6.獣人と蛇と人間と


 俺たちはファングたちの集落へ招かれた。彼らの集落は木材と木の葉で作られた、通気性を重視した作りものだった。イメージとしてはジャングルの中の部族が住んでいるようなそれと言ったところだろう。やはり毛皮は暑いのだろうか。


 それにしてもファングは何故俺たちをここに招いたのだろうか。とって食われなければいいのだが。


 ファングは俺たち二人のために丸太の椅子を用意させると俺たちはそこに座る。ファングはその正面に向かうようにして座った。


「どうして俺たちをここに招いたんだ?」


 素直に俺は問う。


「そうだな。平たく言えば、俺たちの言葉を喋れる他の種族は珍しい。お前たちに話を聞きたいんだ。旅人なんだろう?お前たちは。」


 話を聞きたい。というのも漠然とした回答だ。俺は彼の真意を測りかねていた。


「そんな表情をされるのも仕方がないだろう。簡単に説明すると俺たちは長らくこの付近に住んでいたんだが、とある事情でここを離れようという意見が強くなりつつあってな。俺たちは狩猟を生活基盤とする種族だ。移動することは苦ではない。しかし俺たちは人間のように広いコミュニティを持っているわけではない。俺たちが移り住むに適した場所を知らないんだ。だから外を知るお前たちが適した場所を知っているかを訊きたいんだ。」


「ほー。そういうことだったのか。」


 俺は彼の説明で納得した。とある事情というのはやはりバジリスクなのだろうか。彼らは見ての通り肉食性だ。バジリスクに獲物を狩り尽くされたというところだろうか。


「この世界に最も広く生息しているのは人間だ。人間の中には俺たちを疎む奴らもいる。そういう場所に移り住んではまずいからな。」


 ファングは悩ましそうに俺に言う。


「すまない。俺たちは西の王都から旅を始めたばかりなんだ。実はこの世界のことはまだあまり見えていない。ファングたちの希望には添えそうにない。」


「そうか……。」


 ファングは少し落胆した様子を見せる。


「事情というのは、バジリスクか?」


「そうだ。よく知っているな。あの村で聞いたのか?」


「ああ、そうだ。あの村もバジリスクで困っているらしくてな。家畜などを殆ど食い尽くされ、村民の中には命を落とした者も居るらしい。」


「言葉が通じないゆえに彼らの事情はわからなかったが、やはり彼らも奴に苦しめられていたのか……。」


「そういえば君たちはあの村とはどういう関係性なんだ?」


「俺たちと彼らは少なくとも俺たち側からは関わりは殆どない隣人と言ったところだ。彼らが俺たちをどう思っているかはわからない、が俺たちは彼らの領分を犯したことはない。俺たちは誇り高き部族だ。獣やゴブリンのように人や彼らの家畜を襲うことはない。」


 俺は少し驚いた。彼らは言葉を操る上、ある程度文化的生活を営んでいるという記載はあったものの、集団としての明確な規則を定めた上で他勢力との軋轢を回避するとはもうそれは人と変わらないではないか。先日戦ったゴブリンのような言葉を操るだけの魔物とは根本的に違う。彼らなりに倫理観や道徳観というものも存在するのだろう。彼らは魔物などではない。見た目は獣ではあるが、紛れもない「人」だ。


 俺は脳内で一つピースがはまる音がした。


「……引き止めて悪かったな。お前らは旅人なんだろう?暗くならないうちに村に戻ったほうがいい。暗くなってからでは奴に襲われる可能性がある。他種族と話すというのは俺にとっても興味深い経験だった。礼を言う。」


「なあ……。」


「あの村の人たちと協力してバジリスクを倒さないか?」


「あの村と協力して……?」


 ファングは目を丸くしている。


「恐らくだが、君たちは独自にバジリスクと戦ったことがあるんだろう?獣人は身体能力は人間のそれを大きく上回る。しかも君たちは誇り高い種族だ。自分たちの縄張りを犯されることには敏感なんじゃないか?」


