第二話 最下位の少年と最上位の少女 (前編)


 

 国中からエリートが集められた騎士学校の教室に、木剣を片手に現れたレベル1の少年。

 その異質の少年が、名門貴族の魔法使いをあっという間に倒してしまうという衝撃的な出来事に、騒然となった教室。


 だが、そこにようやく混乱を収拾する人が現れる。


「お前ら、席につけ」


 教室に響く気だるく、けれどもどこか鋭い声。

 現れたのは黒髪とタバコの煙ををたなびかせた女性だった。


 黒いロングコートを羽織り、腰には細身の片手剣を挿している。 

 キリッとした印象の美人。

 醸し出す雰囲気で只者ではないことがわかった。

 そしてその印象を裏付けるように、胸につけたバッジは第五位階(フィフス)のそれ――


 騎士の序列は、第一位階(ファースト)を頂点に、第九位階(ナインス)まである。


 並みの騎士は、一生かかって第七位階(セブンス)になるのがようやくなのだ。

 それなのに、彼女はまだ二十代と思われる若さで、第五位階。それは彼女がとんでもない実力者であることを示していた。


 騎士は、口にくわえたタバコを左手で優雅にとって、煙を吐いた。

 そして煙が四散しないうちに口を開く。

 

「教官のライラ・ラスパドリーだ」


 今この教室に集まった生徒たちは、この大陸でも屈指の才能を持つものたちだった。

 しかし彼らからしても、目の前に現れたライラという騎士は、明らかに強者であった。

 それを感じないほどのボンクラはこの教室にはいなかった。


「さて、今日から早速、騎士学校の一員として腕を磨いてもらうわけだが、知って通り、王立騎士“学校”と言っても、授業はほとんど行わない。学びは実戦から得るのだ」


 そう言って、コートのポケットから一枚の紙を取り出した。


「お前たちにはいきなりだが、二人一組で一人の教官につき、スリーマンセルで任務に出てもらう。その組み合わせを、今から発表する。名前を呼ばれたものは立ち上がって、二人一組で前の方に座ってくれ」


 ライラは、紙を上から読み上げていく。


「――イリス、それにアトラス」


 いきなりアトラスの名前が呼ばれた。

 アトラスはペアになるイリスという人が誰なのか、あたりを見渡す。


 と、スッと一人の少女が立ち上がった。


 ブロンドが黄金色の輝きを放ち、その瞳は透き通った蒼玉のようだった。

 アトラスは自分のペアとなる少女の、その美貌に一瞬目を奪われる。

 

「……イリス殿下とあの木剣野郎が同じペア!?」


 気がつくと周りがざわついていた。

 その理由がアトラスにはわからなかったが、あまり気にしても仕方がないなと思って、とりあえず相方の方に歩み寄っていく。

 

「よろしくね」


 アトラスが言うと、イリスはなぜか鋭い視線を向けた。

 敵意むき出し、という感じだ。

 まだ会ったばかりと言うのに、どうしたのだろうとアトラスは首を傾げる。


「私とあなたが同じ程度の実力、って言うの?」


 イリスは、アトラスではなく、教官ライラに向かってそう言い放った。


「……同じ実力? どう言うことだ」

 アトラスはなんの話をしているのかわからなかった。


 すると、ライラは答える。


「我々はそう判断している」


 教官の答えに、イリスは納得いかない様子だった。


「えっと、すみません、なんの話を?」


 当事者だというのに話を理解できなかったアトラスは、ライラに尋ねた。


「今回の実戦研修では、実力が高い者は、同じく実力が高いものと組むことになっているんだ。つまり、我々は、アトラスとイリスがペアを組むのにふさわしい実力だと見ている。それで、イリスはそのことに不満を持っているらしいな」


「ああ、僕今不満に思われてるんですか……」


 アトラスはさして興味なさそうに言った。

 

「主席入学の私には、肩を並べる相手がいなかった。なので、適当な人間をあてがった、そう言うことですか」


 と、歯に衣着せぬ言い方をするイリスに、ライラは肩をすくめる。


「まぁ、どう思うかは勝手だが、納得いかないなら、彼と勝負してみるといいさ」


「――では、遠慮なくそうさせていただきます」


 と、アトラスの了承なしに、彼はまた決闘をすることになってしまった。


「――王室の名にかけて、このイリス・ローレンスが勝ちます」


 そこで彼女が自らの名字を名乗ったことで、アトラスもようやく気がつく。


 イリス・ローレンス。


 ――王国の第二王女だ。

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