第2話学園一の美少女

 

 朝のホームルームの後、やはりクラスの中では山手のことについての話題で持ちきりだった。

 山手の友人たちは悲しみの声を上げていたが、やはり人間というものは人の死に対して薄情な奴もいる。

 一部女子からはあいつが死んでせいせいしたわなどというあまりにも不謹慎な声も上がっていた。


 そんな中、クラスの中に頭を抱えている生徒が2人いた。

 無論俺と神辺だ。

 俺は山手の死が自分のせいだということははっきりと理解しているが、神辺もおそらく昨日のことがこの死に関わっていると考えているのではないだろうか。

 しかし朝のホームルームで担任が言ったのは赤信号待ちしている山手に交差点内で事故をした車の片方が突っ込んで跳ね飛ばされて死んだと言っていた。

 つまりは神辺は何も自分を責める必要はないのだ。


 それを伝えるためにも声をかけた方がいいのだろうか。

 でもどうやって?


 山手の死は神辺のせいじゃないよ。


 そう声をかけるのか?

 それで神辺は納得するのか?

 いやそんな薄っぺらい慰めの言葉が、今の彼女に届くはずがない。

 じゃあ本当のことを言う?


 山手の死は俺のせいなんだ。俺が一瞬恋をしたから山手が死んだんだ。


 事実とはいえ、どこの頭のおかしい人間の言葉だろうか。

 今の神辺にそんな冗談まがいのことを言えるはずがない。

 他にかける言葉があるとすれば……


 俺がそう悩んで頭を抱えていると、教室のドアがガラガラと音を立てて開いた。

 教室内の視線はそこに集中する。

 無論俺もそっちを見た。

 そしてそこに立っていたのは、学園一の美女として名高い御領 明日香ごりょう あすか先輩だった。


 黒髪のロングストレート。

 長身でサラッとした体型はモデルのようだ。

 そのクールな見た目から男女問わず人気が高い我が校の生徒会長様だ。


 御領先輩はクラス内をぐるっと見回し、そして俺と目があった途端、見つけたと呟きスタスタと俺の方へと向かってくる。

 そして机の前に立ち、


「君がそうなんだね、手城 昭隆くん」


 そう言った。

 最初は何のことか意味がわからなかったが、よくよく考えると俺に向かってそうなんだねと言うということは、つまり俺の体質について何かしら知っていると言うことなのだろう。


「……何か知っているのですか?」


 そう聞くと先輩は無言でうなずいた。

 やはりそうなのか。

 じゃあ先輩は俺の体質の何を知っているのかと聞こうとした途端それを遮るかのように先輩は、


「単刀直入に言う。手城くん、恋をしよう」


 そう言った。

 クラスに沈黙が走る。

 ……今先輩はなんて言った?

 確か……恋をしようって……


「「「えーー!!!!!」」」


 クラス中の生徒全員が揃って驚きの声を上げた。

 それもそのはず。

 学園一の美少女がただの平凡な一生徒に公開告白をしたのだ。

 それで驚くなと言う方が無理な話だ。

 ていうか、俺の体質を知っているって話じゃなかったのか?

 それがなんで公開告白に?


「うん?どうした?私は何かおかしなことを言ったかな?」


 何か不思議だと言った表情を浮かべ首を傾げる先輩は、自分の言ったことの重大性に気がついていないのだろうか。

 その証拠にほら。

 さっきまで驚きの声しか上げていなかった男子連中が今度は殺気を帯びた目でこっちを見ているではないか。


「せ、先輩!!場所を変えましょう!!」


 このまま教室でクラス中の視線を集めながら、告白の返答をするのは無理な話だ。

 なぜなら、俺は学園一の美少女からの告白を断らなければならないのだ。

 もしそんなことをすればクラスの男子はたまた学校中の男子生徒を敵に回してしまう。

 学園一の美少女の告白を断ったクソ野郎と。

 それだけはなんとか避けたい。


「私はここで構わないのだが」


「いやいや!!俺がかまいますんで!!」


「ふむ、では生徒会室に行こうか。あそこなら今の時間誰も入ってこないから」


「……分かりました。いきましょう」


 俺は椅子から立ち上がり、先輩について教室を後にする。

 その間舌打ちが何カ所からも聞こえたが聞こえないふりをした。

 ああ、教室に戻った後が怖いな……


 朝の山手の件で一限はどこのクラスも自習になっており、廊下を2人で歩く俺たちはどこのクラスの前を通っても注目の的になってしまっている。


 会長の横を歩くあの男は誰だ。

 血祭りにあげろ。

 明日香様ーー!!!いやーーー!!!


