臆病な年上と月夜

烏神まこと(かみ まこと)

1

 やっとお酒が飲めるようになったからと、彰二くんは誕生日会に俺を誘った。

 十七の頃から俺に"想い"をぶつけてきた彼の成人だ。感慨深い。

 お祝いに相応しい料理を頂きながらお互いの立場や年齢差から断ってきた提案に同意するか否か、俺は悩んでいた。


 答えが出せないまま、持参したお酒に口付ける。

 君も少しは期待しているだろうか。何度も断ってきたし、いまは他の人に想いを寄せているかもしれない。

 直視ができなくて、グラス越しに彼の表情を盗み見る。兄弟たちにめいいっぱい祝福され、幸福感からゆるんだ口元が、細められた瞳が、とても愛しい。けれど、愛しさと同時に恐れが喉元まで迫り上がって、みっともない声をあげようとしている。

 両想いならいいけれど、そうじゃないなら俺が、この幸せな空間を壊してしまう。


――無理だ、実行できない。


 酔いが回ったからと言って、ベランダに出る。厚着とはいえ二月の野外の空気はひどく冷たい。けれど頭を冷やすのにはちょうど良いと感じた。

 透き通った空には月が浮かんでいる。しばらく眺めていると背後から引き戸を開く音がした。目をやるとそこには本日の主役がいて、俺の名前を呼んでいる。


「風邪引くぞ」

「もうすこしだけ、いいかな」


 そう返して、彼から月に視線を戻す。

 彼はゆっくりと俺の隣までやってくる。二人並んで月を眺める。

 常に誰かしらが発言していたリビングとは違う、相手の息遣いまで聞こえそうな静かな空間だ。

 不意に彼が俺に視線を向けていることに気づく。おずおずと見つめ返すと、真剣な表情をした彼がいる。烏滸がましいことにそこに希望の光を見出してしまった俺は唇に、言葉に、音を乗せてしまう。


「月が綺麗だね」

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