第16話 泡沫の戯れ
《グレア視点》
「ではよろしく頼む。私は他の生活用品を揃えておくよ」
リュカさんはそう言って、裏口から出ていった。
出口を見ていると、後ろから肩をぽんと叩かれる。
「さて、改めまして、私はトリーシャ。ここ『ダイナ・ツァーテル』の看板娘ってところかな?
服飾関係と、あとは離れたところに食事処も提供してるよ」
トリーシャさんは、ボクとは正反対の性格みたいだ。
快活であっけらかんとしている。
「はじめまして、グレア・アストライアです。よろしくお願いします」
ぺこりと腰を曲げる。
「ぬぐうぅ」
え、なにかの鳴き声??
顔を上げ、周囲に目をやる。
あれ?それらしい動物はいないな。
そんなことを思っていると、トリーシャさんが口に手を当てて笑った。
「ふふ、ヴィオラちゃん、お腹すいてたの?」
今の鳴き声ってヴィオラのお腹の音か!
そんなヴィオラを見ると、案の定顔が火照っていた。
「……食事処って聞いて、美味しいものが食べたいと思ったの!お腹すいてるワケじゃな「ぐぬぅう」……ないの!!!」
お腹すいてるんじゃん。
「あはは、ご飯もまた後で食べに行きましょうね。それよりまずは、体を綺麗にしないと」
ボクもお風呂には入りたかった。
ずっと洞窟にいたおかげで、汚くて申し訳なかったし。
トリーシャさんに背中を押される。
「ほら、行くよー」
トリーシャさんが降りてきた階段の裏に扉があり、その扉を開けると脱衣ができる空間があった。
ボクとヴィオラは服を剥ぎ取られ、お風呂場に押し込まれた。
「広い……」
連れてこられた場所は、ボクの知っているお風呂場ではなかった。
白い石のような素材で作られた広い空間は、すこしひんやりとしている。
「そうでしょ?異国の大衆浴場を参考にして自作したんだ」
トリーシャさんが扉を開けて、得意げに話しながら入ってきた。
ボクの知ってるお風呂は、体を洗うお湯を桶に貯めて、そのお湯で体を流すだけだった。
しかし、目の前にあるのは4人は入れるくらいの大きな桶。
いや、これは桶なのか?
「初めて見るでしょ?これは浴槽っていうんだって。体を綺麗にしたら、この浴槽に浸かってあったまるんだよ」
そう言うと、トリーシャさんはその浴槽の端についている
すると、赤い石が光を放ち、浴槽にお湯がぽこぽこと溜まっていく。
「すごい……!!なにこれ!!」
ヴィオラが興奮気味に驚いている。
ボクも驚きだ。
「これって魔道具っていう物ですか?」
魔道具。
魔石を使った魔法の道具。
魔力がなくとも使えるという利便性、魔法では再現できない、
「そのとおり!私これでも魔道具職人なんだ。なかなか便利でしょコレ」
溜まっていく浴槽をヴィオラと眺める。
ぽこぽこぽこぽこ。
なんだか面白い。
すぐにいっぱいまで溜まり、ぽこぽこしなくなった。
「さて、んじゃ洗ってくよー。ヴィオラちゃん、グレアちゃんおいでー」
「「はーい」」
浴槽の横に小さいイスが2つあり、そこに座るように促される。
バシャバシャと聞こえる。
「お湯かけて頭洗うから、目瞑っていてね」
ボクは慌てて目を瞑る。
すると、頭のてっぺんからお湯が流される。
あ、気持ちいい。
思えば、久しぶりに温かいお湯に触れた気がするな。
「ふぇぇ」
ヴィオラが溶けてる。
ふふ、気持ちいいもんね。
「洗ってくよ」
ぴちゃぴちゃ。
お湯に何か入れてるみたい。
わしゃわしゃ。
頭が少しくすぐったい。
なんだろう、甘い匂いがする。
良い匂い。心が落ち着く。
「流すよー」
ばしゃー。
流し終わって下を見ると、かなりお湯が汚れていることがわかった。
なんだか申し訳ないな。
ボクを心を読んだかのようにトリーシャさんはニコリと笑う。
「気にしなくていいよ。なんてったって、お風呂は体の汚れを落とすところなんだからね!綺麗になってよかったね、ふたりとも」
「ありがとう、ございます」
「ありがとう!お風呂って良いところだね!」
ヴィオラが満開の笑顔を咲かせている。
会ってから一番の笑顔かもしれない。
「それしても、ふたりともお肌ツヤツヤだねぇー。……若いっていいなぁ」
「ひぅっ!」
背中を指でなぞられる。
くすぐったくて変な声が出てしまった。
トリーシャさんも全然若いのに。
「ごめんごめん。それじゃ次は体洗うね」
わっしゃわっしゃと洗われる。
なんだがペットになった気分だ。
それにしても、洗ってもらうのって気持ちいいな。
「ふぅー」
ヴィオラを見ると、手に持った泡を息で吹き飛ばして遊んでいた。
やっぱりボクより子供、だよね?
