第19話 ナマクラ天剣使いの俺が世界最強の彼女を救う

 詩織は、サードを向かい合いながら距離を取り、弾幕を張り続ける。


 そうして、サードの気を引いた。


 一方で、春樹は過冷却水をサードの足元に浴びせ続け、小夜はサードの足元にバリアの壁を作り、足止めを試みる。


 そうして時間を稼ぐ間に、赫と勇雄は、少し離れた場所で秘策を準備していた。


 サードを真横から狙える位置に控える赫は、全長三メートル、円周一メートルの、巨大鉄杭を生成し、空中に固定していた。


 さらに、その杭を挟み込むように、二枚の長い鉄板、レールを生成する。


「どうだ勇雄、いけそうか?」

「レールガンなんて初めてだからな。だけど、原理は知っている。問題は命中するかだ」


 だから勇雄は、一秒でいいから、サードの動きを完全に止めて欲しいと春樹に頼んだ。


 その方法はまだ決まっていないが、勇雄の視線の先では、かなり大胆なアイディアが進んでいた。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 サードは詩織の弾幕も、春樹の過冷却水も一顧だにせず、強引に突進を試みる。


 それを、小夜は特大のバリア障壁で受け止める。


 高さ五メートルはあろうかという壁に、サードは爪を立て、牙を鳴らしながら吼えた。


 サードは満身創痍で抗うも、小夜のバリアは傷一つつかない。史上最高適性値は、伊達ではない。


 本当はドーム型バリアの中に閉じ込めてしまいたいが、それをすると地面に穴を掘られる。


 レールガンで狙い撃つには、穴に隠れられては困るのだ。


 小夜は、視線を上げて口角を上げた。


「いい感じだねハニー」

「ああ」


 サードの足止めをする間にも、小夜と春樹はサードの頭上で着々と準備を進めていた。


 サードの頭上。


 そこには、高さ5メートル近いドームをひっくり返した、お椀のようなバリアが密かに生成されていた。


 その中には、過冷却水が並々と張られていく。


 春樹が一度に作れる過冷却水の量も、操れる量にも限度がある。


 だから、小夜は提案した。「じゃあ、操らないで溜めておくのは?」と。


「よし、満杯になった、行くよハニー!」

「ああ、全部食らわせてやれ!」


 小夜がバリアを消すと、合計数百トン級の過冷却水が、まるで滝のように、怒涛の勢いでサードの背中を直撃した。


 サードはたまらず咆哮をあげようとするも、過冷却水の前には、悲鳴も凍りつく。


 巨大な氷像と化したサードは、完全に動きが制止した。


 同時に、巨大な鉄の杭が飛来してくる。


 音速の数倍で飛来してきた神速の砲弾は、一瞬でサードの頭を貫通し、粉砕していった。


「「やった!」」


 小夜と春樹の声が重なった。


 だが、次の瞬間、二人は絶望した。




 サードを縛る氷が砕ける。


 サードが後ろ足で立ち上がる。


 そして、サードの腹が上下に裂けて、第二の口と目が生まれた。


 頭はフェイクだったのだ。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 サードは金切り声を上げながら、小夜の築いたバリアの壁を、前足で連打してくる。


 もう、メッタ打ちだ。


 小夜のバリアが破壊されるとは思わないが、危機的状況には違いない。


 小夜は天剣を構えて、必死にバリアを維持していた。


「ハニーには、指一本触れさせないよ!」


 小夜に負担をかけさせないために、春樹は死に物狂いで考え、気づいた。


 ——待てよ。頭が吹っ飛んだ今なら、むき出しの断面には樹皮がない。小夜の見立て通り、樹皮が雷撃を防いでいたなら、今は効くんじゃないのか?


 けれど、肝心の勇雄は離れた場所から赫とレールガンの二射目を準備している。


 それに、二足歩行になってしまったサードの弱点は、真上を向いている。


 狙うには、雷を落とすように、真上から攻撃しなくてはならない。


 ——ん? 雷?


