第18話 ダイナ・ツァーテル
《ヴィオラ視点》
わたしたちは馬車に揺られ、トリーシャさんの別のお店に向かっていた。
トリーシャさんによると、『ダイナ・ツァーテル』は全部で三店舗構えているそうだ。
さっきまでいた服飾店。
これから向かう食事処。
それともう一つ、魔道具を取り扱うお店。
なんでも、全部トリーシャさん一人で始めたことらしい。
すごく多彩な人なんだなぁ。
「ぐぅ」
うぅ……。
お腹の音が鳴りやまない……。
「ヴィオラちゃん、もうちょっとだからね?」
「…ぁい」
トリーシャさんの生暖かい視線が痛い。
グレアはグレアでワンピースの裾をもふもふしてる。新しい服だもんね。嬉しいよね!
わたしもワンピースの生地をさわさわして気を紛らわせる。
ガタンッ。
そうこうしているうちに、馬車が停まった。
「おっと、着いたみたいだね」
馬車の扉を開けて、リュカ姉とトリーシャさんに手を引かれ降りると、そこにはさっきの服飾店と似たような建物があった。
でも、これは裏口かな?
「では行こうか」
わたしはリュカ姉に、グレアはトリーシャさんに手を引かれ、お店に入った。
なんだかいい匂いがする。楽しみ。
そのまま進むと、二階にあがる階段が見えてきた。
「おーいミーナ、上の部屋空いてるよね?」
トリーシャさんが給仕服を着た女の子に声をかける。
少しトリーシャさんと似てるような?
「いきなりなに、空いてはいるけど……ってリューカさんも来たんだ!いらっしゃいませ!」
「やあ、元気そうだなミーナ」
「まあね!……そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
ん?わたしたちのこと?
「紹介するよ、白金の髪のこの子がヴィオラ。それとトリーシャと手を繋いでる赤髪の子がグレア。今後は私と一緒に暮らす子たちだ。すごく良い子だからすぐ仲良くなれるはずだ」
あ、自己紹介しなきゃ。
「はじめまして、ヴィオラです!ご飯食べにきました!」
「はじめまして、グレアです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
グレアと一緒に頭を下げる。
もう何度もしたから慣れたもんだね。
すると、頭の上からくすくすと笑い声が聞こえた。
「ふふ、はじめまして。ミーナです。トリーシャから聞いてるかも知れないけど、一応ここの運営を任されているわ。それと料理もね。腕によりをかけて作るから楽しみにしててね!」
「ミーナ、二人ともちゃんとした食事は久しぶりなんだ。消化に良いものを頼む」
「ん、任されました。それと、またあとで話聞かせてね」
ミーナさんは胸を叩くと、意気揚々と厨房に戻っていった。
消化に良いものってなんだろう。おなか空いてるからなんでも食べれる気がする。
そのままリュカ姉とトリーシャさんに手を引かれ二階にあがると、長い廊下があり、左右に扉がいくつか見えた。
「二階は個室なんだ。リューカみたいに人気者だと気が休まらないからね」
「……嬉しくはある。だがまあ、食事くらい落ち着いてとりたいものだ」
リュカ姉は苦笑しながら扉を開ける。
そこには、木製の大きいテーブルが一つ、それに合わせるように木製のイスが四つ置いていた。どれも綺麗に磨かれていてピカピカしてる。
「すぐ用意できると思うから、座って待ってよっか」
「そうだな」
リュカ姉がイスを引いてくれたので、そこにぴょんと座る。
あ、痛くない。このイス柔らかい、木なのに。
「このイスすごいね。これも魔道具?」
「ふふ、魔道具じゃないよ。見た目はただの木製のイスに見えるけどね。この椅子に使われているエラストっていう木は、柔らかい材質で、ある一定の条件を満たすと反発する性質を持ってるんだ。ちなみに性質の発見者は私」
なにそれすごい。
トリーシャさんなんでもできる人じゃん。
「加工は魔法でしかできないんだ。それでも色々使い道が多くて、ここ最近は生産も輸入も追いつかないって言ってたね。馬車の車輪にも使われてるんだよ」
トリーシャさんが顎に手を当て、得意げに話す。
ふんふん、たしかにここに来るまで乗ってた馬車も、揺れてるのに全然痛くなかった。
変な木もあるんだなぁ。
四人で話していると、ふいに扉を叩く音が聞こえた。
「お待たせしましたー」
ミーナさんが大きな板に料理をいっぱい乗せて入ってきた。
大きなお皿に盛られた料理が四つと、白い布が掛かったバスケットが一つ、それとバケツに入った氷に浸かってる透明の容器は飲み物かな?
