第三章 冴えない推しキャラをマネジメント! 第一話

 義勇軍は無事に暗殺師団を退け、チェバ城制圧に成功した。そのしらせを受け、後方えん部隊であるシイナたちも、数日後にはチェバ城に入城を果たしたのだが、シイナは単純に勝利を喜んでいたわけではない。

 戦いを終えたフォルテから、

「二代目の暗殺師団長──、ヴァルドロイが仲間になってくれたよ。シイナの読み通り、話したら理解してくれたんだ」

 といううれしい報告を受けたのだ。

 フォルテによると、ヴァルドロイはチェバ城の守備を引き受けてくれており、しばらくは仲間たちの元には顔を出さないかも……、ということだった。

 ヴァルド様がいる! 大好きなヴァルド様に、もうすぐ会える!

 最愛のキャラクターに会えると思うと、胸の高鳴りが一向にまない。しかし、その一方で不安もあった。その理由は、義勇軍に同行しているエルバニアの聖騎士団員の一人が、商人隊が管理している武器・防具倉庫に、ヴァルドロイの装備品を預けにやって来たためである。

「すいませーん。しばらく使わない装備なので、預かってもらえますかー?」

 聖騎士団員の間延びした言葉に、シイナはむしふるえ上がった。

「こ、これは、二軍落ちフラグ!」

 シイナは、認めたくなかったが、ゲームを何周もプレイしてきたファンとして、彼の置かれているじようきようを想像せざるを得なかった。

 ヴァルドロイは、ゲームでは、シュヴァリエ王国暗殺師団からがえって加入する、【魔剣】という異名を持つ魔法剣士だ。寝返り兵というりよく的な設定もさることながら、褪せた赤色の長髪を背中に垂らし、眼光をより鋭く見せる眼鏡が、最高にクールだ。シイナは、いつだってスタメンとして使ってきた。

 ただ、それはシイナの場合であって、世間いつぱんでは、ヴァルドロイの使用率はとても低かったのだ。

 その理由は、二つある。一つ目は、加入時期がおそいこと。二十章の時点では、すでにお気に入りのスタメンキャラがいることが多いのだ。

 二つ目は、彼の初期職業である魔法剣士が、敬遠されがちということだ。魔法剣士は、剣術・魔法・治癒術の三種類をも使うことができる反面、どれもちゆうはんりよくとどまるのだ。ステータスもとがった部分がなく、器用びんぼうになりやすい。

 そんな悲しみを背負ったヴァルドロイは、ファンの間では【ゲーティアアーマーさん】と呼ばれている。理由は、彼がレア防具であるゲーティアアーマーを装備して加入するからである。

 しかし、加入するやいなや、彼は身ぐるみをがされ、防具はスタメンにわたるパターンが非常に多いのだ。ネットの交流サイトなんかでは、「【ゲーティアアーマーさん】からのプレゼントに感謝!」などというコメントは、日常はんであり、【魔剣】の異名がごうきゆうしてしまう……と、シイナはいつもなげいていた。

 その事態が、今、起こっている。

 この異世界では何としても、彼に活躍してほしいというシイナの願いもむなしく、ヴァルドロイのゲーティアアーマーは、目の前に来てしまっている。

「やっぱりがされてるし! ほかの装備も全部あるし!」

「さっきから独り言ばっかり、どうした。そのレア装備が気になんのか?」

 商人隊で使うことになった大部屋の真ん中でさわいでいたシイナに、モンドが話しかけてきた。マートンとキャンディもそれぞれの作業場から顔を出している。

「あ、ごめん。うるさくて」

「ずっとソワソワして何なのさ。仕事に差しつかえるくらいなら、けてもいいからさ」

「で、でも、公私混同はよくないから! 就業時間は守るよ、私は」

「もう、お昼休み……。ボクもきゆうけいするから、シイナもお休みして……」

 実際は、昼休みには少しだけ早かったのだが、シイナは有りがたく、どうりようたちのづかいに甘えることにした。

 早く、会いたい。

 その一心で、シイナはチェバ城外をけ抜けた。しかしちゆうで、ヴァルドロイが城のどこを守っているのかを、フォルテから聞くのを忘れていたことに気がつき、とにかく、城の入り口を片っぱしから回るしかないという結論に至った。

