恋をすると人が死んでしまう運命を背負った俺に学園一の美少女は恋をせよという

トリノ

第1話恋することを許されない少年

 

 この世には恋することを許されない人間がいる。


 そう言われると大抵の人が真っ先に思いつくのは容姿や性格が優れないからという理由だろう。

 しかし、容姿や性格が優れないからと言って、恋をすることを許されないというのは間違った考えだ。


 どんなに歪んだ性格をしていようとイケメンならば許される。

 どんなに太っていようが、金があれば許される。

 どんなにブサイクであろうと、頭が良ければ許される。


 まぁあげればキリがないのだが、その程度のことで恋することを許されない人間にはならない。

 じゃあ俺が言う恋することが許されない人間ってのはどんなやつだと言う話。


 それは例えば俺、手城 昭隆てしろ あきたかのような人間のことである。


 ◇◆◇◆


 今日は、6月18日。

 梅雨の時期でありながらも、非常に天気が良かった。

 変えるとかのできない28度設定の生ゆるい風を浴びながら授業を受けようやく昼休み。


 いつものように購買でパンを2個とミルクティーを買ってから学校の屋上へと向かう。


 屋上は生徒には解禁されていない。

 じゃあなぜ俺がそこに向かうのか。

 それはとある教師から屋上に入ることを許されているからである。


 最近は雨続きだったから、教室で友人たちと飯を食っていたのだが、今日は異常なまでの快晴。

 晴れた日はその教師との約束がある。

 だからそこに向かうのだ。


 にしても今日は暑い。

 外で飯なんて食ったら干からびてしまうんじゃないか。

 でもあの教師、暑いから無理って言ったら泣いちゃうからな……


 などと考えながら屋上への階段に足をかけてから、いつもとは違う違和感に気がついた。


 上の方から男女の声が聞こえるのだ。


 屋上へ出るにはこの階段を上がる必要がある。

 これは困った。

 もしカップルであるならばその間を通り過ぎることになる。

 それは正直気まずい。


 俺は少し様子を伺うため、足音を殺し、階段の中ほどまで上がった。

 すると


『昼休憩に呼び出してごめん……』


『ううん、大丈夫だよ』


 と言う声が聞こえた。

 聞き覚えのある声だが、誰かは分からない。


『あのさ……突然で悪いんだけど、もしよかったら俺と……付き合ってください!!』


 ああ、カップルじゃなかったのか。

 告白だったのか。

 うん、むしろこっちの方が気まずい。

 カップルの方が幾分がマシだった。

 さて、返答はいかに……


『……山手くんの気持ちはすごく嬉しい。でもごめん……私好きな人がいるんだ』


 山手……ああ、同じクラスの山手か。

 なるほど、だから聞いたことのある声だったのか。

 じゃあ相手も分かった。

 こいつも同じクラスの神辺 百合かんなべ ゆりだ。

 にしても、振られる現場に立ち会ってしまうとは。

 ここはすぐさま立ち去った方がいいか。


 俺はすぐに階段を降りようと体をくるっと回したところで


『他に好きな人?誰なの?』


『えっ!?いや……それは……ちょっと……』


『振られた俺にはそれを聞く権利があると思うんだけど。もしかして本当はいないんじゃないの?俺と付き合いたくないから好きな人がいるって嘘ついてるんじゃないの?』


 明らかに無茶苦茶な言い分を並べる山手の言葉にその場から退散しようとした俺の体は止まった。

 普段の俺ならばそんなことは気にせずそそくさとその場を離れ、教室に戻ったいたところだろう。

 しかしその日は暑かった。

 俺の思考回路もおかしくなっていたのだろう。

 たまたま聞こえた神辺の『いや!』と言う声に体が反応してしまった。


 俺はしゃがんだ態勢から立ち上がり、踊り場に出てしまったのだ。

 そしてそこで見たのは神辺の腕を掴む、山手の姿だった。


「なっ!!手城!!なんでお前がここに!?」


 驚いた顔を浮かべた山手がそう言った。


「いや……俺屋上に用事があるんだわ。ほら、鞆先生が上で待ってるからさ。……にしても山手、たまたま聞いてしまったんだけど、お前の言うことはあまりにも神辺さんに対して失礼なんじゃないか?別に振られたからその人の好きな人を聞く権利なんて発生するわけがないだろう」


