勇者は武器職人を自称して

あいうえお

第1話 いじわるな夢の終わりに

 二つの剣がある。

どちらも安物だが、一方にはもう一方に100倍する値が付いた上にあっという間に買い手がついた。

 そう決めたさせたのはたった一つ、その剣にあった『勇者が使いあの魔獣を滅した逸品』という売り文句だ。

 戦乱の時代、職人たちはその『勇者に選ばれた逸品の作り手』の称号を求めて切磋琢磨を続けた。その日の糧にも事欠いていた者が一振りで富と名声を手に入れられることもざらだった。

 野望抱きし者は数多く、今日もその一人の姿がこの辺境の地にあった。


 開拓のために切り開いていた森の一角で、4本牙の巨大猪が寝床を汚されたと暴れ出し、作業に従事していた村人を5人程踏み潰した。背に大木が生えているほどの大猪で牙は大人一人分ほどもあった。

そこへ颯爽と現れたのは鎧を纏って剣を掲げた精悍な青年キイヤである。大仰に見栄を張り猪へと挑む。

「あ~、俺武器職人のキイヤ! 今から俺が打った剣と鎧でこのでっかい猪やっちまうから見ててくれよ!」

 そう叫んでキイヤは突進した。猪の比較的柔らかな鼻づらへ突き立てられた自慢の剣は、見事飴細工のように降り曲がってあわや持ち手に突き刺さらんばかりだった。

「ありゃりゃあ⁉」

 猪は牙で彼をかち上げた。自慢の鎧は粉々に砕けて周囲に降り注ぎ、たっぷり鍋の水が湯に沸くほどの時間をかけて彼の肉体は宙から大地へ激突して跳ねた。

 その惨状に対して見守っていた村人らは熱狂した。断じて惨めな光景に対する醜悪な歓喜ではなかった。

「ここからだ!」

「いよっ! 『裸の勇者』様!」

「俺は勇者じゃない! 武器職人だってば!」

 キイヤはすくっと立ち上がった。驚くべきことに叩きつけられた時の土はべたりとついているものの、その筋骨隆々の肉体には傷一つない。村人たちの熱狂がさらに高まった。

 猪はキイヤへ再度牙を突き立てた。下からすくいあげるように頭を振りあげて、巨岩すら砕いた一撃が彼の体を捕らえた。ところが獣はそれをふりぬくことができなかった。ちっぽけな生き物を貫くはずの牙がよりによって掴まれて抑え込まれているのだ。

 蹄で地面をかいて力を込めても微動だにせず、ついに削り切った大地に足がつかなくなって猪は抑え込まれたまま牙を支点に宙に浮かびあがってしまった。

 対するキイヤは力んでこそいれ未だ余裕があり、潤みだした猪の目を同じく悲しみに濡れる瞳できっとにらみつけた。

「よくも俺の最高傑作を壊してくれたな」

 言葉を解せば猪は反論しただろう。寝床を荒らす害虫を追い払っていただけで何故恨まれねばならぬのかと。

 しかしその機会は永遠に与えられなかった。

 キイヤがそのまま叩きつけた頭突きによって、獣の眉間は深々と陥没し脳が破壊されたのだった。四肢がだらりと力なく垂れ目が赤く濁ると彼は猪を降ろして手を合わせた。怒りと同時に命への尊重も確かに持ち合わせているのだ。

「けど、殺しちまってごめんな……」

 感傷的な気分に浸る間もなく大歓声をあげた村人たちが殺到した。猪に潰された者の家族は憎しみを込めて亡骸を蹴りつけ、そうでない者は毛皮と肉の山に歓喜する。そして残りはキイヤを崇め奉るのだった。

