第15話 馬車の窓から

《ヴィオラ視点》 



 さっきのおじさん顔赤かったけど大丈夫かな?


 まあ、いっか!

 

「リュカ姉、これからどこに行くの?」


 わたしは、御者席とこちらを隔てる窓を開けて尋ねる。


「んー、そうだな。そのまま私の屋敷に向かってもいいんだが、まずは君たちの生活用品を買う。私の屋敷には君たちに合うものがないからな」


 え!買ってもらえるんだ!やった!!


 嬉しくて足をふんふん振る。


 あれ?グレアは嬉しくなさそう。


「リュカさん、ボク、買ってもらうなんて申し訳ないです……」


 あ、そういうことか!


 たしかに悪い気がする。


 リュカ姉はそんなこと心配ないというふうに笑っている。


「なんだそんなことか。心配するな、こう見えてもお金には困っていないんだ。

 それに、私は君たちのだぞ?私が用意しなくて誰がするんだ」


「で、でもリュカさん」


「でも、はナシだ、グレア。私は君によろしく頼まれたんだ。何がなんでも君たちに似合う服を見繕ってやる……おっと」


 リュカ姉がこう言ってるんだ。なら、大丈夫なんだろう。


「ねえグレア。わたしたち、これからリュカ姉にお世話になるんだよ?」


「むぅ。そうだけどさ」


「服、貰えるんだよ?嬉しくないの?」


 わたしは着ている服の裾を広げて見せる。

 

 奴隷の服である。

 ちなみに、グレアも同じような服を着ている。


 うん。汚れてるし、可愛くない。


「……嬉しくないわけない」


 ほら。グレアも新しい服欲しいんじゃん。


「リュカ姉!グレアも新しい服着たいって言ってる!」


「ヴィオラ!!そんなこと言ってない!!」


 ポカポカとグレアに殴られる。

 

 いたい!いたいって!

 

 まったく。素直じゃないんだから、グレアは。

 

 すると、リュカ姉が窓をコンコンと叩く。


「心配しなくとも、すべて聞こえているさ。

 私が小さい頃から世話になっている服飾店だ。腕は確かだから、楽しみにしているといい」


 楽しみ。


 そうだ。


 わたしの初めての買い物が、グレアとリュカ姉と一緒なんだ。


 ふふふ。



 良い服が見つかるといいな。



◇◇◇



 太陽が真上にのぼり、馬車の中が少しぽかぽかしてきた頃。


 わたしたちは商業地区の西側にある、トレアスという町に到着した。


「すっっっごい人!!」


 わたしは、窓にかけられたカーテンから外を覗く。


 なんでも、リュカ姉がわたしたちを引き取ることは、まだ知られたらダメらしい。

 

 リュカ姉はこの国じゃ有名らしいから、それ相応の場所で公表しないと混乱が起きるとかなんとか。


 むずかしい話だ。


 そんなことを思っていると、リュカ姉が御者席の窓を少し開ける。


「トレアスは、商業地区の中でも特に活気がある町だ。ここに来れば何でも揃うぞ。きみたちの公表が終われば、今度はちゃんと見て回ろう」


 ご飯屋さんもある!あそこ行きたいなぁ。

 

「楽しみだね、グレア」


「……」


「グレア?」


「ん、なに?」


 どうしたんだろう、少し元気がないように見える。


「大丈夫?」


「うん、大丈夫。思い出してただけ。


 ここね、小さい時にお母さんと来たことがあったんだ」


 グレアのお母さんか。

 

 たしか、もういないとは聞いていたけど。


 そっとグレアの手を握る。


「どんな人だったの?」


 なんとなく、聞いて欲しそうにしてるように思えた。


「……誰にでも優しくて、色んな人に慕われていて。


 太陽みたいな人だったと思う。


 それと、ぼくのことをすごく大事にしてくれて。


 お母さんみたいに、人に慕われて、人を愛することができる人になりたいんだ」


「グレア……」


 グレアの細い体を抱きしめる。


 わたしに『お母さん』の記憶はない。


 グレアの話を聞いてると、わたしのお母さんはどんな人だったんだろうと気になってきた。 

  

 いつか、思い出せるといいな。


「グレアなら、きっとなれるよ。

 なんてったって、わたしはもうグレアのこと大好きだからね!」


 グレアの頬に唇で触れる。


 なんとなくそうしたいと思った。


「……そ、そーゆーことは大人になってからなんだよ!」

 

「あはは、グレア顔真っ赤だよー」


「ヴィオラのせいでしょ!」


「いてて」


 力一杯抱きしめられる。


 グレアって結構力あるんだよね。


「こら、暴れるんじゃない。馬車が揺れて不審がられるじゃないか」


「「ごめんなさい」」


「よろしい」


 叱られちゃった。


 もう、グレアのせいなんだからね!



◇◇◇



 グレアと静かに遊んでいると、馬車が止まった。


「着いたぞ。もう降りて大丈夫だ」


 リュカ姉が扉を開けてこちらに手を伸ばす。


「ほら、おいで」


 リュカ姉の手を借りて、わたしは馬車を降りた。


 結構高さがあって怖いんだよね。


「さあ、グレアも」


 わたしに続いてグレアも降りる。


 グレアはまだ、リュカ姉に対して緊張しているように見える。


 まあ憧れの人だもんね。


 それにしても、ここがリュカ姉が言ってた服屋さんかな?


 ふむ。変だな。

 

 干し草しかない。


 建物の中ということはわかるんだけど。


 キョロキョロしているとリュカ姉が馬車の扉に鍵をしてこちらに来た。


「ここは服飾店の敷地にある馬繋場ばけいじょうだ。着いてきなさい」


 そう言われ、リュカ姉について行くと二階建て大きな建物が見えた。


「こっちだ」


 あれ、この建物じゃないんだ。


 そんなことを思っていると、どうやらこの建物の裏口から入るみたいだ。


 なんだかリュカ姉のことを改めて凄い人なんだと思う。

 大人っていいな。


 リュカ姉が扉を開けて入ったので、わたしたちもそれに続く。


「トリーシャ、いるかー」


「はいはーい」


 扉のすぐそこにある階段の上から、少し高い女の人の声が聞こえた。


 トタトタと階段をおりる音が聞こえ、茶色い癖毛の女の人がこちらにきた。


「リューカ、いらっしゃい!裏口から来るってことは、何か特別な用件ね?」


「察しがよくて助かる。実は子供を引き取ることになってな。衣服を見繕いに来たんだ」


 そう言うとリュカ姉は、わたしとグレアの背中を押す。


「紹介する。こちら白金の髪の女の子がヴィオラ。そして赤い髪の女の子がグレアだ」


 トリーシャさんがわたしたちを見る。


 なんだろう。すごく驚いているみたいだけど。


「言いたいことはいろいろあるけど……とんでもない子たちを連れてきたわね」

 

 とんでもない子たち?


 わたしはいたって普通である。


「そうだろう。いつまでもこんな格好じゃ申し訳なくてな。早く似合う服を着てもらいたかったんだ」


 リュカ姉がうんうんと頷いている。


「結構汚れてるわね……まずは体を綺麗にしないとね」


「頼んでいいか」


「もちろん!磨き上げるから楽しみにしていなさい」


 磨き上げる……?


 わたしはこれから磨き上げられるのか。


 ふたりしてトリーシャさんを見上げる。


「さて、行くわよふたりとも」


「あの、どこへ……」


 グレアが不安そうに聞く。



「そりゃもちろん。お風呂よ!!」

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