第11話 金曜の夜

「そうだ、そっちの小柄なレディの名前をまだ聞いてなかったね。お名前は?」


「え?あ、えっと!上崎綾乃でしゅっ!」


 ……噛んだ。上崎さんがこれまた見事に噛んだ。


 やっぱり、初対面である駿兄と話すのは緊張するらしい。


 でも、僕も初対面の人相手だとやらかしてしまうから、明日は我が身的な感じがしてしまい、笑えなかった。


「まあまあ、緊張するよね!でも、大丈夫。自分なりのペースで話してくれればいいからね」


 僕と上崎さん、朝倉先輩が歩く前をクルクルと回りながら話し続ける駿兄。


 ホント、自由な感じが実に駿兄らしい。


 ただ、そんな駿兄を見て、朝倉先輩が瞳をウルウルと輝かせているのが気になった。


 これはもしかすると、もしかするのかもしれない。


 そう思いながら、視線を朝倉先輩から駿兄へと戻す。


 買い出しの道中は、駿兄が上手く話題を振ってくれるおかげで、楽しく時間が過ぎていき、近所のスーパーに到着した。


 スーパーでは何を作るのか、散々迷った挙句に定番のカレーになった。


 そんなわけで、カレーのルウと玉ねぎじゃがいも、ニンジンといった具材を揃える。


「あ、幸人。会計は僕が済ませておくから、二人と外で待っていてくれたまえ!」


 親指を立てながらニッコリ笑顔を浮かべる駿兄の言葉通り、僕は上崎さんと朝倉先輩の二人とスーパーの外へ。


 恐らく、先に出ておいて欲しいというのはレジに行列が出来ていたからだと思う。


 そういった周りへの配慮を瞬時に行なえるのは羨ましい限りだ。


「ねぇ、滝平君。滝平君のお兄さんって彼女とか居たりするのかしら?」


「いないと思いますよ?まあ、たぶん……ですけど」


「そう。じゃあ、後で私から聞いてみようかしら……」


 朝倉先輩は真剣そうな面持ちで独り言をつぶやいている。


 そんな朝倉先輩に僕と上崎さんは何と声をかければいいのか、さっぱり分からなかった。


「やあ!会計も終わったし、帰ろうか!僕たちの家へ!」


 スーパーの出口からテンション高めな駿兄が戻ってきた。


 スキップしながらやってきた駿兄と合流し、4人で家へと帰る。


 家に帰った後、カレーは僕が作ることになった。


 その間に上崎さんと朝倉先輩にはお風呂に入ってもらうことになったのだが、二人は着替えを持ってきていないことに気づいた。


 そこで僕から姉さんに連絡して、姉さんの服とかを二人に貸す許可を貰った。


 これで着替えのことは大丈夫だということを上崎さんと朝倉先輩に伝え、二人にはお風呂に行ってもらった。


「それで、幸人!一体、どっちと付き合っているんだい?この素晴らしい兄に正~直に話してみると良いよ!」


 カレーの材料を切っている最中に駿兄から話しかけられるが、気が散るからやめて欲しい……


「別に、二人とも彼女ではないよ。二人とも同じ図書委員ってだけで……」


「……ま、まあ、恥ずかしいのは分かる。でも、誰にも言わないから……ね?」


 どうやら駿兄は僕が恥ずかしがった本当のことを言ってないと思っているみたいだ。本当のことを言っているのに、中々分かってもらえず苦労した。


 結局、料理の効率が落ちてしまい、上崎さんと朝倉先輩がお風呂から出てきても、カレーが出来上がらなかった。


 本当は二人が出てきて、待たせることなくスムーズに食べるつもりだったんだけど。


「あ、あの、お兄さん」


「ん?僕の事かい?悠華ちゃん」


「……へっ?あっ、はい!そうです!」


 カレーを食べている時。朝倉先輩が駿兄に話しかけていたけど、意識しすぎて全然会話が上手く成立してなかった。


 こればっかりは自然な感じで朝倉先輩を下の名前で呼んじゃっているからというのがありそうだけど。


 とはいえ、朝倉先輩の立場からすればいきなり下の名前で呼ばれるなんて思いもしないだろうから、そりゃあ、ビックリして挙動不審な感じになるのは仕方がない。


「えっと、お兄さんは大学とかで彼女さんとかはいらっしゃらないんですか?」


「ふっ、随分と直球で聞いてくれるじゃないか。安心したまえ、僕は大学では孤高を貫いているからね!」


 ドヤァッと僕の方に決め顔をしてくるけど、言っていることは自らがボッチであることをカミングアウトしただけだ。


 これはさすがに朝倉先輩もドン引きなのではと思った。けど、そんなことはなく、むしろ駿兄への憧れの眼差し的なモノが増したように感じられた。


 たぶん……というか、絶対朝倉先輩は沼にハマっていると思う。ただ、この恋の沼を止めた方が良いのか、迷う。


 確かに駿兄は変わってるけど、お金あるし、イケメンだし、コミュニケーション能力も超がつくほどに高い。


 女性からすれば優良物件に違いないのだ。お金の面ならそうそう困ることはないだろうから、なおのこと。でも……!


 ――僕は結局、頭の中でそんなことを考え続け、一人だけカレーを食べ終えるのが遅くなってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕と彼女の小説ライフ ヌマサン @Kirimanjaro0715

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