2-1.自覚
チャイムが鳴って昼休み。
皆彼女の存在には「慣れた」とでも言うべきか、相も変わらず彼女を直視しようとするものはいない。
稀に一瞥するように彼女の方を見たかと思えば、とてつもない後悔を滲ませながらすぐにその顔を背けるのだ。
絶えずその違和感だらけの空間を、俺は探るように過ごしていた。
結局のところ彼女自身は淡々と、その一部分だけ切り取ればごく普通の転校生の初日として何ら違和感がない風景。
ただ、授業と授業の間の休み時間にも話しかけられることはなく、彼女自身もそれが当たり前とばかりに次の授業の準備をしたり、教室や校庭を静かに眺めていたのだ。
「……いくら何でも、おかしい。」
そう呟いたのは中庭でパンを齧っている俺だ。
痛いと思われても、結局友達が少ないのだから仕方ない。
せめても被害が少なくなるように、こうして人のいない中庭のベンチまで歩いてきて昼食を食べてるのだから、その点は好きにさせて欲しい、というのが持論で。
「なんなら十郎とか、ドストライクな気がするんだけどなぁ。」
放課後になったら聞いてみよう。そう決心する。
唯一と言っても過言ではない友達の十郎のヲタク的趣向はある程度わかっているつもりだ。
多少的が外れていたとしても、彼女のビジュアルで行けば最低でも80点は堅い。
ところがあの反応は正しく、十郎が一番嫌いとしているコオロギに遭遇した時のそれと同じだった。
これがどうにも腑に落ちない。他の生徒はまだしも、十郎まであれだけ嫌悪感を露わにするのだから、やはり何かがおかしい。
何よりも4時間経った教室で、一向に話しかけられない、というのもやはり不思議だ。
一種のいじめで無視をするならばある種理解は出来る。ただ、皆認識した上で各々避けている、そんな印象だ。
そうして何よりも、そう感じているのが俺だけなのではないか、というのがどうにも気持ち悪い。
「変な設定のラノベでも見過ぎたのか……それともこれも長い夢なのか……。」
夢、そう。その線すら残されている。
何度繰り返しても、やはり不思議な点しかないのだ。
それも自分が夢に描いていたようなドストライクの推しキャラに近い三次元の女子が席の後ろ、ともなれば、使い古された往年の名台詞も言いたくなってしまうほどだ。
しかし、これはエロゲではなく、あくまでもリアル。
彼女の存在は確かに認識していたし、逆にそれがオカルトや異能のものだとしても、それはそれで受け止めてしまうだろう。ヲタクとしては異世界転生やら超能力者やら、もう十年近くSF展開を教養としているのだ。
だがもし、もしこれがそんな御都合主義のファンタジーで、俺が主人公だとしたら。
「……このまま付き合えたり、するんかな。」
「付き合う?」
「流石にそれは、ないか……って、え? う、うわぁっ!!」
そんな独り言に返す言葉、女性の声に振り返ればそこにはまさかの彼女の姿。
やっぱりこれはそう言う展開なのか、なんて余裕はあまりない。リアル陰キャは脳内ほど臨機応変出来ない。
「ご、ごめんなさい。驚かせちゃったかな。」
「あ、い、いやいや! 大丈夫、俺が勝手に独り言言ってただけだから。え、と……」
おいおい、何早速コミュ障を発揮しているんだ。脳内の陽キャラはそうけしかけるも上手く舌が回ってくれそうにない。
彼女の姿はやはり変わらず、先ほどまでの疑問は消え失せて、結局可愛いからいいじゃないですかと、思考停止して全てを受け入れそうになっていた。
彼女は表情をあまり変えずに、それでも優しく、軽くはにかむようにして。
「こちらこそ、一人のところ勝手に邪魔してごめんなさい。」
「いや、それは本当にいいんだけど! でも、なんていうか……どうかした? それとも、何か困ったこととか、聞きたいことがあったとか? 何でも聞いてくれたらわかる範囲では答えるけど!」
声が上擦っている。何とも情けないが、これが精一杯。
「あ、うん、ありがとう。そしたら、ちょっと隣いいかな?」
「え? そ、それはもちろん。」
彼女の言葉は何の含みもない。それをわかっていながら頰がほころびそうになるのを堪える、この邪な本心が見透かされないようにとだけ祈りながら。
一体なんだろうこれはと、慣れない美少女とのツーショットに、ただただ緊張している。
ところがその予想とは違う問いかけが、彼女から告げられた。
「陶磁くんは、私のことを気持ち悪いって思わない?」
「え?」
「後ろから見てたから、分かるんだ。流石に、陶磁くんも気がついてたんじゃないかなって。」
「え、っと……それは……」
「それはつまり、”私が皆から嫌われている”ってこと。」
彼女はその言葉を、まるで教師に問題を当てられて答えるみたいに、整然と答えて見せた。
急展開に脳の処理が追いつかず、一瞬目眩のように視界が歪んで。
「……なんとなく。」
そう答えると、彼女は途端に表情を変えた。
それは先とはまるで別で、告白をOKされたかのような嬉しさを湛えて。
「そう、そうだよね。ふふ……よかった。陶磁くんは、なんとなくでもわかってくれると思ってたよ。」
美少女が喜んでいるのは、それだけで喜びが伝染してくるものだが。
今回ばかりはそうとも言っていられず、ただクエスチョンマークが増えるばかり。
けれど彼女はそれを聞くと満足だという顔ですっと立ち上がって。
「これで午後も頑張れそう。ねぇ、よかったら今日は一緒に帰ってもらえないかな?」
「え!? な、なんで?」
「だって、陶磁くん、まだ聞きたいことありそうだし。それに、私に”友達がいない”ことも、分かるでしょう?」
「友達、って……いや、そりゃ聞きたいことはあるけど、何から聞いていいか……」
「それは、これから聞いてくれればいいよ。きっと陶磁くん以外は話しかけてこないから。」
それじゃ、戻るね。彼女は言い残して、また美少女特有の雰囲気のまま去っていった。
嵐の過ぎ去った後とはまさにこのことか、俺がコミュ障じゃなくてもこの状況を完全に突破できる奴はいないと断言したい。
それにしたって惨めなやりとりだったと猛省しながらも、少しずつ会話を辿っていくと。
「……美少女転校生と、二人で下校?」
やばい、これなんてエロゲですか?
いやいや、そんな邪な考えは本当にないんですって。
ないにしたって、ちょっとした恋愛脳になったっていいよな。許されるだろう、この展開なら。
……なんて、100%浮き足立ってたら、それはそれで幸せなんだろうけれど。
確かに俺の働き始めた脳内では、彼女が「嫌われている」ことを自覚していること。
そしてそれはこれからも続いていくということを示唆していた。
それが当たり前と言わんばかりに、天邪鬼な反応も見せて。
単なるラブコメディで終わる気がしない。ヲタク的中二病が再発したのか、それとも元々の気質なのか、俺は随分と気が重くなっていた。
少しでも幸せなラブコメディになることを期待して、残りのパンを口に詰め込むとチャイムを聴きながら教室へと向かった。
理不尽な世界の共感は得られずとも 玲@難読 @muzuyomi_
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