 そこで、春樹は自身の天剣を見下ろした。


 能力は、水を生成し操ること。ならば。


「小夜、バリアの維持頼んだぞ!」

「え、ハニー!?」


 春樹は、天剣に白い霧のようなものを生成してまとわせると、水の粒ひとつひとつを高速で、別方向に加速させた。


 それから水流ジェットで天高く飛び上がると、サードの頭上から、断面へと落下した。


「どぉっせい!」


 そして、天剣の切っ先から着地する。


 腹の底から声を上げながら、全身の筋肉を総動員して、天剣の切っ先を、サードの失われた首の断面に叩き込む。


 剣身は三分の一までが埋没して、サードの体に深く突き刺さった。


「放電!」


 次の瞬間、水の天剣から、膨大な電撃がサードの内部へと流れ込んだ。


 サードの口から、苦しみの咆哮が上がる。


 春樹が生成した白い霧のようなものの正体は雲だ。その中で、水の粒を加速させ、その摩擦で電気を生む。


 つまり、春樹は疑似的な雷雲を作り出したのだ。


 サードは、春樹を振りほどこうと暴れ回り、上半身を振り回す。


 春樹は、振り落とされまいと、天剣にしがみつくようにして、死に物狂いで柄を握りしめる。


 まるで、骨の底から力を振り絞るように、春樹は天剣をサードの肉体に食い込ませながら、雷雲を加速させる。


 だが、じれったくなったのか、サードは直接春樹を攻撃しようとする。


 鋭利な爪のそろった前足が振り下ろされて、春樹は自身の頑丈さに賭けた。


 だが、サードの爪は透明な壁に阻まれ、春樹の目の前で弾かれた。


「言っただろ? ボクのハニーには、指一本触れさせないって!」


 地上でサポートしてくれる、小夜の快活な笑顔に力を貰った春樹は、さらに雷雲を加速し、強化していく。


 今なら、一日中でも発電できる気がした。


「愛してるぜ! 小夜あああああああああああ!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 死に物狂いで俺を殺そうと、バリアをかきむしるサードと、己の全てを燃やし尽くすように雷を生成する春樹。


 我慢比べのような戦いは、唐突に終わりを告げた。


 サードの膝が落ちて、春樹を守るバリアから、前足が剥がれた。


 サードの体が、末端から徐々に雲散霧消していく。


 プロ隊員ですらてこずる最強レギオンが、ナマクラ天剣使いと蔑まれた春樹に敗北した瞬間だった。


 サードが持つ膨大な生命力が、一気に春樹の天剣に吸収されていく。


「ハニー!」


 サードが消え、春樹がアスファルトに降り立つと、小夜が駆けてきた。


「小夜、おっと」


 春樹がお礼を言う前に、小夜が力いっぱい抱き着いて来た。


 大好きな彼女の温もりに、春樹は恥ずかしさと嬉しさがないまぜになって、これ以上ないくらい、【最高】に幸せだった。


「かっこよかったよ、ハニー。大好き」

「小夜もありがとうな。あと、やっとお前を助けてやれる」


 彼女を抱きしめながら、春樹は、今日吸収した生命力を、小夜に注ぎ込んだ。


 すると、腕の中で小夜が震えた。


「ふわ、わぁ、なにこれ、すごい気持ちい。ハニー、ボクに何したの?」

「何って、レギオンから吸収した生命力を注ぎ込んだんだよ。感覚的なものだから正確な日数はわからないけど、小夜の寿命、一か月以上は伸びたんじゃないかな? このペースでいけば、600回ぐらい出撃すれば小夜を80歳まで生かしてあげられるんだけど、あー、サード毎回出てくれないかなぁ……セカンドだけじゃなぁ」

