第32話 誰かの為の、幼時
アリスの護衛に当たれと言われたが、正直、そんな気は今は起きない。
それがフィンの率直な感想であった。
アリスとは友人同士だと言う自覚もあるが、事実、命が狙われているのはローラ一人。アリスはそこに何一つ関与していないのだから。
何も起きない事がわかっていて、護衛をしろと言うのは随分と退屈なものだ。少なくとも、騎士の頃のフィンにはそれに付き従うだけの義理もあったが、女子高生のフィンにとっては義理よりも些か退屈の方が勝ってしまう。
しかも、ここは現実と陸続きだとローラは言ってもゲームの世界。安易に屋根裏に入ってあの暗闇に呑み込まれる危険性は度外視できない。
となると、外の木からの監視、だろうか。
それとも、隣の部屋を何かと理由を付けて取った方が良いのだろうか? そもそも、隣の部屋に人がいるとは限らない。
はてさて、どうしたものか。
そう思ういながら、廊下を歩いていると……。
「フィンさん?」
聞き覚えのある声が自分を呼び止める。
「……シャーナ」
振り返ると、そこには制服姿のままのシャーナが居た。
「今晩は」
「あ、はい! 今晩は!」
こんな時間になぜ廊下に?
「こんな時間にどうなさったの?」
「あの、部屋にアリスがいなくて……」
「アリスが?」
そう言えば、こんな時間なら部屋にいるだろうと思い込んでマップを確認する事もしなかった。
ギヌスにバレればまた口煩く煽られるだろう。
何だが自分が失敗した様な気がして、フィンは口を歪める。
「フィンさん?」
「ああ、ごめんなさい。アリス様はどちらに?」
流石に、この子の前であの隻眼を見せる事は出来ない。
マップ確認はマストだと言うのに、飛んだ痛手だ。
「それが、わからなくて。フィンさん、アリスを見かけませんでしたか?」
「いや、見ては居ないですね」
「そう……」
随分と心配そうな顔をする。
シャーナは、恐らく前世の記憶があるとローラも確信を持っていた。
それはフィン自身も例外ではない。
シャーナは確かに前世の記憶を持っているのだろう。
少しだけ、探りを入れてもバレない範疇は何処だろうか。
調べて見る価値はありそうだが……。
「シャーナ、もしよかったら私もアリスを探すのを手伝おうか?」
そうフィンが提案すれば、シャーナの顔が一瞬花が咲くように輝いたかと思えば、直様しおしおと翳っていく。
少しばかり、様子がおかしい。
フィンが知っている彼女は、実に素直な人間だった。
フィンがいた血塗られた世界には存在しない様な光の中の人間だ。
自分の感情、考えをそのまま顔と体で体現される事を許される、そういう人間なのだ。
そんなシャーナが顔を曇らせていく。
アリスを一緒に探すと言う提案に対して。
どうも可笑しい。
「何か問題でも?」
「え? あ、うんんっ。ただ、少し、悪いなって思って……」
こんな時間に、人探しに巻き込む事を悪いと思う人間は確かに存在するだろう。
どちらかと言えば、シャーナもそちら側の気遣いが出来る人間だ。
だから、何も不思議はない。
理由は、だが。
不思議なのは、その表情だ。
曇ったままの顔は、変わる事がない。
「いや、気にするな。こんな時間だが、手隙なんだ。手伝いますよ」
「あ、でも……」
「何か、問題でも?」
もう一度、フィンが問いただす。
「……うんん。問題は、ないけど……」
「ならば、探しましょう。寮の中は一通り見たんですか?」
「うん……」
「なら、外ですかね? 一度外に出てみますか」
「う、うん」
目的ははっきりしているのに、態度がはっきりとしない。
随分と思わせぶりが目に余る。
何か、アリス側にも問題が起きているのだろうか?