 俺は続ける。


「しかし、奴の体躯と毒の息、逃げ足の速さなどで取り逃がしてしまっている……というところじゃないか?」


「バジリスクは恐らく君たちを警戒している。しかしあの村の人たちには警戒をしていない。つまりあの村にバジリスクをおびき寄せてもらって、君たちの戦闘力で止めを刺す。これでどうだ?」


「村も君たちもバジリスクが討伐できてwin-win。そして君は村の人たちと情報を交換するきっかけも得られる。悪い話じゃないと思うけど。」


 ファングは腕を組んで一人思案を始める。しばらくすると、口を開いた。


「確かに悪い話ではないな……。俺たちが奴と戦ったときの感覚から言っても、奴は力と素早さには優れているものの、防御力はそう高くはない。村に足止めさえしてもらえれば俺たちが集団で弱点を突いて奴を倒すことも可能だとは考えられる。」


 やはり俺の感じた通り、彼の考えの合理性、論理性は人間のそれと全く遜色はない。種族の違いから考えの違いはあるだろうが、十分に足並みを揃えることは可能だと思った。


「すまない。これはこの部族にとって重要事項だ。他の皆に確認を取ってくる。」


 彼は一旦席を立ち、他の獣人たちを呼び集める。その上で村人たちと協力してバジリスクを倒す案について反応を聞いた。


 反応としては、勝算があるのなら戦うことには同意するようだ。しかし、村が自分たちを都合の良い駒として扱う危険性もあるのではないか、という意見もあった。


「……というところだ。恐らくだが、お前のその案もこの場で思いついたことだろう?村には確認を取っていないはずだ。この計画の実行には村で了承を得た上で、村と俺たちで一度意思決定のための会合を開く必要がある。両者ともリスクを背負う覚悟があるという合意が無ければこの計画は実行出来ない。」


 俺の予想通りの回答ではあった。


「わかった。俺も村に連絡してくる。良い知らせを期待していてくれ。」


 俺は立ち上がってファングに自信を込めた笑みを返す。


「良い報告を期待しているぞ。」


 ファングは俺たちを送り出した。


 村に戻った俺は再度村の集会所に入る。既に時刻は夕方だった。


「おや、無事でしたか。島の端を見に行くと言ったきり中々帰らないものですから、何かあったのかと心配しておりました。」


 フロッグが俺たちに声をかける。


「フロッグ、当初の予定とは違うんだが、バジリスクを倒す計画が立てられるかもしれない。村の人たちを呼んできてくれるか?」


「えっ!本当ですか!」


 フロッグは大きく目を見開く。


「わかりました!村の人たちを呼んできます!」


 フロッグは慌てて外へ出ていった。


 しばらくすると、集会所に村人がぞろぞろと入ってきた。バジリスクに怯えている様子の者が多い。


 その中から一人の老人が進み出てきた。この村の責任者だろうか。


「ワシは村長のカワズだ。あの忌まわしい蛇を殺してもらえるというのは本当なんだろうな。」


 背は小さいながらも威厳を湛えた老人が凄む。


「落ち着いて下さい。まだ計画が立てられるかもしれない、という段階です。」


「単刀直入に言いましょう。僕たち二人だけでバジリスクを討伐することは不可能です。あなたたち村人の協力が必要不可欠です。」


「ワシらに協力出来ることなら協力しよう。この村は今存亡の危機なのだ。」


「その上で更に協力が必要な人たちがいます。」


「それは誰だ。この村には貴様らとワシらしかおらんぞ。」


 カワズは食い気味に問うてくる。


「……村の近くに集落を構えている獣人たちです。」


「あの獣たちが……か?」


 カワズは表情を変えない。


「彼らもバジリスクに困っているのです。つまりあなたたちと彼らは利害が一致している。協力も可能なはずです。」


「話にならんな。あんな獣どもと協力しようなぞ。」


 カワズは即断する。この反応は予想していた。この西の国にはとある宗教が根付いている。その宗教は人間と魔物を激しく対立させる思想を説いており、魔物には獣人も含まれているのだ。


