Ⅵ 知らぬは船長ばかりなり

 それよりまた一時間余り後。すっかり日も沈み、橙色オレンジの篝火に照らし出される海に面したテラス席では……。


「――いやあ、遅れてごめん。すっかり『大奥義書』読むのに夢中になっちゃって。ほら、この前は戦闘中でしっかり読めなかったから……ん? どうかしたの?」


 女子達の温泉玉子に対する反応を確認した後、書斎に籠って新たに手に入れた魔導書を読み耽っていたマルクは、遅れて会場に現れるとその場の妙な雰囲気に小首を傾げた。


「…あ、お頭遅いよお! 遅いから勝手に始めちゃってたよ? うわあ! ハナちゃん、このスープおいしい! なにが入ってるの?」


魚翅ユーチィ……つまりサメのひれネ。前ニ漁ヘ出た時ニ襲われたから殴り飛ばして捕まえたネ。干すのニちょっと手間かかったケドナ」


 どうやら湯上りらしく、ほんのりピンクに色づいた頬をして楽しげに談笑しながら料理を楽しんでいる女子二人に対し。


「………………………」


 男子三人はなぜか顔に青痣を作り、まるでお通夜の席のようにチーン…と静まり返って無言でワインを飲んでいる。


「……あ、そうだ! 露天風呂どうだった? けっこう凝って造ったんだけど楽しんでもらえたかな? マリアンヌのカラクリとかクロセルのサプライズとかも使ってみた?」


 男達の様子を気にしつつも、温泉のことを思い出して再び皆に尋ねるマルクだったが……。


「うん! とってもよかったよ! 眺めも最高だったし、あの泡泡のお風呂すっごく楽しかった!」


「まさに極楽気分ノ天国ノ温泉ネ」


「そう!? それはよかった! がんばって造った甲斐があったよ! そっちはどう……」


 やはり陽気なテンションで素直に喜んでくれている女子達に比べ。


「………………………………」


 男達はマルクに答えることもなく、なおも無言で底知れぬ暗い負のオーラを纏い続けている。


「……ねえ、いったい何があったっていうのさ?」


「何も訊くな……」


 ただ独り事情を知らず、もう一度訝しげな顔で尋ねるマルクに、リュカがぽつりと、短くそれだけを呟いた。


               (El Pirata De Termas ~温泉の海賊~ 了)



※この短編に繋がる本編はこちら……。

・『El Pirata Del Grimorio ~魔導書の海賊~』

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054889619569


※さらに同じ世界観を有する関連作品群はこちら……。

〇『エルピラ・サイクル(作品群)目録』

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054895101906

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

El Pirata De Termas ~温泉の海賊~ 平中なごん @HiranakaNagon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画