そうとなると、ここで無視は出来ない。これ以上予測不可な物事の発生はできる限り潰しておかねば。
「アリスと何か、あったんですか?」
ただの喧嘩という言う点も十分にあり得る。
いくら生前あれだけ仲が良かったとしても、人間些細な事ですれ違うものだ。
「……うんん、何にも」
そう健気に首を振るシャーナを見て、フィンは短いため息を吐く。
シャーナの声には明らかに元気がなかった。
誰がどう見ても、何か様には到底見えない。
「喧嘩でも?」
そうフィンが問いかければ、シャーナは首を振る。
反応が早い。
かと言って、過剰な否定は見えない。
恐らく、本当に喧嘩をしているわけではなさそうだ。
「では、何が? 何もない様には、到底見えないですけど?」
「……何で?」
「ん?」
質問に対して質問で返ってきた驚きと、その声の小ささと頼りなさにフィンは眉を寄せる。
「どうして、フィンさんはそんな事が気になるの?」
そんな事?
理由は、先程上げた通りだ。
何か問題があるならば、確認をする必要がある。
今度それがどの様に自分たちにかかってくるのか。この世界ではまだまだ予測不可能な事が多い。
一つでも情報の確保、確認は元の世界に五体満足で帰るためには必須だ。
それに、自分はアリスの護衛と言う名もある。
何も無いと舐めてかかって、そうでなければ騎士の名も折れると言うもの。
と、一様に立ち込める建前をフィンの中の本心が一気に一蹴りをかまして蹴散らした。
そんなもの、どうでも良い。
心底、今だけは、どうでも良かった。
そんな事?
その言葉だけが、嫌に癪に触る。
「友達だからだけど?」
はぁ?
何か文句でもあんのか?
まるで今にもそう続けそな人相でシャーナに告げれば、彼女はポカンと口を開けてフィンを見た。
フィンにとって、ローラ以外に友と呼んでも良いと思える人間は二人しかいない。
前世、今世通して、たった二人。
それはあの時代に生きた、シャーナとアリス。その二人だ。
自分とは違う世界で育った二人は、最初はフィンの中で何処にでもあるふかし芋の様な存在だった。
奪い殺し合う世界とはかけ離れた所にいる存在。戦い争う事を知らなければ、ローラの様に鋭く狡く生きる術すら持っていない。何処にでもいて、何処にでもある。そんなふかし芋の様な芋娘達。
そう思っていた。
たが、それは随分なフィンの思い違いだった。
彼女達は、決してふかし芋ではなかったのだ。
アリスもフィンもローラの為に騎士でもないのに立ち上がった。あの人を信じて、あの人を見て、自分の出来る道を進んだ。
確かに、何処にでもいる町娘達だ。
でも、その心は、騎士である自分と同じだけ気高いものであった事をフィンはよく知っている。
ランティスやタクト、アスランとは違う。精神的な仲間意識が彼女の中で育っていった。それは次第に名前を変えて、漸くフィンの中では友達としての括りを確立していのだ。
そんなシャーナに、二人の仲をそんな事呼ばわりされてフィンは腹が立ったのだ。
余りにもファンに似つかわしく無い子供染みた感情。
普段なら噯気にも出さなかったであろう。
しかし、今は非常事態。常に張り詰められていた緊張の糸が、フィンの中でも知らず知らずにシャーナと出会って解けてしまっていたのだ。
簡単に言えば、友達の事を心配したと言うのに、突き放された言葉に彼女は拗ねてしまった。
まるで年相応の振る舞いを、彼女自身もまだ気付いてはいなかった。
「何か問題でも?」
「えっ!? いや、そんな事、無いけど……?」
「何で疑問系なんです? 何か問題なら、はっきりと仰って下さい」
「いや、なんて言うか……」
シャーナはふふっと春風の様に笑ってフィンを見た。
「フィンさんからそんな言葉聞けると思わなくて。嬉しくて驚いちゃった」
「はぁ?」
何処が嬉しいのやら。
こちらは、心配を袖にされた気分だと言うのに。
「理解に苦しみます」
「ねぇ、フィンさん」
すっと、シャーナがフィンの腕に手を絡める。
「何ですか?」
「フィンさんって、今何歳?」
「歳ですか? 十六ですけど?」
「今の私と同い年だね」
「そうですね」
「ねぇ。フィンさんは前世って信じる?」
フィンがピタリと歩みを止めた。
その言葉は。
「ねぇ、フィンさん。友達なら、包み隠さず答えてくれる?」
そう言って、彼女が笑った。
次回更新は4/21(水)となります!お楽しみに!
誰かの為に、悪役令嬢 富升針清 @crlss
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