「いいんですか?彼らは既に別の場所への移住を検討しています。彼らは狩猟が生活の基底にあるので、別にここで暮らす必要はないんですよ。僕たちも同じです。別にこんな村、見捨ててもなんの問題もない。あなたたちだけが、ここで滅びを待つことになる。」


 俺はわざと彼を挑発する。人は「自分だけが損をすること」を最も嫌う生物である。


 カワズの眉が動いた。


「そうですよカワズさん!今は村が無くなっちゃうかもしれないときですよ?こんなときにそんなこと言っている場合じゃないですよ!」


 フロッグが口を挟む。


 この村は西の国の端であり、件の宗教はそこまで深く浸透しているわけではない。誰かが味方についてくれるとラッキーだと思っていたが、思っていたより早い段階で助け舟が来た。


「魔物を倒すために魔物に協力しろだと!?魔物と協力するなぞワシらも魔物と同等ということではないか!ふざけるな!ワシらは人だ!」


 カワズは声を荒げる。


「違いますよカワズさん。獣人たちは魔物ではありません。彼らも言葉を理解し、文化的生活を営む『人』です。」


 俺は落ち着いた口調で教え諭すように言う。


「あなたたちは彼らから何かしらの被害を受けたことがありましたか?彼らは自らを『人』とし、同じ『人』であるあなたたちを襲わないという信条を胸に生きてきました。彼らが仮に魔物であると言うなら、この村はとっくに彼らに襲われて一人残らず食われているのでは?」


 俺は半分呆れていた。ファングの方が彼より余程落ち着いていたし柔軟かつ合理的に物事を考えられていた。ファングたちが「人を襲わない」という信条を持っているのなら、カワズは「獣人を魔物と考える」という信仰を持っている。しかしその二つのあり方は根底から異なっている。その上、ファングたちは次善の策を用意し信条を守り通しているのに対し、カワズは信仰を頑なに変えようとしない上に何の策も用意していない。


 さっき彼は獣人と同等に扱われることを憤慨していたが、寧ろこの老人はその獣人未満でしかない。勿論、口には出さないが。


「さっきも言いましたけど、僕らにとっては別にこの提案を無理にあなたたちに飲ませる必要はないんですよ。滅びたいのであれば、どうぞご勝手に。ですが、最後に後ろの村人たちの考えくらい聞いてあげてもいいのでは?」


 俺は明らかに侮蔑と嘲笑のニュアンスを滲ませながら言う。


「この男の提案など飲めるわけがない!皆そうだろう!」


 カワズは激昂しながら村人の方を向くが、


「お前がふざけるな!」「私たちは死にたくない!」「いつまでそんなかび臭い考えに固執するつもりだ!」「じゃあお前はあの蛇を倒す方法を知ってるのか!」


 怒号の嵐だった。


 これが独り善がりの信仰に縋り続けた結果か。哀れなものだった。


「ま、待て。ワシはこの村の村長だぞ?ワシの意思は村の意思だ。ワシに……ワシに同意するものはおらぬのか……。」


 老人は明らかに狼狽えていた。もしかしたらあの中に同意する者はいるかもしれないが、今それを主張するのは自殺行為と言って差し支えないだろう。


 俺は老人が正気を取り戻す前に続けて彼らの方を向けて告げる。


「詳しいことは獣人たちと顔を合わせながら決めます。なのでそれまでに話が分かる人を代わりに代表として選んでおいて下さい。」


 俺は集会所を出て、宿屋へ向かう。アイリスは人間の言葉がまだわからないし、宿屋で待たせておいた。


「よう。待たせたな。話し合いは終わったし飯でも食おうぜ。」


「話し合いはどうだった?」


「ああ、勿論成功させてきたさ。村人たちは喜んで協力してくれるとよ。」


「さっすが!あなたに人を説得させると右に出る人は居ないわね!」


 事実、俺のスキル「交渉術」は目覚ましく成長している。いくらスキル「天才肌」があるとは言え、元々才能があったのだろうか。


 俺とアイリスは仲良くテーブルを囲んで晩飯を食うのであった。



残り寿命:9年123日5時間

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