「ハニー」

「ん? うわ!? どうした小夜!?」


 見れば、小夜の眼には、大粒の涙が浮かんでいた。


 溢れた涙はボロボロとこぼれて、彼女の白い頬を濡らしていく。


 けれど、彼女の顔には、満開の笑顔が咲いていた。


「いっぱい大好きだよ。ハニー!」


 小夜の両手が春樹の頭を抱き寄せた。


 四度目のキスは、エアキスでも、バードキスでも、口移しでもなく、一番普通で平凡な、だけど、原点にして頂点とも言える、温かいディープキスだった。


 小夜の舌が春樹の舌に絡む。


 まるで愛情を摂取するように、小夜の口は春樹を求めた。


 春樹は恥ずかしさと幸せがないまぜになって、でも幸せの感情が圧倒的に強すぎて、最高を超えた幸せに背筋が震えた。


 そして、小夜と一緒に、確かな実感を抱きしめた。


 月宮小夜は自分の恋人で、彼女は、自分を愛してくれている。


 そして、適性値が低いハズレ能力のナマクラでも、彼女を守れるのだと、春樹は強く、確かに実感したのだった。


   ◆◆◆


 翌日の朝。


 教室の替わりに一年生全員が集まる講堂で、春樹たちは一斉にメッセージを受け取った。


 春樹たち五人の、1組入り決定の、通達メッセージだ。


「うおっしゃっ、1組入り!」


 いち早く赫が喜びの声を上げて、勇雄が温かい目で笑った。


「良かったな。それに、春樹も」

「ああ。これから毎日、レギオン狩るぜ」


 そう言って、春樹は小夜へ顔を向けた。


「うん、頑張ろうね、ハニー」

「春樹」


 一人、無言だった詩織が、春樹の肩を叩いてくる。


 どうしたんだろうと振り返ると、二階堂たちが歩いてくる。


 二階堂の表情は硬く、引き連れている仲間たちは、彼のことを、じぃ~っと見つめている。


「どうしたんだよ二階堂。何か用か?」


 機嫌のよい春樹は、好意的に首を傾げた。


 だが、二階堂は石でもまだ融通性がありそうなぐらい硬い顔と声で、動きもぎこちない。


「え……あ……ほら……昨日」

「昨日?」


 春樹が聞き返すと、MR画面に夢中だった赫が、二階堂の存在に気が付いた。


「お、武蔵じゃん。おいおいどうだよこれ。おれら全員、1組入り決定だぜ。まっ、エースのおれ様なら当然の結果だけどな」


 MR画面を見せながら、得意げに鼻息を吹く赫の自慢に、二階堂はここぞとばかりに乗っかった。


「そ、そうだ春樹! てめぇ1組に入りになったらしいな! 流石は俺様のライバル! やるじゃねぇか!」


 二階堂は、強引にテンションを上げながら、勢いに任せて喋り続けた。


「入学式じゃ月宮の邪魔が入ったせいで無効試合だったけど、いずれ決着はつけてやるからな! じゃ、またな。俺様も初陣でぱぱーっと1組に入ってやるから首を洗って待っていやがれ! おい、行くぞ」


 一方的にまくしたてると、二階堂はそそくさと逃げるようにその場から離れていく。


 四人の仲間は呆れ顔でその後についていく。


 ただし、ヘンナ・パーヤネンだけは、つつっと春樹に近づいて耳打ちしてくる。


「うちのボスがすいません。でも武蔵さん、あれで結構、春樹さんのこと認めているんですよ。ご迷惑でなければ仲良くしてあげてください。ではでは~」


 とびきりの笑顔を残すと、ヘンナはスカートを翻し、二階堂の後を追った。


「結局、なんだったんだ?」

「いや、俺もよくわからない」


 赫の問いに、春樹は首を傾げた。


 けれど、勇雄と小夜、それに詩織は、何かを察した顔で、ため息をついた。


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 本日より新作

「冒険者をクビになった俺が闘技場に転職したら中学時代の同級生を全員見返した」

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これはナマクラ天剣使いの俺が世界最強の彼女を救う話 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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