仲直りは蒸したミミィ草で
綾乃雪乃
ごめん、だから、仲直りしよう。
ギギギ、ガガガガガ……
そろそろ修理が必要だな。
重く錆びついた扉を閉めながら、俺はそう思った。
ここはミル王国の竜騎士団が保有するドラゴンたちの寝床。
俺はパートナーのドラゴンの背に乗って、竜魔導士として国の防衛と発展に尽くす職業についていた。
ある程度評価はもらえているし、やりがいも感じている。
順調な竜魔導士人生を送っていた。
昨日までは。
『レイン、昨日
『せ、先輩……はい、そうです』
『初めてじゃないか?珍しいこともあるんだな』
『…はい、そうですね』
『…あれは、お前も良くないぞ』
『………ですが』
『ちゃんと仲直りしてこい、ほら、これやるから』
『…はい』
先輩に言い包められた俺は、こうしてドラゴンたちの寝床の入り口に立っている。
前にたたずむ鉄格子の先には、馴染みのある1匹のパートナーがこちらを見ていた。
「グルゥ」
入り口に立つ俺から丁度5m先。
その群青色のドラゴンは、唸り声をあげた。
どんな武器も歯が立たないような分厚い鱗で全身を覆い、両手足のかぎづめは触れるだけで裂けてしまいそうなほど、鋭利に尖っている。
黄色の瞳はひと睨みするだけで多くの生物が尻尾をまいて逃げ出し、なにより立ち上げれば全長30mを超えるという巨大な身体は、見るものすべてを威圧していた。
「…よう」
「グガアアアアアアアアアア!!!」
ちょっと挨拶しただけなのに、フィリスは大きな咆哮で返した。
その圧は物理的な力となって、周りのワラを激しく飛ばす。
「………怒ってんな」
全身にまとわりついた湿ったワラを掃いながら、俺はつぶやいた。
―――――――――
喧嘩のきっかけは、昨日の任務で俺が負傷したことだった。
田畑を守るため、ゴブリンを追い払う任務。
1匹1匹は大して強くないが、石器で武器を操り集団戦闘を得意とするゴブリンたちは、もちろん俺達に抵抗した。
『! フィリス、あいつだ!』
フィリスの背に乗った俺はパートナーに声をかける。
『あの白いゴブリンが親玉だ!捕まえて別の山に移動させるぞ!』
『グルル』
フィリスは野太い声を上げて、降下を始める。
その時俺は気づかなかったのだ。
崖の上から弓を引き絞るゴブリンの姿に。
『ぐっ…あ…っ!!』
弓矢が俺の左腕をかすめた。
荒削りの矢じりによる皮膚を削るような傷は想像以上に痛く、俺は思わずうめき声を漏らした。
『グオオ!?グルルルル!』
俺の様子に気づいたフィリスは、心配そうな声を上げる。
既に白いゴブリンを眼前に捉えていた。
このチャンスを逃すわけにはいかない!俺は必死に声をかけた。
『気にするなフィリス!ゴブリンを捕らえろ!』
『グルル!グガアアアアア!!』
『っおい、フィリス、どこへ行く!?』
フィリスは大きな唸り声をあげると、急上昇する。
そして白いゴブリンを標的から外し、弓矢が届かないくらい高い空へ舞い上がってしまった。
『おい!フィリス!!』
『グルゥ』
結局ゴブリンを追い払うことには成功した。
だが、地面に降りるや否や俺はフィリスに怒りをぶつけた。
『何であのままゴブリンを捕まえなかったんだ!あとちょっとだったんだぞ!』
『グルル!』
『俺が怪我したからか?だが俺はそのまま捕らえろと言っただろ!』
『グウウウウ…』
『戦線を離脱するほどの怪我じゃない!お前もわかってただろ!!』
『グアアアアアアアアアアア!!』
『なっ』
それからフィリスは、何を言ってもそっぽを向くか、こちらを睨むか、大声で吠えるか。
任務の報告が終わった瞬間、俺を置いてさっさと寝床へ帰ってしまった。
―――――――――
「怪我はちゃんと治った。包帯はしてるけど、もう明日から任務に参加できる」
俺の声に、恐ろしいほどごつごつした顔はそっぽを向いた。
だがその大きな顔は俺の5m先にある鉄格子にぴったりと貼りつき、黄色の瞳はぎょろりとこちらを見ている。
「そろそろ機嫌直せよ」
「グウウウウウウウウウウウウウウウ」
「全然直す気ねぇな。
お前がいないと俺、任務こなせないんだけど、ただの魔導士なんだけど」
「フスッ」
「鼻息で返すんじゃねえよ」
このじゃじゃ馬娘め。
でかい図体してちっちゃいことを気にしやがって。
それでも自分の意思で入隊して、訓練して、騎士資格を取ったドラゴンか?
「あああ、もう」
俺はくしゃりと頭をかく。
わかってた。わかってたさ。
何を言えばコイツの機嫌が直るのか、仲直りできるか、くらい。
「悪かった!」
俺は、パートナーに向かって頭を下げた。
「俺が怪我したこと、心配で仕方なかったんだろ。
だから、目の前のゴブリンよりも俺の安全を取った」
「…………」
「前に一緒の任務に就いた竜騎士。
ゴブリンの石矢に当たって毒に苦しんでたの、見てたもんな」
「……」
「確かに、俺の矢にも毒が塗ってあったよ」
「ガアアア!?」
「でも俺は魔導士だから、すぐに解毒できた。もうなんともない」
「グルル…」
「…ありがとうな、俺を心配してくれて。
でも少しは俺を信用しろよ。パートナーなんだからさ」
頭を下げて見えた地面には、吹き飛んで散らばったワラが散乱している。
大部屋の主である巨大なドラゴンは、小さな俺を見て何を思っているのか。
言葉のやりとりができないことを、時々悔しく思う。
やがて、ぽた、という水の音が聞こえて、俺は思わず頭をあげた。
「…泣いてるのか、お前」
トカゲのような縦線の黒目をこちらに向けて、黄色の瞳から水が溢れだした。
ぼたぼたと落ちていく大粒の涙は、あっという間に地面のワラを濡らしていく。
「きゅううううううううう!!」
「え」
突然叫び出したかと思えば。
ガンッガンガンッガンガンガン!!
「きゅうう!きゅ、きゅうう、きゅううううううううううううううう!!」
「わー!鉄格子に頭突きすんなっ壊れるだろうが!!」
「ぎゅううう、きゅう、きゅ、きゅきゅきゅ、ぐうううううう!!」
「わかった、わかった!!だから泣くな!頭突きすんな!」
「きゅうん!」
「おう、そうだな、仲直りだ!な!そっちにいくから落ち着け!」
鉄格子のカギを持って、フィリスの
あっという間に縮まる5m。
そこには、顔を合わせなかった1日が恋しかったのか、触れてくれ、傍にいてくれと暴れまわるパートナー。
俺は先輩からもらった木箱を持ち上げてフィリスに見せた。
「お前の好きなミミィ草だぞ。
今日は何も食べてないんだろ?今回は特別に俺が手ずからあげてやる」
「きゅうううううううん!!」
まったく、この甘えん坊は。
カチャリ、と音を立てて鉄格子の扉を開く。
ワラを踏みしめて彼女の
さっきの大暴れとは一転、ちょこんと座って俺に甘やかされるのを待つ巨大なドラゴンに、もう涙はなかった。
―――――――――――仲直りは蒸したミミィ草で Fin
仲直りは蒸したミミィ草で 綾乃雪乃 @sugercube
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