第14話 とある日の検問所にて


「はぁ、帰りてぇ」

 

 まったく、そう溢さずにはいられない。


 何せ昨日の夜間警備に引き続き、検問所に勤務することになったんだからな。

 コーバッツの野郎、なにが二日酔いだ。

 まあ、貸しにしといとやるか。今度飲み屋で奢ってもらおう。

 

「おい、朝から辛気臭いぞカラク」


 同僚のアグリーが俺の肩をこづく。


「仕方ないだろ。夜勤明けだし、ホントは非番なんだぜ俺」


 まあ昼にはコーバッツも来るし、それまで我慢するか。



◇◇◇


 広大な国土を誇るアーレンバレス王国。

 

 中央に位置するアーレンバレス王都は、五層からなる円形の地区に分かれている。 


 防壁に一番近い平民地区。つまり地区の中でも最も外側にあり、それだけ危険も多い。

 ただ、面積は広大で農業や水産業、鉱業、加工業など、多岐にわたる産業を一挙に任せられている。

 この国の要と言っても過言ではない。


 その一つ内側にある商業地区。

 ここでは他国からの商人や貿易などによる商業が盛んで、絹や他国の伝統工芸品など多岐にわたる商談が行われている。

 市場や商店などが山ほど存在し、俺は休日に新しい店を開拓するのが趣味だ。

 

 さらに内側に第二等級地区、それよりも内側に第一等地区がある。

 俺はあまり詳しくないが、お貴族様が住んでらっしゃるとは聞いたことがある。

 そっちにはあんまり行かないしな。

 場違い感がすごいんだよ。


 そしてアーレンバレス王都中央区。

 現アーレンバレス王がおわす、この国の中心部分だ。

 歴代のアーレンバレス王の親族たちや、墓地など、王族に関係するものがすべて集約している。

 

 中でも認知度が高いのが、ここ数年平民たちの間にも広まっている『銀翼の騎士団』の本拠地がある。


 毎年、冬になるとドデカイ怪物が獲物を求めて郊外に現れるんだが、そいつを銀翼の騎士団はあっという間に討伐して凱旋を行う。

 それを祝うかのように大門は人で溢れ、商魂たくましい商人たちは露天をここぞとばかりにひらく。

 もう毎年恒例の祭りになりつつあるな、あれは。

 

 ここ数年で銀翼の騎士団が有名になったのは、副団長にリューカ・フェリスなる女騎士が任命されてからだ。


 深い青味がかった黒い髪に、睨まれるとすくみあがるような栗色の切れ長目。まあそれが良いっていう男連中もいるが。なんてったって俺がそのひとりだ。


 まあ、その一度見たら忘れられない容姿も要因ではあるが、それよりも腕が物凄く立つ。


 模擬試合を見学したことがあるが、あれは人間技じゃねえ。遠く離れたところからでも、何をしているのかわからないほどの剣速。踊るかのような身のこなし。それと強力な風魔法。

 あれはそんじょそこらの達人とは訳が違う。

 一度手解きを受けてみたいもんだ。まあ話したこともないんだが。


 現在は任務中で出払っているようだ。

 もうすぐ帰還するとは聞いているんだが、そんなすぐ帰ってくるわけでもないだろう。

 いいなぁ、おれも近くで拝んでみたかったもんだ。



◆◆◆



 ぼーっと突っ立っていると、アグリーが馬車の対応を中断してこちらに走ってきた。


「おいカラク、次、頼んだぞ」


「ったく、なんで俺が」


「見りゃわかんだろ、お貴族様の相手してんだ」


 見れば、たしかに他国の貴族の物であろう馬車が停まっている。

 馬車は、その国独自の紋章や、商人である証、貴族階級を示す家紋などが彫られていることが多く、見ただけでどこの国の者なのかということがわかるようになっている。

 まあ、どの国も手間を省きたいってことだな。


「大変だな、検問所も」


「あぁ、そう思うだろ?だったら手伝ってくれよ」


「わーったよ、まかせろ」


 アグリーの肩を叩き、俺は検問所の待機場所に向かった。

 

 

 門でどこの国の者なのか、何をしにきたのかなどを確認し、検問所で入国手続きやその他手続きを行うことになっている。

 門から検問所までは徒歩20歩といったところか。

 

