第7話 約束

 結局のところ、昼休みもモナカさんと話すことなく学校が終わってしまった。放課後となり、教室を出ていく生徒のせいで体を覆っていた空気が教室から逃げていく。すると肌を浸食するかの如く、凍てついて空気が入れ替わりで肌をなでる。うう、寒。

 気づいたことは放課後の授業中、もしかしたらわたしの方が野良猫なのではないかということ。モナカせんせーの方が興味を持った人間で、わたしとの距離の掴み方に難航している。

 そう思うと、こちらが動くしかないんだなってなる。どっちかはよくわからない。人間関係なんてそんなものだ。でも、これから家庭教師をしてもらうにあたってこちらから提供するものも必要だろう。

 なので荷物を早くまとめたわたしは、席を立とうとしているモナカさんの後ろにスタンバイしに行く。山田は『犬の散歩が夕方もあるので。』と帰っていった。安代は『本読んでくる』と図書委員に出向いた。あいつのことだから本なんて読んだらすぐに眠くなってしまうのだろう。それくらいはわかるようになった。安代の幼馴染山田にはまだ遠く及ばないが。

 モナカさんはわたしに気付かず、席を立った。まだ少し距離があるが、名前を読んで止める。

「モナカさん」

 あちゃ、モナカさんじゃなくて真中さんだった。まいいか。昨日の母に便乗する。

「うへっ」

 振り返って鳴き声を上げるモナカさんはこちらを見て、びっくりしたようだ。話しかけたからかな。うん。そうだろうな。もう『初めまして』ではないが『ヤッホー』と気軽に話せるわけではない。

 だから「一緒に帰らない?」誘ってみる。接続詞がつながってない気がするが、帰り道一緒だしいいだろう。

 どう答えるモナカさん。半分以上答えが分かり切った質問ではあったが、なんとなく不安がぬぐいきれないので空想の崖に立ってみる。だめだったら、飛び降りるように走って帰ってやる。家についたら、鍵も閉めてやる。後で家庭教師モナカせんせーが来てインターホンが鳴ったら開けてやる。何がしたいんだか。

「う、うん……です。」

 なんか曖昧な敬語だ。学校ではこういうキャラなのかな。学校のモナカさんとして、話はしたことがないな。モナカせんせーとしての方がまだ多い。二時間ほどの差でしかないが。

 なんとなくまた距離感が戻っているように感じる。わたしは少し過大評価だったようだ。まだ一日しか経っていない。当然だ。そんなに人は変われない。変われるのであれば、わたしの成績も少しは良くなっていいだろう。

 まあ、答えは返ってきたので、二人で教室を出る。わたしが前に立つ。ドアを開けて「さむ」これはこの冬何回言うことになるのだろうか。カウントはしない。

 それからは階段まで無言。下りきって無言。靴箱についても無言。という三拍子が完成してからわたしたちは靴を履き替える。ついでにマフラーも装着。淡い寒色に身を包むわたしと儚い白に身を包むモナカさん。どちらも見た目にはほかほか感がない。ふかふか感はなんとなくある。

 校舎から出る。無言だと寒さに似た肌を刺すようなピリピリとした感覚があることに気が付く。何か話すことはないかと脳みそを漁る。すっからかんだった。自分で言ったがなんて失敬な。

 話す内容を探すため、鞄にも手を突っ込む。「お?」チラシが出てきた。今朝安代にもらったものだ。

 安代から与えられた話のタネをここで使うことにする。

「モナカさんは甘いもの好き?」

「え? うん、嫌いではない、と思います。」

「とりあえず敬語やめよう。」

 指摘しつつ、なんとなくわかっていた答えに安堵する。名前が甘いからね、もはやあだ名なんだけど。

 話を続ける。

「クレープ好き?」

「クレープは……食べたことない。」

「あ、そうなんだ。」

「桜木さんは?」

「小学校の時一回食べたかな。あのときは大変だった。上から食べようとしてクリームに鼻から突っ込んだ。危うく窒息するところだったよ。」

 大げさに手ぶりをして話す。

 まあ、あれは本当に危険だったんだけど。甘いもので死ぬとは天国から地獄であって、さらに情けない死にざまであるため現実にならなくて心底ほっとしている。

「大丈夫だったの?」

「大丈夫じゃなかったら今ここにはいないよね。」

 少しおどけてみせる。モナカさんは不安そうにわたしの顔を覗き込んでいた。冗談と本当の区別がついていないのか。まだ知り合って間もないから、わたしから冗談をくみ取ることができないのかもしれない。

 ならば。

「そうだ。クレープ、今度食べに行かない?」

「えっ。」

 自分から行動するのは大切で、なのに長いこと自分に欠如していた。

 でも、お世話になりっぱなしはだめだと気づいたし、わたしはモナカさん、モナカせんせー、どちらとも知り合いの先に行きたい。

 一人の『真中さん』として友達になりたいのだ。

 言葉にすると恥ずかしいが行動で示すこともできる。仲良くあればいい。

 思い立ったがなんとやら。一期一会だ。

「……」

 少しの間が空いてからモナカさんの口が開かれた。

「うん。じゃあ、」

 同意を示してくれたモナカさんは言葉を続けた。それ以上はわたしも求めていないのだが、ことの進展を見てみよう。

「来週の一月考査、順位が半分以上いったらクレープ行こう。」

 こうしてわたしに課せられた使命がまた一つ増えたのは言うまでもないことだった。

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