第8話人間香炉マサヒコ
「マサヒコよ、お前は死者に詫びる気はあるか、菩提を弔う気はあるか?」
ガイルは問うた。
ガイルの鋭い玉鋼の如き視線が、マサヒコの心の臓を突き刺す。
「ありますっ、ですからどうか命だけはっ」
「ならば……」
一瞬にして、丹田に気を溜めたガイルが、二つの拳を振り上げる。
そのままマサヒコ目掛けて、ガイルは自らの拳を鉄槌のように何度も打ち付けていった。
「あたたたたたたっ!!」
そうしている内にマサヒコの身体が歪み、縮んでいくと、徐々に香炉へと変貌していくではないか。
「これぞ天工冥帝拳が技の一つ<人間香炉(にんげんこうろ)>なり。マサヒコよ、お前は今日より香炉として生まれ変わり、これまでに殺していった者たちの魂を慰めるが良い」
緑地色の丸みを帯びた香炉となったマサヒコをガイルが拾い上げる。
「おおっ、これは何とも見事な香炉でござんすねっ」
最初に食いついたのは、イービルロードだった。
このイービルロード、実は数寄者の気があった。
なので、この手の品物には目がない。
生前は茶器を集め、アンデットになったあとは、香炉と線香を好んで集めていたが、どうやらガイルの造った元マサヒコの香炉に惹かれたらしい。
「気に入ったならばくれてやる」
「へへ、こいつはありがとさんにござんす」
恭(うやうや)しく香炉を受け取ったイービルロードが、大口を開けて香炉を呑み込む。
「人間が香炉になっちゃった」
連日続くカルチャーショックに慣れてきたレムが、イービルロードに呑み込まれるかつてのマサヒコだった香炉を眺める。
それから三人は孤児院に囚われていた娘達を助け出し、宿場町に帰してやると、街道を渡り、東の王都を目指した。
ちなみにイービルロードの腹の中にいる香炉になったマサヒコが、殺してくれと泣きながら懇願していたが、それは一行にはどうでもいいことだった。
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ガイル一行が王都<ブルードリーム>に到着したのは、今から三日ほど前のことだ。
流石に王都だけあって活気がある。
活気があれば、人が集まり、人が集まれば、それだけ物流も増える。
となれば、必要な素材も手に入れやすくなるはずだ。
もっとも、その素材も手に入れるにも金が必要になるが。
だが、王都であれば商売もし易いだろう。
人が集まる場所とは、それだけ売り手と買い手もいるということだからだ。
そうと決まれば話は早いと、ガイルはいくつかの剣やナイフ、短槍などを地面に敷いたゴザの上に並べた。
「お客さんが来ると良いですね。ガイルさん」
傍らにいたレムが、ガイルにそう声を掛ける。
「うむ」
露天市場の片隅に座り、ガイルはレムの言葉に頷いた。
「さあ、さあ、新鮮な果物が安いよっ、安いよっ」
「鋳物っ、鋳物はどうかねっ」
「薬っ、薬はいかんかねっ」
市場に集まった行商人や露店商人達が、大勢の行き交う通行人たちに向かって威勢よく声を掛けている。
そんな中にあって、ガイルは特に客に声をかけることもせず、ただ、黙って胡坐をかいて座っていた。
「ガイルさん、それじゃあ売れないんじゃないんですか?」
「いや、これで良い。俺の武具をロクに使えもせん奴に売りつけるつもりは毛頭ないゆえな」
「でも、それだと儲からないんじゃないんですか。商売が下手なんですね、ガイルさんって」
「下手で結構。俺は商売人ではない。あくまでも鍛冶師だ」
「ふうん、私だったら売れるなら、どんどん売っちゃうんだけどな・・・・・・所でガイルさん、私に似合う武器ってこの中にありますか」
「ない」
レムに対し、きっぱりと告げるガイル。
即答だった。
「ええ・・・・・・」
「お前の腕では、まだまともに扱えぬ代物ばかりだ。どうしても欲しいというのであれば、お前に合う武器を鍛えてやるから、しばし待っておれ」
「え、でも、イービルロードには妖剣を渡したりしてましたよね?」
「うむ。あのイービルロード、俺の前では三下の真似をしておるが、かなりの強者(つわもの)よ。人間だった頃は、さぞや名のある武芸者だったに違いあるまい」
「へえ、あんなアンデットが・・・・・・人は、もとい、魔物は見かけによらないって奴ですかね」
「うむ。そういうことだ」
それから二人は、しばしの間、雑踏とした人混みを黙って眺めた。
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一方その頃、イービルロードは、王都の近くにあるダンジョン内を目的もなくうろついていた。
本当に何の目的もなかった。
しいて言えば、ただの気まぐれだ。
だが、少しばかりダンジョンをさまよっている内に、少しばかり何か探してみるかと思うようになっていった。
「そうだなあ・・・・・・線香でも探してみるか。運が良ければ見つかるかもしれねえしな。なあ、マサヒコ」
イービルロードがマサヒコにいう。
するとマサヒコが、カタカタと震えて返事をした。
石造りの壁に囲まれた小さな部屋を出て、左右に付柱の並んだ回廊を渡るイービルロード、途中で何度かモンスターに遭遇したが、相手のほうが怯えて逃げ出していった。
だが、これは仕方がないだろう。
イービルロードと言えば、魔物の中でもかなりの大物だからだ。
そしてモンスターは、比較的、人間よりも強者を見抜く術に長けている。
だから自分より圧倒的に強い者を前にすれば、モンスターはすぐに退散するか、抵抗せずに従う。
それこそ、ガイルを前にしたイービルロードのように。
「次はあっちに行ってみるか」
そういうと、イービルロードは更に迷宮の奥へと進んでいった。
強すぎるシャーマンプリースト、嫉妬した勇者にギルドを追放されたので鍛冶屋になる @yuyuyu3
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