【25】遠回り(2)
「本当、手がかかるよ。僕がここまでしないと動かないんだから」
「えっ……? ゼニス、どういうこと?」
「それは、本人に直接聞いてよ」
やれやれ、と、
「それじゃあ、後はよろしくね」
外へ出て行くゼニスと入れ代り、
私はとっさに背を向けていた。気まずいやら腹立たしいやら。感情が複雑に混ざり合って、どんな態度をとればいいのかわからない。まともに顔を見ることすらできなかった。いっそのこと、私が部屋を出て行きたいくらい。
あたふたしている内に、足音が背後から近づいてくる。
コツ、コツ、コツ。
一歩ずつゆっくりと、確実に距離を詰めてくる。
「……何しに来たの?」
沈黙が気まずくて、取りあえず
気になったら負け。反面、見てはいけないと思えば思うほど気になるもの。ついちらりと横目で見てしまった。すると、ちょうどライルもこちらを見たところで、偶然にも目が合ってしまった。
ライルは苛立った様子で小さく息を吐き、気まずそうに頭をかく。その度に、
「……“一生帰って来るな”は、なかなか効いた」
「それを言うなら“足手
言いたいことを言って、どちらからともなく目を合わせた。
不意に逸れたかと思うと、ライルは上着のポケットから
「我ガ名ニオイテ、汝ヲ守ル盾トナレ」
空気がピリリと震え、手首へと収束したのがわかった。そのとたん、
「えっ! やだっ、どうしてまたっ。ライル、どうなってるの!」
「どうもこうも……もともと、これは俺がかけた術だ。暴発でも予想外の事態でもない。俺が仕込んだんだ」
「……っ!」
強引で、荒っぽくて、己の存在を刻みつけるかのようなその行動に、何も考えられなくなる。立っていることすらできない。足の力が抜けてフラつく私を抱き留め、ライルもその場に座り込んだ。
ライルの鼓動を間近に聞いて、それに呼応するように私の鼓動も跳ね上がる。
「
「半分……?」
「万が一、
自信がなさそうに笑うライルは初めて見た。もしかしたら、それが本当のライルの姿なのかもしれない。我がままでも、強情でも、天邪鬼でもない。自分を守るための仮面もつけていない、本当のライルのような気がした。
「逃亡してる間に、ルディが他の男に
腕を解き、ライルはまった
どうすればいいのかわからない。そんな戸惑う声が聞こえそうな、どこか甘えの混じる目に、抱き締めてしまいたいという衝動に駆られた。
「何度お見合いしても、
「効果は抜群だったみたいだな。おかげで、ルディを取られずに済んだ」
真っ直ぐに見つめられて恥ずかしくなって、あからさまに視線を
いつもなら嫌味の一つでも言うのに、こんな時ばかり真剣な顔をするのは
「でも、どうしてゼニスはいいの? だって、さっきゼニスは……」
キスをしようとしていた――幼馴染だから言い寄らないと信用して、
「あぁ、さっきのか。あれはゼニスの演技だ。素直じゃない俺と、ルディの背中を押してくれたんだよ」
ライルはククッと、おかしそうに喉を鳴らした。
「え、演技?」
「あいつ、子供の頃からレイディアのことが好きだからな。ルディのことは、大切な幼馴染としか見てない」
「えっ!」
知らなかった。そんな素振り、一度だって見せたことはない。
ふと、脳裏を過ったのはゼニスの隊服姿。エルディアを出て、次に仕える先に選んだのはセントアデル。無数に存在する国の中から、あえてセントアデルを選んだのはなぜか。それもレイディアが仕えている国だからと考えれば説明がつく。
まさか、ゼニスがレイディアを想っていたなんて。ずっと家族の様に傍にいたのに気づけなかったのが、少しだけ寂しかった。
「なんなのよ、皆で私を
「あぁ、言葉一つで外れる。最初から、外す方法なんて知ってたよ。ただ、はまっていた方が俺には都合がよかったからな」
少しくらい申し訳なさそうにしてもいいのに、ライルは悪びれる様子もなく、むしろ
「4年前、これを預けた時に決めてた。必ず、ルディを迎えに行くって。だから……かけた術が暴発して
再び、ライルは私を強く抱き寄せる。まるで、大切にしていたぬいぐるみを抱き寄せる子供みたいに。甘く、優しく、温かい雰囲気に呑まれていく感覚が心地よかった。
「ごめん……足手纏いなんかじゃない。本当は、ずっと傍に居て欲しい。もう、これ以上離れるのはごめんだ。でも、ルディを危険な目に
「……本当、勝手だよね」
そう、本当に勝手すぎる。私の気持ちも知らないで。
行き場を失っていた腕を、そっとライルの背中へ回す。もう
「私、小さい頃からライルが嫌いだった。自分勝手だし、強引だし、すぐ問題に巻き込むし。嫌いだって思ってたのは、それが理由だと思ってた。でも、違ったの」
「違う?」
「心配させたくないからって
背中に回した手に、無意識の内に力がこもった。
「4年前も、今もそう。ライルが私を置いて行くこと、わかってた。だから嫌いだった。大嫌いだった……」
愛情の反対は無関心。本当に嫌いなら関心など抱かない。私が嫌いだと言いながらもライルのことを気にしていたのは、心の底から好きだったから。それが全ての答え。
嫌いだと口にする度に、ライルを好きになってしまっていたのだと、今ならはっきりと言える。嫌でも思い知らされた。
「ルディ、俺……」
その時、まるで地を引き裂くような雷が鳴り響いた。
私とライルは反射的に振り返る。ほんの少し前まで雲一つない晴天だったのに、いつのまにか雨雲が空に広がって、夕立が降り始めていた。
ゴロゴロと
「ライル、今の聞いた? 凄い音」
「そういえば……ルディって、小さい頃から雷好きだったよな。まだ好きだったのか?」
「もちろん。夜に鳴ってる時は、部屋の明かりを消してじっと見たりするよ」
「変な奴だな」
呆れたように噴出して、ライルは激しさを増した雨をただじっと見つめていた。
ゴロゴロッと鳴る度にライルは「うおっ」と情けない声を上げる。
変じゃない、そう強く言い返して顔を上げると、ライルはじっとこちらを見つめていた。その瞳があまりにも真っ直ぐだったせいか、目を逸らすことができなくなった。
「ライル……私、ライルと一緒に居たい。迷惑かけないように、自分の身は自分で守るから」
「迷惑じゃねぇよ。つーか、シスターのところに帰して、今なにしてるのか、他の男に言い寄られてないかって心配する方が嫌だし、迷惑だ」
自分で言っておいて、その光景でも想像したのだろう。とたんに不愉快そうな顰めっ面になって、戸惑った顔で私の頬に触れた。
「もう迷わない。ルディは一生俺が連れまわす。手放すつもりはないから覚悟しろよ」
「ライル、私ね。ずっと好――」
その先を
「ルディ、好きだ」
重ねられた唇が全てを食らい、奪って行く。
もしかしたら、速くなった私の鼓動がライルに聞こえるかもしれない。もう少しだけ夕立と雷が止まないように、心の中で密かに祈った。
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