第三話 リザードマン退治 (後編)


 †


 イリスは必死に剣を振るった。


 午前中から討伐を始め、既に夕方。

 ほとんど休憩を取らずに、駆け回り、今ようやく25匹目のリザードマンを倒したところだった。


 客観的には相当なハイペースだったが、イリスは焦りしか感じていない。


「……あいつは100匹も狩ったんだから……ッ!!」


 イリスはこれまでの人生を通してもっとも焦っていた。


 ――このままでは完敗だ。


 基本的なステータスではアトラスに勝てない。

 だから、実際の任務では彼に勝つ必要があった。

 そうでないと、1番の成績で騎士学校を卒業するという“最低限の目標”が達成できない。


 のちに第一位階(ファースト)まで上り詰めた大騎士で、騎士学校を二番手以下で卒業した人間はいない。

 騎士学校という“ひよっこ”の集まりでさえ一番になれないのに、第一位階になるなんて絶対無理なのだ。


 だから、今ここでアトラスに勝てないなら、それは夢を諦めることになる。


 そんなわけにはいかない。

 私の方が強いって、絶対に証明するんだ。


 そう思ってイリスは、がむしゃらに荒野を駆けていく。


 ――そうこうしているうちに、日が沈んだ。

 夜行性のリザードマンたちが活発に動き始める時間だ。


 ここからは敵がどんどん現れてくる、危険な時間帯。

 それはだが、チャンスでもある。

 ――一気に狩りまくってやる!


 そう思ったイリスは、なんの迷いもなく――見つけた洞窟へと入っていった。


 まだ探していない場所だったし、洞窟はリザードマンの巣窟になりやすいからだ。



 魔法で光る球体を作り出し、あたりを照らしながら進んでいく。


 ――だが、一向にリザードマンたちは現れない。

 そしてあるところで、行き止まりになった。

 ハズレだったか。


 イリスは、引き返そうと踵を返した。



 ――だが、その時だ。


 背後から物音がした。

 そしてイリスは――自分がいつの間にか追い詰められていることに気がついた。 


 自分が歩いてきた方から、リザードマンが現れた。


 だが、ただのリザードマンではない。

 リザードマン・キング。


 稀にリザードマンの群れに発生する希少種。

 通常のリザードマンより数倍強く、一流の騎士でも倒すのは骨が折れる相手だ。


 それが、なんと5匹。

 通路を阻むようにイリスの前に立ちふさがった。


 イリスは死の恐怖を感じる。


 背後は壁で逃げられない。

 リザードマン単体でもそれなりに厄介なのに、リザードマン・キングに囲まれては勝てるはずがない。


 腰から剣を抜き構えるが、その手は震えていた。


 ――突撃して、逃げる?

 ――いや、無理だ。


 リザードマン・キングの防御力は折り紙つき。


 じゃぁ、ここで死ぬの?


 最強の騎士(ファースト)になるって誓った。

 それなのに、こんなに早く。

 まだ騎士にさえなっていないのに。


 次の瞬間、先頭のリザードマン・キングが吠えた。


 そして奴らは、手にした鋭い剣を向けて、一斉にイリスへと襲いかかった。

 なすすべなく、死を覚悟する――


 だが、次の瞬間。


「――ドラゴン・ブレス!」


 業火にリザードマンたちが焼き払われる。


 その圧倒的な魔力は、それまでイリスが見たことのない強大なものだった。


 イリスが立ち向かうことさえできなかった相手を、たった一度の魔法で瞬殺した。

 その主は――アトラスだった。


 崩れ去ったリザードマンの先で、木剣に麻の服という素人じみた少年が、頭をかきながら佇んでいた。


「あ、もしかしてこいつら見つけたの、イリスだった?」


 イリスは腰が抜けそうだったが、なんとかギリギリのところで踏みとどまった。


 だが、なんと言っていいのかわからなかった。


 命が助かった。その安堵感と、それを素直に言えない葛藤。


 と、アトラスがさらに続ける。


「ごめん、気がつかなくて、イリスが見つけたのに横取りしちゃった」


 その言葉は、本当に心の底から、という感じだった。

 現実は、死にそうになっていたイリスを、アトラスが助けたわけだが、そんなことアトラスは全く思っていない。ただ単に目の前のモンスターを倒した、ただそれだけなのだ。


 アトラスはリザードマン・ロードから出てきた魔法石を広いあげ、イリスに差し出す。


「ごめん。これは君のでいいよ」


 ――そのとき。


 イリスの中にあった、彼への敵意がすっと消えていった。


 完敗だ。

 彼と競うなんて、今の私にはおこがましすぎるのだ。


 イリスの中で、アトラスがライバルから目標に変わった。

 

 ――もっともっと精進したら、いつか彼に追いつけるだろうか。


 学校を一番で卒業するなんて、もうどうでもいい。

 そんな小さな目標よりも――彼に追いついて、そして追い抜きたい。

 それが今のイリスの気持ちだった。


「――ありがとう」


 イリスはそう口にしたのだった。



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貧乏勇者 〜レベル1、装備は木剣だけど、騎士団最強の剣士に上り詰めちゃいます〜 アメカワ・リーチ@ラノベ作家 @tmnorwork

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