第3話
それからというもの携帯が震えると、心も震えて、加藤ではないかと淡い期待を抱く。しかし、通知を切り忘れた企業のアカウントだったり、臨時ニュースだった。どうやら私は高校以来の恋煩いにかかってしまったようだだ。
待ちに待った加藤から連絡が来たのは同窓会前日のゼミ生のグループライン。私に向けた言葉でないことが虚しい。明日は楽しもうという内容だった。クリスマスに彼と会わなかったら、同窓会なんて参加しなかっただろう。かつてのゼミ生のほとんどが参加した。
大学時代を懐かしんで、大学の最寄り駅から徒歩で行ける居酒屋が会場だった。集合時間より二十分早く駅に着いた私は駅前の知らない芸術家が作った子供の像の前に立っていた。待ち合わせの定番であるこの場所なら誰かしらが私に気づいてくれるはず。加藤以外の同期に会っても誰かわかる自信がなかった。むしろ、大学を卒業しても忘れなかった加藤の面影を思うと私は最初から彼に惚れていたのではないかと思った。
期待なんてだいたい裏切られる。こんな気持ちになるなら、参加しなければよかった。
帰り道、電車に揺られながらここで泣けたら楽なのにと思った。
皆と楽しげに会話をする加藤を遠目に見ているうちに終わった同窓会。皆口々にまた会おうと約束しあった。私は隣に座った吉田という物静かな男子と、途切れ途切れに会話を引き出しあっただけだった。吉田と何を話していたのかは覚えていない。
グループLINEが鳴り止まない。どうやら、二次会に参加した一団がカラオケの様子を送っているようだが、写真をまじまじと見ることも会話に参加することも邪魔くさく感じられた。
吉田からもLINEが来ていた。
『今日は話せてよかったよ。意外に俺たち近くに住んでるんだね!よかったら今度ご飯行かない?』既読だけつけて、携帯を鞄にしまった。加藤はきっと私になんとも思っていないんだ。久しぶりにあった大学の同級生ってだけなのだ。
携帯を取り出す。加藤とのトーク履歴を開いて、文字を打っては消すのくり返し。
『今日はありがとう』とだけ送った。送れなかった言葉を脳内で保存する。
『加藤くんと話したかったな』こんな簡単な言葉も言えないなんて。既読はすぐについた。それだけのことで鼓動が高鳴る。
『こっちこそ、来てくれてありがとう!』
一言だけの返事。
年末年始の休みはあっという間に過ぎ去り、またいつもの職場と家を往復する日々に戻った。加藤への想いは早々に諦めにシフトしていた。できるだけ気にしないように、仕事をしっかりこなし、目の前のことに集中しようと言い聞かせていた。彼から連絡は来なかったし、私もしなかった。しようとは何度となく思ったが。
目の前のことに集中するだけ。だが、これがなかなかどうして上手くいかない。ふと、同窓会の風景が浮かぶ。会話の中心で豪快に笑う加藤。それを端の席で見るしかない私。
「幸子、大丈夫?」
みさきの声に我に返る。
「あ、うん。大丈夫」
簡単なエクセルの入力作業なのに、テンキーを見つめたまま止まっているとさすがに心配されるよね。
「いや、やっぱり変だよ。あんた最近ずっとぼーっとしてる」
「いや、そうかな?」と惚けてみせる。
「なんかあった?」みさきが私の顔を覗き込む。
「何にもないって」
私はみさきには目を合わさず仕事に取り掛かる。みさきは何か言いたげだったが、諦めて自分の業務にもどった。
その日の昼休み。みさきは「今日はどっかお店で食べよう」と提案した。職場近くの牛丼チェーンで食べることになった。
席に着くなりみさきは身を乗り出して「好きな人いるでしょ!?」と言った。修学旅行の夜の中学生のようなセリフ。しかし、今の私には効果的だった。
「いや、その」口ごもる私を見てみさきは頷いた。
「やっぱり」
自分でもわかるくらい図星な反応した。今の私はきっと顔から火が出るの実例として使える。脳内で「だって、不意打ちだったし」と誰にしてるのかわからない言い訳をする。
私は観念してみさきに加藤のことを話した。
「でも、諦めてる。私のことなんとも思ってないだろうし」
この手の話には食いついてくると思っていたが、みさきは黙って聞いていた。
「え、ノーリアクション?」
みさきは「いや、」と言ってまた黙った。私は何かいけない話をしただろうか。
「いや、そういえば、幸子が自分のことこんなに話すの初めてみたなぁって」
それはあなたがいつも自分の話しかしないからと言おうと思ったが、確かにみさきどころか最近は両親にすら自分のことを話していなかったかもしれない。なぜか?
「訊かれなかったから」と答えたが、言葉にした途端に間違っている気がした。
「そう」とだけみさきは言った。
未定 入間しゅか @illmachika
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