「はい、流すよー」
そうして体の汚れと泡が一緒になって流れていく。
ヴィオラは少し残念そうだ。
まあ、泡だし。
「よし、終わった!ふたりとも先に浸かってていいよ。私も洗い終わったら入るからね」
「グレア!入ろ!」
「うん」
ヴィオラに促され、一緒に浴槽に入る。
少し足がビリビリする。
あ、でも少しずつ気持ち良くなってきた。
「はふぅ」
「気持ち良いねー、ヴィオラ」
体の芯からあったまる。
これは一度経験すると忘れられないな。
「お邪魔するよー。よっこいせっと」
ふたりで喋っているとトリーシャさんも浴槽に入ってきた。
胸がお湯にぷかぷかと浮かんでいる。
……ボクも早く大きくなりたいな。
「あー、やっぱりお風呂はいいなぁ。メンテナンスしておいてよかった」
「普段あまり使われないんですか?」
するとトリーシャさんは、縁に付いている魔石を指差す。
「敬語なんて使わなくていいよ。
魔石がもったいなくてね。今日はリューカが来るって聞いてたから用意してたんだけど、グレアちゃんとヴィオラちゃんも来てくれたから得した気分だよ」
トリーシャさんが朗らかに笑う。
笑顔がすごく似合う女性だなぁ。
「リュカ姉とすごく仲良いんだね」
あ、それはボクも気になった。
ヴィオラが浴槽の縁にもたれかかって寛いでいて、白金の髪がお湯に広がって煌めいている。
やっぱりヴィオラの髪、綺麗。
「リュカ姉、かぁ。ずいぶん慕われているなぁ。
そうだね。生まれた時からずっと一緒に居て、いわゆる幼馴染みってやつだよ」
幼馴染みか。
それでリュカさんも雰囲気が柔らかかったんだな。
「リューカは昔から可愛いものが大好きでね。
母親を亡くした
……古狼。
聞いたことはある。
五大神強『風の精霊フィニアルタ』の眷属だったとされている
そんな伝説にでてくるような生き物を……?
「リューカの家に住むなら、その古狼のフウちゃんとも会えるよ」
「えっ!?飼ってるんだ」
「?」
ヴィオラはあまりピンときていないようだ。
まあそれもそうか。記憶喪失だし。
「飼ってるというよりは家族に近いんじゃないかな。まあ、会えるのを楽しみにしてるといいよ」
「なんだ、フウの話か?」
ギーーっと音を立てて扉が開き、全裸のリューカさんが入ってきた。
「リュカさん!?」
「なんだ、私と入るのは嫌だったのか」
少ししょんぼりとしている。
いや、そんなわけないよ!!
「グレアはリュカ姉が憧れだから、照れてるんだよ、ね?」
「ヴィオラ!そんなこと言わなくていいの!」
「えー、なんでよ」
「なんでも!」
もーー!!ヴィオラはボクをいじめるの好きなの!?
「良いところに来たね、リューカ。
ちょうど今、リューカが可愛いもの大好きだって話をしてたんだ」
それを聞いたリュカさんが、血相を変えてトリーシャさんに詰め寄る。
「おい、どこまで話した」
「い、嫌だなぁ。ほんとにそれだけだって」
「……」
「裸で凄まれても怖くないって」
「……はぁ。まあいいか」
リュカさんがすごくかわいい。
そのあとは、リュカさんも一緒にお風呂に入り、ヴィオラがのぼせてふにゃふにゃになった。
その様子に慌てるリュカさんを見て、みんなおんなじ人間なんだなぁと思い直すのであった。
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