「美味しそうな匂いがする……!」
グレアが鼻をくんくんしている。なんだか猫みたい。
ミーナさんはテーブルまで来ると一つずつ置いていく。
「これは羊の腸詰と根野菜の炒め物、それに朝一番でとれたての卵のバター焼き。消化に良いからヴィオラちゃんとグレアちゃん用ね。パンに挟んで食べても美味しいよ!」
ミーナさんがバスケットの白い布をめくると、ふかふかのパンが入っていた。
わぁ。とっても美味しいそう!
ミーナさんは説明しながらも、リュカ姉とトリーシャの前に料理を並べていく。
わたしたちの物と似ているけれど、黒い粉がパラパラとかかっている。
「そしてっ、これはリューカさんとトリーシャの分ね。ワインは?」
「ありがとう、後程いただくよ」
「はーい!それじゃあ、ごゆっくりどうぞ!」
ミーナさんは料理を全て並べ終えると、扉から出て行った。
「それじゃあ食べよっか!」
「そうだな」
リュカ姉とトリーシャさんは食器に手を伸ばし始める。
わたしも食べる!
「……天の賜った恵みに感謝を。いただきます」
「……?」
ごっはん、ごっはん〜!
記憶がなくなってからはじめてのごはんだ。
わたしは腸詰にフォークを刺して、口に運ぶ。
「っん〜〜!!おいし〜〜!!」
パリっとした食感が楽しい。
噛んだ瞬間に溢れる肉汁が堪らない。
「グレアっ!腸詰すっごく美味しいよ!」
「ヴィオラっ、こっちの卵のバター焼きもすごく美味しいから食べて!」
グレアのほっぺたが落ちそうだ。
あ!わたしのほっぺたも落ちるかも!
慌ててほっぺたをおさえる。
危ないところだった、危うくほっぺたが落ちちゃうところだった。
「リュカ姉、トリーシャさん、すっごく美味しいね!」
「っ、ああ、そうだな」
「リューカ、よかったね」
リュカ姉は少し涙ぐんでいる。
美味しいもんね!ふふん。
わたしはそのあともお腹いっぱいになるまで食べ続けた。
◇◇◇
「ふみゅ……」
おなかいっぱいになったからか。
なんだがすごく眠たくなってきた。
わたしは目をこすって眠気を耐える。
「この後は私の屋敷に行く予定だが、トリーシャも来てくれないか。相談したいことがある」
「もちろん行くよ。二人のためにもね」
リュカ姉とトリーシャさんが話しているけど、全然頭に入ってこないや。
「リュカねえ、わたしちょっと眠たくなってきちゃった」
「……ボクも限界かも」
グレアはテーブルに突っ伏している。
そういえば今日は早起きしたんだった。
「それじゃあそろそろ出ようか」
「そうだね」
リュカ姉とトリーシャさんは立ち上がり、こちら側にきた。
「おいで」
「……ん」
手を伸ばされる。
女の人らしい、柔らかい手だ。
そして、わたしとグレアを守ってくれる、銀翼の騎士の手だ。
わたしはリュカ姉に倒れ込むように抱きついた。
……これ以上安心できる場所はないだろう。
わたしはリュカ姉の肩に頭を預け、意識を手放した。
記憶を落とした無防備天使と未来が視えるボクっ娘悪魔、序列2位の女騎士に拾われる。 ふふぐ @fufugutama
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