第二話 最下位の少年と最上位の少女 (後編)


 こうして、アトラスは本日二回目の決闘に駆り出されたのであった。


 相手は、イリス・ローレンス。

 王国の第二王女。


 彼女は入学試験を一位で通過した、正真正銘のエリートだった。

 先ほどアトラスが戦ったローガンよりも、家柄も実力もはるかに上である。


 そんなイリスが、敵意を剥き出しにしてアトラスの方を睨みつけている。

 アトラスは頭をかく。


 と、イリスたちは勇ましく庭へと出ていく。アトラスはそれに仕方がなくついていく。


「どうやら、先ほど私戦が行われたようだが、今回は教師公認だ。安心しろ、怪我したときのために“エリクシール”も用意してある。もし使うような事態になったら、その時は自腹だがな」


 ライラは、胸のうちから小瓶を取り出し、まるでワイングラスを揺らすように見せつける。

 エリクシールは、どんな傷でも直すが、とんでもなく高価な代物だ。


「もちろん、エリクシールで直せないような呪いの類いは使用不可とする。さて、では始めてもらおうか」


 その言葉で、イリスが杖を引き抜く。

 アトラスもしぶしぶといった感じで木剣を構えた。


「確かに、武力はそれなりみたいだけど、でも戦いはそれだけじゃ決まらない!!」


 先に動いたのはイリス。


「――ファイアーランス・レイン!!」


 先ほどローガンが使ったのと全く同じ技。

 だが、その威力はローガンのそれをはるかに上回っていた。

 魔法の密度が全く違う。

 そのことが見た目にもわかるほどに、激しく燃え盛る炎の槍。

 それが、目にも留まらぬ速さでアトラスに投擲される。


 それには流石にアトラスも動かざるをえなかった。

 後方に跳躍して避ける。


 だが、


「ファイアーランス・トルネード!!」


 続けざまに上級魔法。これまたローガンのそれよりも威力が上回っている。


 この魔法の選択が、なんともイリスの負けず嫌いの性格を表している。

 ローガンより自分が優れていると言わんばかりだ。


 アトラスは、自分に襲いかかってくる熱風を前に、今度は流石に魔力を使わざるを得なかった。魔力で木刀を強化して、渾身の一振りを放つ。熱風は二つに切り裂かれた爆散した。


「やるじゃない。でも――」


 イリスは何もなんの根拠もなしにアトラスに挑んだわけではなかった。


 ――確かにアトラスの実力は並はずれたものがある。それが厳しい修行を積んだイリスにわからないはずがない。

 だが、それもあくまで武力に限った話だ。


 イリスには王家に伝わる“鑑定”スキルがあった。

 レベルがわかるなんてぬるいものではなく、相手の保有する魔力が見えると言う“魔眼”とも言うべき力である。


 そしてそれによって、イリスは、アトラスの魔力量が平均以下でしかないことを知っていたのだ。

 アトラスが武力に優れていると言っても、上級魔法を魔法なしで捌き続けることはできない。


 すなわち、魔法をぶっ放し続ければ、アトラスは魔力切れになる。

 ――実際、今の攻撃で、もともと少なかったアトラスの魔法量は残りわずかになっていた。


 さぁ、勝負を決めにかかろう。

 イリスは、その無尽蔵の魔力を、惜しげも無く放つ。


「ドラゴン・ブレス!」


 炎系の汎用魔法では、最上位の攻撃だけに、威力は絶大だ。

 避けようがない広範囲攻撃。

 だが、それはアトラスも理解していた。


 木剣を引き、地面を蹴り上げて、真っ向から突っ込む。


 少ない魔力を効率的に使って、一点突破を図る。

 その運用効率はイリスのそれをはるかに凌ぐ。


「――――ッ!?」


 最上級魔法であるドラゴン・ブレスをくぐり抜けて、アトラスの剣がまっすぐイリスへと向かってきた。


 咄嗟にイリスは魔力を練り上げて、杖の先端に集中させる。

 アトラスの木剣の切っ先が襲いかかり――

 だが、イリスの杖による迎撃がギリギリ間に合う。


 まっすぐぶつかりあった剣と杖は、反発し、弾かれた。両者の手から得物が溢れて弾かれる。


 イリスはとっさに格闘戦に備えて、重心を落とした。


 だが、


「――そんなところだろう」


 ライラが宣言する。

 教官の言葉は刺すようで、二人は思わず動きを止めた。

 