「さすがだ!」

「キイヤがいれば魔獣も怖くない!」

「『裸の勇者』さま~‼」

 キイヤは激しくそれを拒んで手を振り回した。

「俺は勇者じゃな~い! 武器職人だよ武器職人!」

「またなまくらだったじゃない」

 人波をかき分けて禿げ頭の老人と少女が彼の前に現れた。村長バンガイとその孫ミンミである。

 ミンミは濡れた布で土だらけのキイヤを拭いてやり、バンガイは好々爺らしい笑みを少なくなった歯の間から漏らした。

「ありがとうなキイヤ、助かってる」

「でもな村長……」

 彼の視線は惨たらしく潰された村人の亡骸と猪に向けられた。

「何でもできると思い込むのは良くない、お前さんは成すべきことをしたんだ。抱え込むときりがない、届かなかったならそれはそれとしてだ」

 バンガイが労うと同時に、キイヤの体を拭き終えたミンミが背を強く叩いた。

「そうそう、気にしてくれるのはありがたいけどさ。どうにもできないことがあんのよ」

 キイヤは表情を和らげ、曲がりに曲がった剣と鎧の破片を拾い上げる頬ずりした。

「ああ……また駄目だった……作り直さないと」

「やっぱり、そっちの才能ないんじゃないあんた?」

「な! ま、まだまだこれからだ! 次が……最高傑作だ! 俺こそ『勇者に選ばれた逸品の作り手』なんだあ!」

 鼓舞するように掲げた剣が折れた。


 キイヤ、『裸の勇者』、『古き良き英雄』。勇者が希望の象徴であることを忘れ国家や権力者の狗に成り下がって久しい時代に現れた英雄であった。肉体だけで並み居る魔獣をなぎ倒し人々を守り抜き過大な見返りを求めない。いかなる困難にも打ち勝って世に安らぎをもたらした。

 というのは側面だけをみた彼の評である。

 彼が欲したのは世の安定などではない。いや、もちろん平穏に越したことにないとは思っていたが、それよりも『勇者に選ばれた逸品の作り手』として歴史に名を刻むのが第1だった。

 しかし致命的に鍛冶の才能がなかった。武器はなまくら鎧は産毛、間違っても勇者が命を預けようと思う品ではない。

 それをキイヤは認めない。かといって事実武器は見向きもされない。そこで選んだのが自分で振るって功績を挙げてその力と武器の優秀さを誇示するという戦略であったのだ。

 幸か不幸か武器職人としての腕の代わりに彼には異常に頑丈すぎる肉体と怪力があった。近くで魔獣が出たと聞けば作品を引っ提げて駆け付けるも呆気なく壊され、素手で仕方なく仕留めることを繰り返した。

皮肉にもそれは彼が武器を選んで欲しい勇者の働きそのものだった。いつしかキイヤは『裸の勇者』と呼ばれるようになり、見返りが用意できない故に無視されてきた人々の希望となっていたのだ。

 

 今日も亡き父から受け継いだキイヤの鍛冶屋は盛況である。大工が建て替えてくれたので真新しく、感謝の印に作物や鳥獣の肉や魚を渡しに来るものは絶えないし、鍋などの生活用品は飛ぶように売れる。

 しかし、剣も鎧も一切売れなかった。感謝の意を示して買おうとするものはいるのだが、それはキイヤの望みではない。逸品だからこそ勝って欲しいのだ。

 すでに押しかけ女房の貫禄を見せているミンミは掃除や物品の整理をしつつぐずりながら剣を打つキイヤに呆れていた。

「何が不満なのさ?」

「うるさいっ、俺にしかわかんないの」

 勇者としてのキイヤの活躍はそれはそれは華々しいものだった。しかし、彼が本当に望んだ武器職人としては全くの無名で終わってしまった。

 だが、それをもって彼を不幸と決めつけるのは早計である。最後の最後まで挑み続けた末に敗北したのであるから。後悔し満足もしなかっただろうが彼は決して逃げなかった。

 それになまくらであっても、今でもいくつかの剣は包丁としてどこかの家庭で振るわれているのだ。

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