」

「じゃ、じゃあ。」

 モナカさんはわたしの差し出したクレープに向かって顔を寄せた。餌付けの気分。とは思ってはいけないと思った。

 でも、わたしの差し出したクレープを食べる寸前、また固まってしまった。今日は良くフリーズするなぁ。いつもはこんなことないのに。謙虚さはモナカさんの売りなのか?

 その後何か決心する表情を見受けられ、モナカさんはわたしのクレープにかじりつき、そのまま元の体制に戻った。わたしのクレープにもモナカさんのクレープにも同じような歯型が残されていた。二人で、なんか普通とちょっと違う『分け合いっこ』ができたんじゃないかな。最初はわたしが強引にだったけど。モナカさんも楽しそうに見えるのでよし。今は口をもそもそしているけど。

 その後二人の手元のクレープは胃の中へ消え、静かな公園で談笑に興じているわたしたちであった。一月の寒さはまだまだ肌にはきつく、じくじくとさしてくる。吐息も白く染まり、二人の空気としてあたりを満たしているようだ。

 そうして会話はいったん区切りがつく。中学校の頃の話を一通りしてしまった。ああ、次に何の話をするかネタがないな。まあ、その時はその時で考えておこう。

「そろそろ帰ろっか。」

「もうそんな時間?」時が過ぎるのは早い。

 さすがに冷え込んできて、モナカさんも若干鼻声になっている。そういうわたしもそうだった。とりあえず立ち上がる。体がべきばき。「あう」固まっていた。手を上へ伸ばして背伸び。隣で同じようにモナカさんも両腕を伸ばしていた。

 二人で顔を見合わせる。

「ふふ」「あは」

 二人で微笑む。

 頭のふと浮かぶ。こうして二人でこれからも笑いあうのだろう、と。そういうのがいいな。学校の教師みたいに教えるだけではなく、友人関係やそういった家庭教師としか気づけない関係というのもそこにはあるはずだ。

だから。

その表明として、わたしは告げるのだ。


「これからもよろしく、モナカさん」

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赤点ガールと家庭教師ちゃん 詩鳥シン @utatorisin

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