 アーレンバレス王国の馬車はそのまま検問所に来てもらい、そこで手続きなどを行う。


 そうして待っていると、馬車が停まる音がした。


 さて、仕事か。


 眠気を堪え、待機所を出た。

 

 寝ぼけまなこで馬車を見やる。


 そこには『銀翼の騎士団』の紋章、銀の翼と一本の紅蓮の剣が彫られた、一台の馬車が停まっていた。


 え、まじかよ。


 一瞬で眠気が吹き飛んじまった。


「すまない、帰還手続きを行いたいんだが」


 凛とした声が聞こえ、そちらに目を向けた。


「私は、銀翼の騎士団副団長リューカ・シェーヴァル・フェリス。任務終了につき、予定より早く帰還することになった」


 そこには、銀翼の騎士団副団長がいた。


「は、はい!フェリス副団長、おかえりなさいませ。早急に手続きを行わせていただきます!」


「お、おい、別に焦らなくていいぞ」


「いえ!お待たせするわけには参りませんので!」


 ……俺ってこんな喋り方だったか。

 いや、それよりも目の前で起きていることが信じられない。

 

 まさか、リューカ・フェリス副団長と喋る日が来るとは思わなかったぞ……!


 早くご案内しなければ!!


「手続きを行わせていただきますので、こちらの書類にサインを、それと特記事項を記入していただけますか」


「ああ、わかった」


 木の板に紙を置いてフェリス副団長に手渡す。


 しまった、昨日風呂入ってないぞ。

 

 臭くないか俺。

 

「終わったぞ」


「ありがとうございます」


 そうして返してもらった書類を確認する。


「なになに、任務終了の報告、問題事項の報告、それと孤児の入国手続き……ですか?」


「そうだ。……おいで、ヴィオラ、グレア」


 フェリス副団長が手招きすると、馬車の後ろからふたりの少女がこちらに来た。


「このふたりの入国手続きを頼む」


 現れたのは、想像を絶するほどの美少女たちだった。


 ひとりは白金の髪に空のような青い瞳。もうひとりは夕陽のような赤い髪に子猫を想起させる黒いつり目。

 こりゃまた将来が楽しみな少女たちだな……。

 俺は数秒固まってしまった。


「あの、よろしくお願いします」


「おじさんよろしくね!」


 おじさん……だと。これでもまだ28歳だぞ。


 ごほんと咳払いし、フェリス副団長に問いかける。


「このふたりの保証人は如何されますか」


「私で大丈夫だ」


 即答である。


 いや、フェリス副団長が保証人になるって、つまり……


「この子たちを引き取るということでしょうか」


「ああ、そうなる」


 なんということだ。


 平民からも人気が高く、この国で知らない者はいないとまで言われるフェリス副団長が、子供を引き取るだと。

 しかもこれほどの容姿。


 さぞや、目立つことになるだろうな。


 まあ、その辺りはしっかり対策を考えているのだろう。


「……問題ありません。では、そちらで手続きを行わせていただきますね」


「よろしく頼む」


 あの銀翼の騎士団副団長によろしく頼まれたぞ!!これは酒の席でいい話題になりそうだ。


「ちなみに、今ここで話した内容はくれぐれも漏らさぬように」


 うっ、見透かされていたようだ。


「も、もちろんですよ。個人の情報ですからね」


 睨まれている。やばい、殺される。


「おれの衛兵生命にかけて喋りません!」


「ふ、助かる」


 フェリス副団長が柔らかく微笑む。


 冗談か本音なのかわからないぞ。


 それに、この人ってこんなに表情豊かだったのか。


「ではな」


 フェリス副団長がふたりを馬車に乗せて去っていく。


 瞬く間の出来事だった。


 

◇◇◇

 


 昼になり、引き継ぎをする時間になった。


「カラク、すまねえ、助かった!」


 コーバッツが申し訳なさそうに謝ってくる。


「あ、ああ、いいってことよ」


 いい思いもしたしな。


「……カラク、熱でもあるのか?」


「……?」


「顔真っ赤だぞ」


「は……?」


 顔に触れる。たしかに熱い。


「夜勤明けだもんな、本当に助かったよ。しっかり休んでくれ」


 いつもなら気持ち悪いと思うコーバッツの気遣いだが、今日はそんなことも気にならないほど、悪くない気分だった。


「ああ、そうするよ」


 ……はぁ。不味いことになったな。



 俺は叶わない恋をしてしまったらしい。

 

 

 

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