素直クールで一途な幼馴染が今日も家にやってくる。

梅酒司

素直クールで一途な幼馴染が今日も家にやってくる。

 右手を握りしめる。

 どうすることもできない自分へのもどかしさ。

 思わず、手に力が籠められる。

「なぜだ」

 無慈悲にも俺の目の間にあるもの。

 それは、莉奈りなの綺麗な手だった。

 しかし、問題のなのはその五本の指を離し広げられていることだった。

 つまり、勝負の世界じゃんけんで俺の敗北を意味していた。


 ただのじゃんけんではない。

 勝った者が負けたものの言うこと一つ聞くというルールだった。


「ひーくんのことはなんでもお見通しだから」

 莉奈は二人きりのときのみ、幼い時の呼び名で俺のことを呼ぶ。

 前に理由を聞いたら「クラスの子がこの呼び方を使っちゃうかもしれないじゃない」とさも当然のように言っていた。

 学園では完璧キャラで通っているが、微妙にずれているところがあるのは俺しかしならない。


 ちょっとずれた完璧幼馴染が心を見通せる能力テレパシーまで得ていたとは。

「お見通しって……まじか」

「冗談よ」


 ***


 俺には仲の良い幼馴染がいた。

 幼馴染の名前は月ヶ瀬つきがせ莉奈りな

 小学校低学年ときに親の都合で俺が転校し、離れ離れになった。


 だが、進学に伴い両親から一人暮らしが許可され俺は生まれ育ったこの場所に戻ってきた。


 しかし、その条件がこの地域でも一位二位を争うほどレベルの高い学園への合格であった。

 莉奈に会いたい一心で勉強をしその条件をなんとかクリアしたのだ。


 そして、学園で莉奈と再会したのである。


 幼馴染の莉奈に再会することは少しばかり怖かった。

 思い出の中の幼馴染が変わっていることが怖かったのだ。

 だが、変化は誰にでも起こりうる。

 それは俺も同じだ。

 莉奈との別れを経験し、二度と後悔をしないため思ったことを伝えることをモットーに暮らしてきた。

 それは莉奈も同じだったのだ。

 自分の感情を素直に伝えてくるようになっていた。


 だが、それが素直すぎる。

 莉奈は子供のとき無口だったからか感情の変化が出にくい。

 所謂いわゆる、クール系というやつだ。

 それでいて、普通なら照れるようなことも真っ直ぐに伝えてくるのだ。


 それに加え、あの美貌だ。

 容姿端麗とはまさにあのことを言うのだろう。


 そんな莉奈がこうして俺の家に毎日やってくるのも、俺の母親が莉奈の母親に頼んでいたかららしい。


 男だけの一人暮らし。

 ワンルームのアパート。

 どうせ掃除もせず、ろくな食事もしないと見越した母親が、莉奈を監視役として毎日家に来るようお願いしているのだ。


 いま覚えば母親が提示した条件も莉奈と同じ学園にするためだったのだろう。


 ***

 放課後、いつものように俺の家には莉奈がやってきていた。


 そうして、家にやってきた莉奈は唐突にジャンケンをしようと言ってきたのである。


 莉奈は頭が良く、入学式には新入生代表挨拶をしたほどだ。

 だが、俺にのみときどきこういった不可解な言動をすることがある。

 話を聞けば莉奈なりの理由があるのだが、それに至るまでの経緯が長い。

 なので、俺はいつも深くは考えずにその話に付き合うのだ。


 そして、今日も理由はわからないが莉奈の話に乗るのだった。


「じゃあ、約束ね」

「……はい」


 ジャンケンに勝つという条件をつけてまで莉奈がなにをさせたかったのか。

 いったい俺はなにをされてしまうのか……。


 ……

 …………

 ………………


「読みにくくないのか」

「大丈夫よ」

「いや、読みにくいだろ」

「大丈夫よ」


 莉奈が俺に頼んだことは

「ひーくんの背中越しに本を読みたい」

 と、いう不可解なものだった。


 側から見れば二人羽織の練習をしていると思われる形だ。

 なので、莉奈の膨よかな胸が俺の背中に否応にも当たってくる。


 前に莉奈の胸のサイズってどれぐらいだろうと考えていたら「Eよ」と聞いてないのに教えてくれた。

 あの時も思ったが、本当に心を見通せる能力テレパシーでもあるのでないか。


 思い出すべき情報ではないのも思い出してしまった。

