第17話 金の聖樹の魔道具

《グレア視点》


「……少しはしゃぎ過ぎたな」


「ふみゅぅ」


 のぼせてふにゃふにゃになったヴィオラは、現在リュカさんにお姫様抱っこをされている。

 

 大丈夫かな、ヴィオラ。

 

 肌が透き通るくらい白いせいもあって、すごく赤くなってる。


「とりあえず乾かして、服を着ないとね」


「そうだな……すまない、一度下ろすぞ」


 お風呂場を出てすぐの空間はそこそこ広い。

 なんでも「脱衣所」と言う、服を脱いだりする空間のことをそう言うみたいだ。


「では、乾かすから目を瞑ってくれ。

 ……《アルタ・ドーラ》」


 リュカさんが何やら魔法を唱えたようだ。

 

 すると、足元がまるで新緑のような光を放ち、柔かい風が舞い上がる。


「わっ、わわ!」


 びっくりして声が出ちゃった。


「心配するな、私の魔法だ。すぐに水分を飛ばしてくれるから便利なんだ」


 目を瞑っているので見ることはできないが、体に付いた水滴を飛ばしてくれるのがわかった。


 それに、火照った体が程よく冷えてくれたようだ。


「ふぁあ、風が気持ちい」


 ヴィオラも熱が引けて、気持ちよさそうだ。

 

「リューカがいると本当に手間が省けるよ」


「おい、私を魔道具のように言うな」


「何よ、リューカもわたしを便利屋扱いするくせに」


 ふたりの話を聞いていると、本当に仲が良いんだなと思う。

 リュカさんからは、まるで悪戯っ子のような感じがしてなんだが新鮮だ。


「さて、そろそろ良いかな。トリーシャ」


「はいはいわかりましたよー」


 リュカさんが何やら目配せをしている。

 何をするんだろう。


 トリーシャさんが壁の窪みを押す。


 すると、壁の一部が形を変え、金色の林檎がぶら下がった枝がにょきにょきと生えてきた。


「え!?なにこれ!」


 ヴィオラが目を輝かせている。

 まったく、子供なんだから。


「これはわたしオリジナルの魔道具『金の針ソー・ツァーテル』だよ。……《縫え、金の針よ》」 


 トリーシャさんが金の林檎に触れ、唱える。


 すると、金の林檎はぽとりと地面に落ちた。


 しかし何も起こらない。


「……落ちちゃったよ?」


「まあ、見てて!少し時間がかかるの!」


 ふむ。そうなのか。


 ヴィオラと見ていると、金の林檎は崩れ、金の粉になり、そして金の針になった。

 そしてふわふわと金の針が4本浮かぶ。

 針の穴の部分には、白く輝く糸が通っている。


「綺麗……これが魔道具なんだ」


 思わず口から漏れる。

 こんな魔道具ははじめて見た。


「そうでしょう?そのままじっとしていてねー。もうすぐ縫い始めるから」


「縫い始める?」


「4人分の服を縫うんだよ。わたしが考えた服を魔道具に取り込んで、わたしが思った通りに服を作る。いつでも服を作れるように、この建物内だとどこでもあの林檎が出せるんだよー」


 金の針たちが一斉に動き始め、目にも止まらない速さで服を縫い始めた。


 それも魔法の力なのか、色とりどりな服ができていき、もう何着か完成しているようだ。


「すごい!!どんどん服ができてく!」


「ふふん、すごいでしょう。あ、もうできたから両手を前に出していてね」


 ボクは、言われた通りに両手を前に出す。


 すると、目の前にできたたくさんの衣服が、4人それぞれの手に落ちた。


「うわぁ、ふわふわだ」


「すごいね、グレア!トリーシャさん、これ着ていいの?」


「もちろん!みんなのために作ったからね!」


 着ていいそうだ。


 ふふ、新しい服だ。


 新しい服なんて何年ぶりだろうか。


 ボクの手に落ちてきた服は、薄いピンク色の下着と、胸元に黒い大きなリボンがついた真っ赤なワンピースだ。

 すごい。こんなに鮮やかな色の服なんて、高くて着たことないよ。


 いそいそと着ていく。

 着心地もすごく良い。軽くて動きやすくて、痒くもならない。


「トリーシャさんすごい!こんな服はじめて着た!」


 ボクは嬉しくてトリーシャさんのほうへ振り向く。


「……うわぁ。想像以上だ。ねえリューカ」


「……ああ。元々可愛いと思っていたが、今はもっと可愛い」


「……リューカ、素が」


「あ」


 ふたりで何やらこそこそ話している。


 トリーシャさんはオレンジ色の細身のパンツを履き、黒いフリルが付いたブラウスを着ている。

 

 リュカさんは黒いパンツを履き、白いシンプルなブラウスを着ている。

 それに立て掛けていた剣を腰に装備し、左胸に硬そうな黒い胸当てをしている。


 ふたりを見ていると大人って感じで羨ましくなる。


 そういえばヴィオラの方も衣擦れの音がしなくなったな。

 

 そう思い振り向くと、そこには天使がいた。


 あれ、こんなこと最近思ったな。


「ヴィオラ……すごく似合ってる、かわいい」


 本当に似合ってる。


 ヴィオラのふわふわとした印象が際立つような、白いフリルをあしらったワンピース。

 ヴィオラの淡い青の眼を彷彿とさせる、夏の空のような濃い青色のレースやリボンがちらほらと散りばめられている。


 こんな可愛い女の子見たことない。


「ありがとう!グレアも女の子らしくて素敵!」


 ああ、笑顔が輝いている。


 ボクには似合わないようなキラキラした笑顔だ。


「あぁ……買い物を先に済ませていて良かった。私の天使と悪魔がここに」


「ねえ、リューカ。隠す気ないでしょ」


 またふたりがこそこそと話している。なにかボク達には聞かせられない話でもしているのだろうか。


 するとリュカさんがこちらに振り向き、上限いっぱいまで振り切れたような笑顔をしている。


「ヴィオラ、グレア。ふたりともよく似合っている。私についてきてくれてありがとう」


「そんな、ボクがヴィオラとこうしていられるのもリュカさんのおかげなのに……」


「そうだよ。リュカ姉のおかげであったかいお風呂にも入れたし、服も着れたんだよ?」


「いやいや、ふたりがついてきてくれたおかげで」


 すると、パンパンと乾いた音が響いた。


「はいはい、そこまで。リューカもヴィオラちゃんもグレアちゃんも。みんなのおかげでいいじゃない」


 ……うーん。


 まあ、たしかに、これからは一緒に暮らすんだ。


 遠慮ばかりしてても仕方ないか。


「ふふ、おかしいね」


 ヴィオラが口に手を当てて笑う。


 はは、ほんとにそうだ。


「よし、服も着替えたことだし、ご飯を食べに行きましょうか!」


「やった!ご飯だ!」


 余程お腹が減っていたのか、ヴィオラはぴょんぴょんと跳ねてトリーシャさんの裾を引っ張っている。


 なんでだろう。


 ヴィオラには食いしん坊という勝手なイメージがついてしまっている。


「行こうか。馬車も綺麗にしたから大丈夫だ」


 リュカさんがそう言って出口に歩きだした。


 あんまり服を買いに来たという気はしなかったけど、凄く綺麗で着心地が良い服を貰えて大満足だ。


 前を歩くリュカさんついて行き、来た道を帰る。


 そして馬繋場に到着し、意気揚々と馬車に乗り込んだ。

 ……リュカさんに抱き上げて乗せてもらったけど。

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