第7話地下の獄にて
「まあ、待て。その者を殺してはならん」
小用を済ませてから戻ってきたガイルが、マサヒコに銃口を突きつけるイービルロードに、そう声を掛けた。
「こいつは旦那、もうお戻りで」
ガイルに言われ、イービルロードが素直にショットガンをマサヒコの頭部からはずしてやる。
その時、マサヒコは思った。
(やりい、こいつはとんだゲロ甘ヤローが現れやがったぜェ、ゼニガタのとっつぁんよォ)
口元を歪め、生き残る運命を確信するマサヒコ、そう、クズはやはりクズなのだ。
「話は宿場の者から聞き及んだ。貴様の孤児院に囚われている娘たちを今すぐ解放しろ」
「は、はいっ、勿論ですともっ」
ガイルに米突きバッタの如く、ペコペコと頭を下げながら、ゴマをするマサヒコ、典型的な小悪党気質がにじみ出ている。
いや、むしろここまで卑屈になれるのは、ある意味ではあっぱれと言えるだろう。
「では、貴様の孤児院に今すぐ案内しろ」
イービルロードがマサヒコの尻を蹴り飛ばして怒鳴る。
「おう、旦那の命令だっ、あくしろよっ」
「す、すぐにご案内しますっ」
「あっ、待ってっ、あたしも連れて行ってよっ」
遅れてやってきたレムが、慌ててふたりに言う。
「なんだ、小娘、こいつは遊びじゃねえんだぞ」
イービルロードがそんなレムに対し、嫌悪するように睨む。
それから八つ当たりでもするように、イービルロードはマサヒコの股間を蹴り上げた。
恐ろしく精妙な蹴りだ。
マサヒコのタマに直撃するイービルロードのつま先──ひと拍子置いて、けたたましい叫びが天高く轟いた。
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孤児院(しょうじょぼくじょう)の建物内には、怨念が渦巻いていた。
この孤児院で惨たらしく殺されていった、幼い少女達の悲痛に染まった怨念だ。
それが瘴気となって、建物内の至る所に漂っている。
通路の天井から現れた無数の目玉が四人を見下ろし、そうかと思えば部屋のドアの隙間から、ゴーストの少女が顔を覗かせている。
虫や爬虫類のような姿をした小さな妖魔が、暗がりの瘴気溜まりから這いずり出てきては、再び暗がりの中に姿を消していった。
「貴様、これまでどれだけの娘を殺してきたのだ?」
「い、いやあ、それほどまでは……」
ガイルに睨まれ、視線を泳がせるマサヒコ。
「旦那、ざっと三千人は殺してますぜ、こいつ」
と、イービルロードが告げる。
「とんでもないド変態ってわけね。ねえ、ガイルさん、この変態、イービルロードに食べさせちゃいましょうよ」
「いや、それは駄目だ。この外道には、まだやって貰うことがあるのでな」
「つまり、用済みになったらこの馬鹿を食ってもいいってことですかい?」
イービルロードが舌なめずりをしながら、ガイルに尋ねる。
「まあ、考えておこう」
「ど、どうか、い、命だけはっ」
「そうならとっとと歩け」
そういうと、命乞いをするマサヒコの襟首を掴んだガイルが、引っ立てるように目的の場所へと引きずっていく。
場所は孤児院の地下にある牢獄だった。
回廊を通り過ぎた一行が、地下へと続く石造りの螺旋階段を降りていく。
壁に松明を掲げただけの薄暗い階段だ。
階段を下りてからすぐ目の前には、鋼鉄製の扉があった。
ガイルが無造作に扉を蹴破ると、内部に足を踏み入れる。
そこに広がっていたのは・・・・・・地獄の光景だった。
むせ返るような腐った血と臓物の臭気、牢獄に囚われ、あるいは天井から伸びたフックに吊るされた少女たちの姿。
「な、何よ・・・・・・これ・・・・・・」
口元を押さえ、レムが肩を震わせる。
ゾンビやスケルトンは何度も見てきたし、アンデットや死体の臭気も慣れているはずだった。
だが、これは全くの別物だ。
戦やダンジョンで殺された遺体でも魔物でもない。
ただ、下劣な欲望の慰みによって、嬲り殺しにされた者たちの亡骸なのだ。
あまりにも凄惨な光景にレムは怖気を感じた。
生きたまま腹を裂かれ、抜き取られた内臓をバケツに放り捨てられた少女の亡骸──荒縄で首を絞めつけられて絶命した者、こん棒で殴り殺された者、
串刺しにされた者、水責めで溺死した者、刃物で全身を膾(なます)切りにされた者、石板を乗せられて圧死した者・・・・・・実に様々だ。
壁に立てかけられた拷問器具、一体どれだけの娘達がマサヒコの犠牲になったのか。
「まさに悪魔の所業だな。ねえ、旦那。この玩具を一つずつ、こいつの身体で試してみるってのはどうですか。どんな反応するか、見物ですぜ」
梨の形状をした鉄製の拷問具を壁から剥ぎ取ったイービルロードが、マサヒコのほうへと視線を向けながらガイルに聞く。
「ふむ、それは中々面白そうだな」
冷たい瞳を浮かべ、ガイルがマサヒコを見下ろす。
背中に氷を押し付けられたかのような悪寒を覚え、マサヒコは全身を震わせた。
「ゆ、許してくださいっ、僕は病気なんですっ、この世界に転移する前はクラスメイトから酷いいじめを受けていて、それが僕の心を歪ませたんですっ」
黒い血の滲む石床に這いつくばり、小便を漏らしながらマサヒコが泣き叫ぶ。
そんなマサヒコをガイルはただ、黙って見下ろし続けた。
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