 余計に意識してしまう。

 しかし、一度意識してしまうと莉奈のEサイズを意識してしまう。


 現状、俺はこの生殺しの状況を耐え抜くため鉄の意思を持つしかなかった。


「さっきからページが一向に進んでないみたいだが」

「私、このシーン好きなのよ」


 なんとか俺の中のぐそくが暴走する前に辞めさせなければと思ったが玉砕しっぱい


「莉奈、なにがしたいんだ?」


 仕方なく、直接聞く手段に出る。


「ひーくん、質問してもいいかしら」


 だが、質問に質問で返してくる莉奈。

 これは長くなるやつだなと直感で理解し、鉄の意思をより強固なものにするのだった。


「男の子って女性の胸が好きなのよね」

「嫌いなやつはいないと思うぞ」

「ひーくんも好きなの?」

「まあな」

「私以外の女性の胸も好きなの?」


「……」


「私以外の女性の胸も好きなの?」

 莉奈は同じ質問を二回するときがある。

 それは逃れられない質問のときだ、はぐらかしたり適当な答えをすると機嫌が悪くなる。

 莉奈は思ったことを口に出すタイプなので不機嫌になると非常に大変だ。


「好きだな……でも、莉奈のが一番好きだ」

「そう」


 柔らかい感触がより強く当てられた気がした。

 漫画だったら「むにゅ」と効果音が描かれているだろう。


「ひーくんは他の女性の胸でも興奮するの?」

「まあ、それなりには」

 なぜ今日はこんなにも回答しにくい質問ばかりしてくるんだ。

 しかし、莉奈のこの体勢と質問内容からして胸が関係しているのは明白だろう。

「私がこうやって押し付けてるのに興奮しないのはなぜ?」

 やはり意図的に押し付けていたのか。

「……してないわけではないぞ」

「そう、……よかったわ」


 さて、根本的な理由が謎だ。

 わからない場合は聞くしかない。

 莉奈は照れたり隠したりを俺にしないので聞けば答えてくれる。

「なんでそんなことしだしたんだ?」

「ひーくんの欲望を全部私に吐き出させたいからよ」

 まあ、理解できるかは別問題ではあるが。


「莉奈、最近何かあったのか?」

「何かって?」

「そんなことをお前がするなんて何かあったとしか思えなくて」

「そう」

 さすがの莉奈も意味もなく俺に色仕掛けをしないはずだ。

 無意識にやっていることはあるが……。


「今日、友達と話をしたのよ」

「話?」

「彼氏の部屋に行ってエロ本やその類を見つけたらどうするって話を」


「そうか」

 またあの友達か。

 莉奈はともかく、莉奈の友達あの子であればそんなことを言いそうではある。

 その理由も莉奈の恥ずかしがる姿を見たいだけなのだろうが。


 だが、それでなぜ俺に胸を押し付けてくるのかがわからない。

「莉奈がもしエロ本を見つけたらどうするんだ?」


「ひーくんは持っているの?」


 さて、地雷を踏んだようだ。

 まさか、こんな場所に埋めているとは……。

 地雷好きな逸話を持つ砂漠の狐も顔負けだ。


 完全に油断していた。

 ここで下手な嘘をついてバレるのは最悪の展開だ。


「……持っていると思うか?」


 灰色の脳細胞を活性化させた結果の回答。

「疑問文には疑問文で答えろと教わったのか」と誰かに怒られそうだ。

 だが、そんなことを気にすれば爆死するのは俺のほうだ。

 ここは莉奈の判断に任せるしかない。


「そうね、ひーくんのことはなんでもお見通しだから」


 どう取ればいいんだ、その回答は!


「私考えたの。エロ本を持たせないためにも、彼女が普段から彼氏の性欲を発散させておく必要があるって」


 なるほど、だから胸を押し付けてきて俺を欲情させようと。


「それは極論じゃないのか」

「そうかしら?」

「彼氏も彼女のことを大切にしたいからこそ、気軽にそういうことをするわけにいかないんじゃないか?」

「そう……なのかしら」


「付き合ってるからってそういうことばかりするってのも違うと思うぞ」


 よく言えた。俺。


 もしこれで流されれば、俺はそういった関係ばかりを求める最低な男に成り下がるところだった。

 男は皆そういうのを求めているのは確かだ。

 だが、女の多くはそれだけを求めているわけではないはずだ。

 まさに、一般的な回答!