 ああ……もう普通の学校生活が出来なくなってしまいそうだ。


「なぜ自習時間であるのにこんなにも騒がしいのだろうな」


 この人は本気でそんなことを言っているのだろうか……

 自分の影響力を理解していないにも程がある。

 しかし俺もこうなることを予見しておくべきだった。

 いや、出なくても死、出ても死つまり八方塞がりだったのだ。


 それ以降生徒会室に着くまで先輩は一言も発しなかった。


 生徒会室に着くと、先輩は右端にあるソファーに俺を座らせ、その向かいに腰を下ろした。


「ああ、お茶を用意しなければならないな。気が利かなくてすまない。いつもは副会長が入れてくれるから忘れていたよ」


 そう言って先輩は生徒会室の一角に設けられた流し場でケトルのスイッチをいれた。


「君は紅茶とコーヒー、どっちにする?」


「じゃあ先輩と同じ方で」


 そういうと、先輩は顎を押さえ


「私と同じでいいのか?私はいつも紅茶とコーヒーを半分ずつ混ぜた紅ヒーを飲むのだが」


 紅ヒー!?

 聞いたことがないぞそんな飲み物。

 しかも明らかに不味そうだ。


「いや……ちょっとそれは……」


 俺が困ったようにそういうと、先輩は少し笑って


「冗談だよ。君は紅茶でいいね?」


 と返してきた。

 なんだ冗談か……

 先輩表情も変えずにさらっとそんなことを言うもんだから信じてしまったではないか。


 そんなやりとりをしているとすぐにケトルのスイッチが上がる音がした。

 そして先輩はお盆にカップを用意してこちらに持ってきた。


「……先輩なんでカップが4つもあるんですか?」


 そうお盆の上には紅茶のカップが2つ、コーヒーのカップが1つ、そして空のカップが1つ。

 合計4つのカップがあるのだ。

 さらには謎のコンデンスミルクがある。


「それは私の飲む紅ヒーを作るためだが」


 あんたが紅ヒーを飲むのは冗談じゃないんかい!!

 先輩は俺の目の前で空のカップに紅茶とコーヒーを半分ずつ注ぎ、コンデンスミルクを少し入れスプーンでクルクルと混ぜている。

 するとカフェオレのような色の飲み物が完成していた。

 それを先輩は何食わぬ顔で一口のみ、ふうと息を吐いた。


「さて、本題に入ろうか手城くん」


 あまりのことにそう言われても瞬時に返すことができなかった。


「……そんなに飲み方が気になるのか?」


「はい……」


 俺は正直にそう言った。


「紅ヒーというのは私がそう呼んでいるだけで正式には鴛鴦茶と言う香港では一般的な飲み物だよ。少し飲んでみるかい?」


 ずっと差し出されたカップを受け取り恐る恐る一口口に含んだ。

 ……なるほど。

 味はミルクティーに近いが、それとはちがう独特の苦味を感じる。


「美味しい……」


 俺がそう呟くと、先輩は少し微笑み


「だろう?一見合わなそうに見えるが、実際に試してみれば思いもよらない結果を生むんだ」


 そう言って俺からカップを受け取り再び一口飲んで息を吐いた。


「さて今度こそ本題に入ろう。私は君に恋をしてほしいのだよ」


 先輩はまっすぐ俺を見つめそう言った。

 少しさっきとニュアンスが違うと思ったが、


「すみません、先輩。俺は恋をすることが出来ないんです。理由は言えないんですが……いや、言えなくはないですけど、言っても信じてもらえないと思いますし。だから俺は先輩とは……」


 付き合えないそう言おうとした。

 しかしそういう前に


「ちょっと待ってくれ、君は何か勘違いをしていないか?たしかに私は君に恋をしようとは言ったが何も私と付き合おうという意味ではないぞ。正確には私が君を恋ができるようにしてあげるという意味だ」


 ……つまり先輩は俺に告白したわけじゃなく、最初に思った通り俺の体質についての話だったというわけだ。


「なんじゃそりゃあー……」


 体の力が一気に抜けてしまった。

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恋をすると人が死んでしまう運命を背負った俺に学園一の美少女は恋をせよという トリノ @kami9419

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