最終話「新たな旅へ」
「そっちへ行ったぞ! 逃がすなっ」
霧が立ち込める静かな首都に、響き渡る声と追手の足音――後方から迫る無数の足音と気配から逃れ、私とライルは通りを
暗がりに身をひそめ、息を殺す。
すぐ目の前の通りを数人の魔法士達が
「行ったみたいだね」
「あぁ。ルディ、怪我してないか?」
ライルは少し屈んで私の顔を覗き込み、頬や腕に触れる。その気遣いが照れくさくなって、視線を泳がせた。
「大丈夫。それより、ライルの方が怪我してる」
見ると、右腕にかすり傷がある。追手の魔法士が攻撃をしてきた際、それが腕を
「このくらい平気だ」
「いいから、じっとしててね」
傷に手を翳し、そっと目を閉じた。青白い光が傷口へ降り注ぎ、やがて肌に刻まれた傷も跡形なく消えた。
一緒にいる以上は少しでも役に立ちたくて、私はゼニスから治癒魔術を学んでいた。今の今まで、ずっと魔術は使えないものだと思っていたけれど、ゼニスに術を教わる内に意外にも適性があることがわかった。
攻撃的な魔術は全く扱えないけれど、治癒に関する術は向いていたらしい。軽い傷なら治せる程度にはなっていた。
「はい、これで大丈夫」
「ありがとう。助かったよ」
「どういたしまし、んっ!」
突然壁に押し付けられ、ライルは私にキスを仕掛ける。あまりに突然だったこと、全てを奪うような強引さに、一瞬、その甘さに呑まれそうになった。
「ちょっと! こんな時になにしてるのよっ」
「いや、こんな時だからこそだと思って。元気出るだろう?」
抵抗も空しく、再び唇が重なる。互いに想いを伝え合ってからというもの、ライルはこういった面でも強引になった。最近では、どんな状況であっても、隙あらば仕掛けてくるから困る。
「ぐずぐずしてたら、エルディアの魔法士達が戻ってきちゃうじゃないっ」
「あぁ、はいはい」
中断させられたのが気に食わなかったのか。ライルはムッとした顔で通りを見やる。
「この町も、そろそろ
「そうだね。この町で捕われていた魔法士ジェイクも無事に逃がせたし」
セントアデルを離れて半年――私とライルは南の小国【アルマンダイン】にある、白霧の都ノノにいた。 各地を転々としながら情報を集め、ジェイク・ドールヴィーという魔法士が領主に恋人を奪われた挙句、無実の罪で刻印を刻まれたことをつきとめた。
命が尽きるギリギリのところで彼を助け出し、エルグさんの力で刻印は消滅。恋人を奪い返して国から逃がす事もできた。もちろん、彼らも私達と同じように逃亡者となったけれど、命が奪われるよりはマシだと言ってくれた。
彼らを助けたのは、今から1ヶ月ほど前。
今もこの町に身を置いているのは、隠れるにはうってつけだったから。年中、町には濃い霧が立ち込めるため、追手から身を隠すにも都合がよかった。だが、それもここまで。エルディアの魔法士達はここにいることを知ってしまった。
「そろそろ、次の町へ移動するか」
「そうだね。エルグさんにも連絡しなきゃ」
「あぁ。隠れ家を見つけられる前に動かないとな」
ライルはポケットから小さな紙切れを取り出した。
フウッと息を吹きかけると、紙は一匹の蝶になる。蝶はふわりと舞い上がり、空へ飛んでいった。
「あいつが隠れ家に居るエルグに、俺達の居場所を知らせてくれる。俺達はこのまま町を出よう」
私の肩を抱き寄せ、ライルはそのまま路地を奥へと走る。
なんだか、こうして走っているこの状況。ダルクでファローに襲われ、ライルが助けてくれた時とよく似ていた。あの時のことが遠い昔のようで、懐かしいとさえ思えた。
「ねぇ、ライル。次はどこへ行くの?」
「東の大国【グランダイト】だ。あの国は階級やら差別がエルディアより酷い。調べればごろごろ出てくるはずだ」
そう話しながら、スッと手を前に突き出す。指先で四角を描けば、正面に
「向こうに着いたら、次の隠れ家を探そう。エルグが合流する前に、2人きりの時間が欲しいからな」
羞恥にかられる私を余所に、ライルはニッと不敵な笑みを浮かべた。こういう顔をする時は、私の抵抗を押し切ろうと企んでいる時だ。
「ルディ」
「な、何?」
「覚悟しておけよ」
その先に待つ新たな旅に、少しの不安と大きな期待を抱きながら、私とライルは
◆◆◆◆ FIN ◆◆◆◆
サロの禁書と咎の魔法士~指名手配中の幼馴染のせいで逃亡生活に巻き込まれました~ 野口祐加 @ryo_matsuba
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