第三話 リザードマン退治 (前編)
イリスは、昨日アトラスと決闘をした。
結果は互角。
それでも十分悔しかったが、翌日、彼がほとんど魔力がない状態で戦っていただけだと知った。
つまり、イリスはものすごいハンデをつけてもらってようやく互角だったのである。
その事実を知って、イリスは愕然とした。
「イリス、あんまり落ち込むな」
教官ライラはイリスの肩に手を置いて言う。
「奴は特殊なんだ。そう言うもんだと思えばいい」
だがイリスがそんなに簡単に割り切れるわけもない。
圧倒的な成績で学校を卒業しようと思っていたのだ。
それが急に目の前に自分より圧倒的に強い人間が現れたなんて、認められない。
「――確かに、魔力もすごいのは認めるけど……でも、実践は実践ッ! 任務では私が圧倒します!」
とイリスはふんッと両方の拳を握りながら、気合いを入れる。
「まぁ、やる気が増したならよかったよ」
ライラは苦笑いを浮かべた。
そのやりとりに、アトラスは首をかしげる。
何やらライバル視されているのはわかったが、理由がよくわからなかった。
「それじゃ、出発だ。行き先は、アンソ山。リザードマン退治に行くぞ」
†
目的地であるラッセルへとたどりついたのは夕方だった。
ラッセルは、リザードマンが生息しているアンソ山の麓の街である。
一行は宿の前で降ろしてもらう。
「さて、今回の任務は基本的には自由行動で行う」
ライラはそう宣言した。
「スリーマンセルでの任務ではないんですね」
イリスが尋ねる。
「今回はな。リザードマンは夜行性だ。午前中は単独で休憩しているから倒しやすい。だが、バラバラなので一体一体見つける必要がある。だから個々に探索をして、討伐して行くのが効率が良いだろう」
「なるほど」
「倒したリザードマンから取れる魔石を持って帰れ。その数が三人で300個になったら、任務は完了だ」
「一人、100匹ですね」
リザードマンはそれなりに手強い相手だ。
それを見つけだして100匹倒すとなると、確かに一週間はかかるか。
「もちろん、100匹以上倒してくれても構わないぞ」
その言葉に、イリスはふんッと息を吐いて力を入れた。
――決闘では軽くあしらわれたけど、ここで私の力を見せつけてやる。
同期一番乗りで騎士になるのはこの私だ。
「教官、一つ聞いてもいいですか」
と、それまで黙っていたアトラスが口を開く。
「なんだ」
「宿代って、学校から支給されるんですかね?」
至極どうでも良い質問に、イリスはずっこける。
――いや、庶民にとっては、生活費も大事なのか……?
「ああもちろん。1日に50ゴルまで出される。実費清算はしない。ボロ宿に泊まりたきゃそうすればいいし、金を出していい宿に泊まるのも一向に構わない」
「了解です」
アトラスはそれで納得したようだ。
「明日は、朝の七時にこの宿の前に集合だ。では、明日から頑張るとしよう。解散」
すると、アトラスは宿には入らず、どこかへと歩き出した。
「……どこに行くんでしょうね」
イリスはライラに尋ねる。
「夜の街に繰り出すんじゃないか」
とライラは適当に言うが、イリスには絶対違うと思った。
あれほど貧乏性の男が、夜の街で酒や女に大金を払うとは到底思えなかった。
「……何するんだろう?」
イリスは首をかしげるのだった。
†
翌朝。
イリスはベッドから起き上がり、伸びをする。
騎士学校の生徒として初の任務。身が引き締まる思いだった。
――実践では私が強いって、あいつに認めさせてやる!
勢いよくベッドから飛び出して、身支度を整える。そして宿の食堂で朝食を済ませ、待ち合わせの宿前に向かう。
「おはようございます、ライラ教官」
「ああ、おはよう」
ライラは待ち合わせ場所でタバコをふかして待っていた。
「アトラスはどこに?」
ライラが聞くと、ライラは「もうじき来るだろう」と答える。
そして、その言葉通りアトラスはすぐに現れた。
ただし――宿からではなく、街の正門の方から歩いてきたのだ。
イリスは首をかしげる。
朝早くにどこに行っていたんだろうか。
「おはようございます」
アトラスはひょうひょうと二人にそう言った。
「どこ行ってたの?」
とイリスが率直に聞く。
すると、アトラスは平然と答える。
「山行ってた。リザードマン、倒してきた」
「……え?」
イリスは彼が何を言っているのかわからず固まる。
そんな王女様を御構い無しに、アトラスはポケットから“収納袋”を取り出した。大量のアイテムを、布の中にある空間に押し込んで置ける魔具である。
そして、アトラスは収納袋の口を開けてライラとイリスに突き出した。
「リザードマンを倒して採れる魔法石、110個あります」
「え?」
イリスはさらに凍りつく。
そして次の瞬間、ライラより先に、収納袋を覗き込んでいた。
――そこには確かに魔法石が大量に入っていた。
確かに100個以上ありそうだった。
だが、それは二つの意味でありえないことだった。
「一晩で100匹倒したの!?」
元々今回の任務は、リザードマンを一週間かけて100匹ずつ倒そう、というものだった。
それなのに、アトラスは一晩でそれを達成してしまったのだ。
しかも、それを夜の間に達成してしまったのだ。
「夜のリザードマンはめちゃくちゃ強いのに!?」
リザードマンは夜行性で、夜になると凶暴になる。ただでさえ強力なリザードマンが凶暴化すれば、手をつけられなくなるはずだ。
だが、アトラスは涼しい顔をしていた。
特に疲れた様子もなく、昨日の夕方見た時とほとんど変わらない見た目をしている。
「いや、宿代がもったいないなと思って」
と、アトラスはさも当然のように答える。
それでようやくイリスは理解した。
――この男は、宿代をケチるために、夜に狩りに出かけたと言うのか。
「1匹倒したら、次から次に寄って来るから、探す手間が省けて楽だったよ」
アトラスが笑いながらそう言う。イリスは頭がクラクラしてきた。
宿代なんて、50ゴルもしない。
それなのに、この男はそのたった50ゴルをケチって、わざわざ強力な魔物が巣食う場所に出かけた。
そして一晩で一週間分の成果をあげてしまったのだ。
「ライラ教官、この任務は自由行動って話でしたよね? とりあえず1日分は仕事したと思うので、今から寝てていいですか?」
アトラスは頭を掻きながら聞く。
「ああ。と言うか、一週間遊んでてもいいいぞ。一週間分の成果は出したからな」
「じゃ、遠慮なく……」
そう言って、宿ではなく、広場の方へと向かうアトラス。
おそらく、ベンチか何かで寝るのだろう。
その後ろ姿を、イリスは呆然と見た。
「あいつ、面白いな」
ライラが笑いながらそう言ったが、イリスはこれっぽっちも笑えなかった。
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