 これで、もしこの話を友達にされても俺が最低野郎くずと言われることはないはずだ!


「でも、ひーくんは最近してくれないじゃない?」


 だが、そんな取り繕った回答を莉奈は意図もたやすく崩してくるのだった。

 それはいままで俺がなんとか持ち堪えていた鉄の意思が壊れる瞬間でもあった。


 ……

 …………

 ………………


「莉奈、本当に送っていかないで大丈夫か?」

「大丈夫よ。家だって近いんだし」

「いや、それもそうだが……」

「体のこと心配してくれてるの?」

「そりゃあ、俺が原因みたいなものだし」

「心配してくれるなら最初から手加減してくれればいいのに」

「すいません」

「冗談よ」

 気がつけば時計の短針は真下を通り過ぎていた。

 辺りも暗くなりつつあった。

 この時間であれば、莉奈の家までの道は人通りもあるので大丈夫だ。


「それじゃ」

「おう」


 アパートの階段を降りる所まで見送る。

 あの様子なら大丈夫か。

 莉奈は普段から表情が変わりにくい、だからこそ調子が悪い時はなんとなくわかる。


 階段を降りる音が止む。


 戻ってくる気配は……………………ない。


「よし」

 莉奈が帰宅したのを見送り、早る気持ちを抑え部屋に戻る。


 引き出しの奥にある箱を取り出す。

 蓋を開ければ出てくるのは家電の取扱説明書。

 だが、それも表向き。

 箱を二重底にしており、そこにをしまっているのだ。


「さて、どうするか」


 俺は部屋に隠していた宝の山エロ本らを発掘しその行方を考える。


「これを捨てるわけには」


 目の前はいくつもの本やDVDの数々。

 一人暮らしをしてから集まった物だ。

 数は多くないが選ばれた精鋭達。


 そのほとんどが、なんとなく莉奈っぽさのある女性がパッケージに描かれている物。

 これは莉奈にバレるわけにはいかない。下手なエロ物品より生々しい。

 莉奈にはまだバレていない様子だったが、バレるのは時間の問題だろう。


「思い切って捨てるか……いや、だが」


 悩んだ結果。


 俺は箱に再度しまうことにした。


「問題の先送りだよな」


 いままで何度もやったこの動作をしていることを自覚しながらポツリと呟くのだった。

 そして俺は、宝の山エロ本らに再び蓋をするのだった。






 むにっ。





 その瞬間、背中に柔らかい感触が押し付けられた。

 数時間前、俺の煩悩を刺激し続けた感触。







「ねぇ、ひーくん」






 そして、すでにこの部屋にはいないはずの人の声が耳元で聞こえた。


 ありえない。

 帰ったのを確認したはずだ。

 なのになぜ。


 だが、そんなことはどうでもよい。

 まだバレたとは限らない。

 いまはただ冷静を装い、返事をするべきだ。


「莉奈………………………………どうしたんだ?」


 滴りそうになる汗を抑える。


「……」


 莉奈は答えない。


 沈黙。


 その沈黙に耐えられなくなったのは俺だった。


「えっと、莉奈……もしかして忘れ物かなにかか?」


「……そうだ、忘れてたことがあったんだ」


 俺の宝の山エロ本らは見られていないはずだ。

 蓋をしてから莉奈が部屋に入ってきた可能性が残っている。


 莉奈は忘れ物を取りに来ただけ。

 忘れ物を持たせ、また別れればいいだけだ。

 いつものように「またね」と。

「またね」で別れて「おはよう」で再会する。

 それが、二人の中での暗黙のルールだ。


「……なんだ?」


「質問し忘れたんだけど、もし彼氏がエロ本を持ってたとして、それに出てくる異性が自分に似ていたらどう反応するのが一番いいのかしら」


 ……

 …………

 ………………


  その後、どういった理由これらが残ったか、捨てる意思があったかなど事細かに質問をされるという拷問を受けた。


 そして、宝の山が莉奈のもとに集められ

「一時預かりなので必要になったら言って。その時、用途も必ずね。持ってくるから」

 と、実質の没収宣告をされたのだった。


 最後にこれらを俺が持っていることを知っていたか聞いてみたが、

「ひーくんのことはなんでもお見通しだから」

 と、一言だけ返事をされただけだった。

 そして、俺は今後莉奈に隠しごとはしないよう心に誓うのだった。

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