第6話 翌日
翌日、学校に行くと安代が先にいた。
教室内は騒がしく、クラスの窓側後ろに男子が集っていた。どうしたのか。その中心に誰がいるのか興味もあったが干渉する訳でもないため、私は教室中央の席に向かう。そうして、私の席に安代が座っている現場に遭遇した。うお。
「そこわたしの席だぞ。」
「知ってる」
「じゃあ、なんで、と聞いても。」
「はいこれ。」
わたしの質問に返ってきたのは一枚の紙きれ。昨日の小テスト五連ちゃんもあって、その紙が何やら問題がズラーと並んだものではないのかとひやりとする。今日も家に帰れば、家庭教師の授業。なので、極力友人との会話には勉強関連の話はしたくない。なんとなく、つらいのだ。不真面目高校生の性である。
恐る恐る取って見てみる。何やらさらさらとしたノートとかとは違う質感の紙。「クレープ?」のお店のチラシだった。なかなか派手なデザインで、右下には駅前の地図が載っている。よく見ると、新しくオープンした店らしい。
「昨日、駅前で配ってた」
「いいなー」
「でもクレープは食べず、ドーナツを食べた。」
「いいなー」
「おいしかったです。」
「そーですか」
とりあえず、ドーナッツいいなー、クレープ食べたいなー。これが、わたしの心の声である。
だめだだめだ、と心をただす。このままだと放課後行ってしまいそうだ。いつもなら、何も考えずに行っていたが、今は家庭教師モナカせんせーが勉強を教えに来てくれる。放課後の時間を割いて。その意味をちゃんと理解しないといけない。そのため、私はクレープ屋のチラシを……カバンの中にいれた。押し返すことはできなかった。いつか行くんだろうな。きっと、うん。
「いつ行くの?」
「今でしょは古いから、使わんよ。」
今が古いとは、なんかすごい哲学に向かいそうなので、安代との会話に興じてみた。
「山田は?」
「今日は、散歩行ってから来るって。」
「ああ。」
山田家は犬持ちの家である。黒いプードルだった気がする。この前行ったとき、なぜか私だけすごい吠えられたのであれ以来言っていない。クロ(色で勝手に命名)は覚えているかな。
「家庭教師はどう?」
「ん。」
何と答えるのが正解だろうか。モナカさんだったよ、はなんか違う気がする。同級生に教えられるわたしも情けなく感じるし、モナカさん経由でわたしの知能の低さを知られると悲しい。
それに何でモナカさんが家庭教師をしているのかという疑念もある。周りには隠しているのだろうか。
いろいろ考えた結果、解答を濁すことにする。
「頭のよさそうな人だったよ。」
「へえー。」
興味がなかったらしい。雑だな、おい。
わたしたちは山田がいないと会話が捗らないらしい。山田は、自分で話を生産し、提供し、回収するから、周りが回る。それに食らいつくだけのわたしたちに、その能力が付与されることはないのだろう。もっと自主的になろうぜ。たぶん無理か。
「おーす。」
「おーす。」
山田の声につられ、安代が挨拶を返す。山田様到着である。
「散歩どうやった。」
質問をあいさつ代わりに投げかけ、待つ。
「いやー、大変だったよー。ネコが五匹くらい行進してた。一直線になってさ。路地裏に歩いて行ってたわ。それ追いかけようとするから、引っ張られて靴がすり減っちゃったぜ。」
やれやれ、と両手を肩の高さに持ってきて首を振る。引っ張られる山田が、小学生の散歩を想起させたことは隠す。身長はまだ伸びてくれるだろうか。わたしはもういらないが、山田の願いも聞き入れてくれるのだろうか。そんな神様がいるなら、ついでに私には点数を分けてほしい。でもそんな都合のいい神様がいないことは承知である。
三人の会話は山田が話し手、残る二人が聞き手に回り何気に楽しく終わった。こうやって請け負った仕事をちゃんとこなせればいいのだ。背伸びする必要はない。と自分を肯定した。
でも、だからこそ、私は学生の領分である勉学に勤しまないといけないわけで、はあ。
今日も長い一日が始まる。
国語の授業中。教壇に立つ教師は現在、教科書によって自分の時間と喉を浸食されている。この時間は、かなり長い。眠気の元である。
でも、寝ると怒られるのだからある意味理不尽である。その眠気を起こしているのは教師自身であるというのに。
だから違う考え事をする。
モナカさんと昨日、初めて話した。だいぶ話しやすい感じがした。
モナカさんは不思議な感じがする。今まで学校では、ときどきわたしを見ていた気がする。それは単にわたしの自意識過剰か、勉強のできないわたしへの蔑んだ目だと思っていた。でも、昨日話してみてわたしに対して敵意はないことが分かった。どちらかというと幼い子どもが気になるものを見つけてでも近寄りがたいという感覚を向けられていたような、いや、ないか。
まあ、昨日『クラスメート』から『先生生徒』の関係に変化したのに、今朝話をしなかったのはわたしが活発に人付き合いをするタイプではないのと、モナカさんもその点では同類だったからだろう。共通点が増えた。いえーい。
ならもっと共通点を増やすために昼休みにお弁当でもつついてみるか。いや、それは距離の詰めすぎだろうか。
山田の朝の猫の話がふと蘇る。
人付き合いとか人間関係とかは野良猫との接し方に似ているのかもしれない。仲良くなりたいからといってむやみやたらに近づけば逃げられるけど、相手に好かれるように工夫すれば自然と寄ってくる。ぐいぐいと犬が迫れば恐怖心をあおる。餌を出せば自然と寄ってくる。
じゃあ、モナカさんに対してわたしは待つべきなのだろう。それか餌を撒く。そうやって、無気力なわたしの心は逃げる理由を勝手に作ってしまうからダメなのだ。あー。
とりあえず、教師の長い長い朗読が済んだので授業に戻ることにした。
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