「ベストは尽くしただろう。これ以上の勝負は不要だ」


 イリスはムッとする。確かに今のはヒヤッとしたが、得物なしでもまだ戦うすべはあったからだ。

 しかも、なぜかライラの「ベストを尽くした」という言葉が自分に向けられていたのだ。


 ――まるで、私の方に、諦めろと諭すようだった。


「あの王女様と互角――!?」

「いや、あのローガンを軽くあしらったアトラスと互角の王女様を褒めるべきだろ!?」


 クラスメイトたちの声は様々だったが、それがまたイリスを悔しがらせた。

 自分が圧倒的一番だと、思いしらせてやりたかったのだ。


「さぁ、余興はこれくらいにして、ペア発表を続けるか」


 ライラはそう言って、教室の方へと戻っていく。それに生徒たちも続く。


 そのあと、ペアの組み合わせ発表と、それぞれのペアが明日から共に行動する指導教官が発表される。


 アトラス・イリスペアの指導教官は、クラスのチュートリアルを担当しているライラがそのまま引き受ける。


「では、それぞれの指導教官の元へ行って、指示を受けろ。解散」


 そう言って、クラスは解散になる。

 アトラスとイリスの指導教官はライラなので、そのまま教室に残り、明日からの任務のことを聞く。


「明日は、西城門で、7時に集合だ。リザードマン退治で二週間はかかるからそのつもりで」


 それだけ告げられ、二人は解散を言い渡される。

 だが――去り際に、ライラがイリスを呼び止めた。


「明日朝、多分驚くと思うが、まぁ落ち込むことはないぞ」


 と、なぜか急にに慰められる。


「……どう言うことですか」


 イリスが聞き返すと、ライラはニヒルに笑うだけだった。



 †


 ――翌朝。


 イリスが待ち合わせの西城門にやってくると、既にライラがいた。


「おはようございます」


「ああ、おはよう」


 イリスは意気揚々とこの日に望んでいた。


 騎士学校は通常二年過程だが、実戦の中で目覚ましい功績をあげれば、それをまたずに騎士になれる。

 ――第一位階(ファースト)まで登りつめるのが彼女の目標だった。

 だから、学校でもたもたするなんてありえない。歴代最速で学校を卒業してやる。そう決意していたのだ。


「おはようございます〜」


 と、背後から、アトラスが眠気まなこをこすりながら現れた。


 イリスが声を聞いて振り返る――

 と、そのその瞬間。


「えぇぇぇ!?」


 イリスは思わず声をあげた。

 目の前にありえない光景があった。


 ――昨日は、アトラスは駆け出しの剣士に毛が生えた程度の魔力しか持ち合わせていなかった。


 それなのに、今日見ると、彼の体の中にはまるで大賢者のように大量の魔力が満ちていたのだ。


「ど、どう言うこと!?」


 イリスはアトラスの襟元に摑みかかる。


「な、何が?」


 アトラスは突然詰め寄られて驚く。


「なんでそんなに魔力持ってんのよ!? 昨日は全然魔力なかったのに?!」


 武力では負けるけど、魔力では勝っている。そのはずだったのに、これでは話が違う。


 と、アトラスは平然ととんでもないことを答えた。


「あ、昨日? ああ、魔力を売ったあとだから……」


「ま、魔力を売った!?」


「魔力って上限以上にはたまらないし、もったいないじゃん」


 ――そう。貧乏性のアトラスは、魔力が並々貯まると、定期的にその魔力を売り払っていたのだ。

 昨日はちょうど魔力を売った後だったので、空っぽに近い状態で学園にきたので、まるで駆け出しのように魔力が少なかったのだ。


 イリスはクラクラして倒れそうになる。

 だって、昨日アトラスは魔力がほとんどない状態でイリスと互角の戦いを繰り広げたのだ。

 それなのに、こんなに魔力があるんじゃ、話が変わってくる。

 昨日、イリスは、万全でない状態のアトラスと戦って、ようやく互角だった、という話になってしまうのだ。 

「イリス、あんまり落ち込むな」


 と、ライラがタバコをふかしながら笑った。


 イリスは昨日のライラの言葉と態度を思い出す。


 ――ベストは尽くしただろう


 ――まぁ落ち込むことはないぞ


 それらの言葉の意味がようやくわかる。

 ライラにはわかっていたのだ。イリスはハンデなしにはアトラスに勝てないと。


 ――貧乏勇者の底知れぬ力に、イリスは完敗だったのだ。

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