そして二人はしあわせに。2

 フェルナンは慣れたように馬車を商業地区の裏通りに停めさせ、先に馬車から降りて手を差し出した。


「この馬車だと目立つから、ここで降りるよ」


「はい、ありがとうございます」


 確かに、いくら貴族も買い物に来る店が並ぶ地域であっても、バジェステロス公爵家の馬車が堂々と店の前で停まったら、ちょっとした騒ぎになるだろう。

 エレナはフェルナンの手を取って、馬車から降りた。角を二つ曲がると大通りに出る。華やかな大通りには人気の店が並んでいた。どうやら商業地区の中心のようだ。

 フェルナンはそれらの店の中でも、エレナも知っている人気のカフェテリアを選んだ。予約していたのかすぐに通された窓際の席は、花壇のプリムラがよく見える。


「エレナは、お父上とはお会いしてる?」


 フェルナンがティーカップを傾けながら口を開く。エレナは眉を下げた。


「それが……フェルナン様がご挨拶にいらして以来、帰宅が早くなっているのです」


 そう、困っているのだ。あの夜会の後すぐに、フェルナンはマルケス子爵家に挨拶に来た。そしてその場で、エレナとフェルナンの婚約が決まったのだ。エレナは実家に戻ることになり、フェルナンと共に結婚の準備を勧めている。式は次の秋の予定だ。

 そしてエレナの父親は、これまでとは一転、帰宅が早くなった。王宮に出仕しているのだが、なんと大抵食事の前には帰ってくるのだ。元々仕事が好きで帰宅が遅く、エレナが物心ついた頃には朝と休日くらいしかその姿を見ていなかったのに、だ。今更朝晩共に食事をすると言われても、何を話したら良いのか、分からないというのがエレナの本心だ。

 しかしフェルナンはそんなエレナを見て笑った。


「きっと、少しでも長く可愛い娘の側にいたいんだよ」


「ですが、あんなに私に結婚させたがっていたのに……」


 エレナが社交界デビューをしてから、父親はエレナに見合いを用意したり、行儀見習いのためにバジェステロス公爵家で侍女勤めをさせたりと、何かとエレナの結婚を急ぐ素振りをしていた。それが、どんな風の吹き回しだろう。


「いざ嫁に行くとなったら、寂しいのだと思うよ。僕だって、本当はエレナと離れたくないと思っていたから」


「そうなのですか!?」


 それまでの話などすっかり頭の端に追いやって、エレナはフェルナンの口から寂しいという言葉が出たことに驚いた。思っていたより大きい声が出てしまって、慌てて手で口を押さえる。

 フェルナンが、柔らかく甘く微笑んだ。


「──当然だよ。エレナがまた家に来てくれる日を楽しみに、今は我慢しているんだから」


 その微笑みに顔が熱くなり、俯きながらも、エレナは隠していた言葉をぽつりと溢した。


「寂しいの、私だけかと思ってました」


「そんなわけがないだろう?」


 フェルナンからの返事は、エレナが思っていたよりもずっと早くて。


「そう、ですね」


 エレナも顔を上げて、笑顔になった。


「うん。だから、早くお嫁においで」


 フェルナンが表情を変えないままに言う。エレナはその率直すぎる言葉に、先程とは比べものにならないほどの熱が身体中に巡って、どうして良いか分からなくなった。

 それでもどうにかこうにか頷いて、機嫌良さげなフェルナンを視界の端に捉えながら、味が分からなくなってしまったショコラを口に運んだ。





 ◇ ◇ ◇





 結婚式は予定通り、王都の教会で行われた。

 若く美しいバジェステロス公爵とその想い人である子爵令嬢の結婚式ということで、招待客以外にも多くの見物人が押し寄せ、二人の幸せそうな姿はその恋物語と共にたちまち国中に広まった。


 そしてそれから半年後、ロマンス小説作家であるデボラが、書き下ろしの新作小説を発売した。その小説は大人気となり、公爵家の使用人の間でも回し読みがされた。


『灰かぶり公爵の専属侍女』という題名のその本が当主夫妻の物語の真実を書いたものであるということは、夫婦と、作家だけの秘密だ。

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灰かぶり公爵の専属侍女 〜呪われた公爵様にご指名されました!〜 水野沙彰 @ayapyon

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