 あまりにも俺らしくもないことを言ってしまった。

 他人の恋などどうでもいい。

 誰が誰と付き合おうが、別れようが俺には関係ない。

 だった俺は恋をすることが許されない人間なのだから。


 それなのにこんなことを言ってしまうなんて、やはり暑さにやられてしまっていたのだろう。


 俺に正論を言われたことに山手は、


「てめぇ、人の告白を盗み聞きしておきながら何言ってやがんだ!!ふざけんな!!」


 と明らかに怒りを表に出してきた。

 おいおいマジかよ。

 俺の予想では、ここで我に帰り、「ごめん言い過ぎた。振られたショックでおかしくなっていたみたいだ」「ううん、いいよ」となって解決するはずだったのだが、やはり山手も暑さで頭をやられているようだ。


 うむ、慣れないことはするべきではないな。


「なぁ!!なんとか言ったらどうなんだ!!」


 なおもどなり立てる山手。

 さて、どうしようか。

 ここからは何も考えたいない。

 何も言わずに立ち去ることはもう許してくれないだろう。

 俺が言葉を発することが出来ないでいると、


「ごめん、山手くん。私がはっきりと言わなかったからいけなかったんだね。じゃあ言わせてもらうよ。私は山手くんのことが好きじゃない。ただのクラスメイトとしか思ってないし、恋愛対象として見ることなんてできない。今日改めてそれを確信した。だから私のことは諦めて」


 神辺はものすごくはっきりと彼を拒絶する言葉をぶつけた。

 山手は面食らっていた。

 いや、こんなにもはっきりとした拒絶の言葉を言われれば、男子ならば誰もがこんな顔になるだろう。

 しかし山手はそれでもなお


「う、嘘だ。だって去年の学祭の時あんなにも俺のことを気にしてくれていたじゃないか!!体育祭の時だってそう。二人三脚を俺と組んでくれたじゃん!!」


 神辺に食い下がろうとする。

 しかしその返答にも


「それは私はクラス委員長だったから、遅れているところのフォローをしなきゃいけなかったし、体育祭の時だって、女子が誰も山手くんと組みたくないって言っていたから仕方なく私が組んであげたんだよ」


 と山手が知りたくなかったであろう事実を包み隠さずに伝える。

 そうすると山手は言い返すこともできず、黙り込んでしまい、しばらくすると目元を制服の袖で隠しながら勢いよく階段を下っていってしまった。


 俺はその背中に合掌をする。

 流石に少しかわいそうになったからだ。

 強く生きろよと。


 そして階段の上にいる神辺と目が合う。

 神辺は先ほどまでの冷酷な無表情から、元の可愛らしいニコッとした笑顔に戻る。


「ありがとね手城くん。助かったよ。あそこで出てきてくれてなかったら私どうなっていたか……もしかしたらあのまま山手くんに襲われていたかもね」


 踊り場まで降りてきた神辺は俺の正面に立ちそう言った。


「いや、流石に山手もそこまではしないんじゃないか?それに俺はたまたま通りかかっただけだし、礼を言われるようなことはしたないから気にしないで」


 明らかに止めを刺したのは神辺の言葉だ。

 俺はほとんど何もできなかった。


「それでも私があそこまで言えたのは手城くんが近くにいてくれる、絶対助けてくれる、そういう安心感があったからだよ。だからありがとうだよ!!」


 ……不意に手を握られ、上目遣いでそんなことを言われると男ならばドキッとしてしまうのは仕方がないことだと思う。

 神辺は無意識なのかもしれないが、容姿がいい神辺からそんなことをされれば大抵の男ならば恋に落ちてしまうだろう。

 そう、それは俺も例外なく。


 しかし俺はすぐに我に戻った。

 いけない!!と脳が警鐘を鳴らす。

 そして背筋には冷や汗が流れ始める。

 やってしまったと。


 俺は神辺が手を離した後すぐ一歩後ろに下がり、神辺から距離を取った。

 その行動に少し驚いたような神辺に


「ご、ごめん。鞆先生と用事があるからもう行くね」


 そう言ってそそくさと階段を上り、屋上へと出る。

 そして俺は入口のすぐ横にある日陰に入りしゃがみ込んだ。

 そして荒い息を整えるようにゆっくりと大きく深呼吸をする。


 しかしそれはなかなか治らない。

 最近は一切やっていなかった失敗を不意に起こしてしまったのだ。

 取り返しのつかないことになる。

 いや、もうなっている。


 俺は一瞬でも神辺に恋をしそうになってしまった。


 しかしそれは許されないのだ。


 なぜか。

 それは明日になればすぐにわかる。

 明日必ずそれは起きる。


 その日、屋上に鞆先生が現れることはなく、ただただ普通に1日が終わった。


 そして次の日やはりそれは起きてしまった。

 そう6月19日の朝のホームルームで担任から告げられたのは昨日神辺に告白をした山手の突然の事故死だった。


 ほらなやっぱりこうなった。

 そう俺が一瞬でも恋をすると近しい誰かが死んでしまうのだ。

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