「はぁ、はぁ……。し、しんどい。事務員には、ハード、過ぎる……!」

 さすがは城というだけあり、北から東、東から南へと移動するだけで、シイナはフラフラになっていた。広いうえに、足場もごつごつとした石が多く、ぺたんこパンプスでは走りにくいのだ。

 シイナはごろの運動不足をのろいながらも、同時にしキャラに会えるというドキドキ感ときんちようかんに胸をおどらせ、城の角を曲がった。

 すると勢いよく、ドンッと、背の高い男性にぶつかってしまった。

「わっ! ごめんなさい!」

 シイナは男性にき留められ、ギリギリのところで転ばずに済んだ。そして、視界いっぱいに広がっていたのは、レア装備ゲーティアアーマーだ。

「ヴァ、ヴァル……」

「シイナ君、そんなにあわててどうしたのだ。気をつけたまえ」

 低音のいい声が頭上から降ってきた。シイナが見上げると、声の主は金髪にあおひとみやさおとこ──、せいランスロットで、ヴァルドロイではなかった。

 少女まんでは、曲がり角でしようとつする相手は、意中の男性であるのが鉄板なのに……、とシイナは思わずがっかりしてしまった。ランスロットにはたいへん申し訳ないが、たんせいなイケメンは、シイナの好みではないのだ。

「えっと……。ヴァルドロイをさがしてて」

「ヴァルドロイか。彼ならさきほど、西門で見かけたよ」

「西ね! 教えてくれてありがとう、ランスロット!」

 シイナはランスロットに礼を言い、その場を去ろうとした。だが同時に、「待てよ?」と、気付いてしまった。

「ランスロット、今装備してるのって……」

「これか? ゲーティアアーマーといって、とてもめずらしい品だ。じゆじゆつダメージを半減する効果があるそうで、先程倉庫で見つけたのだよ」

 それは知っている。親切に説明してくれるランスロットに罪はない。だがシイナはさけびたかった。

 それは、ヴァルド様のやつ!


    ◇◇◇


 シイナが走って西門へ向かうと、一人の男性が、じようへきにもたれるようにして立っていた。せた赤いかみをした、眼鏡めがねの男性。シイナのはつこい、最愛のキャラクターが、リアルに目の前にいるのだ。ちがうはずがなかった。

「ヴァ、ヴァ、ヴァルド様っ!」

 シイナは、生ヴァルドロイのかい力にあつとうされた。想像していたよりも、長身に見える。髪は少しグラデーションがかかっていて美しい。グリーンの目は、目付きが悪いが、そこがいい。総合すると、非常にかっこいい。そのためシイナは、喜びときんちようで震えが止まらず、カクンと足がへたってしまった。

「いたた……! あの、えっと、こんにちは……」

 シイナは生まれたての鹿じかのような足取りで立ち上がると、ヴァルドロイに声をけた。

だれかは知らないが、俺に様付けなどするな。ヴァルドとも呼ぶな」

 あぁぁぁっ! かっこいい!

 ヴァルドロイの声に、シイナはこれまたシビれた。意識が飛んでしまいそうだ。

 しかし、そんなシイナを見て、ヴァルドロイはいぶかしげな表情をかべている。初対面なのだから、当然だろう。引かれてしまった、気持ち悪いと思われたのではないかと、シイナはあせった。

「ごめんなさい、ヴァルドロイ。わ、私、商人隊マネジャーのシイナといいます」

「シイナ……?」

 ヴァルドロイは、シイナの名前に聞き覚えがあったのか、ほんの少し興味を示したように見えた。そして、彼はシイナをいちべつすると、再び口を開いた。

「で、俺に何の用だ」

「ヴァルドロイ、私、あなたに会いたかったの!」

 絶対に顔が赤くなっていると確信できるほどに、シイナは熱くなっていた。

 ヴァルドロイに会えてうれしくてたまらない。ヴァルドロイと仲良くなりたかった。

 しかし、ヴァルドロイの反応は、とても冷めたものだった。

「俺なんかに会いたいなど、分かりやすいきよげんだ。それ程に、敵国の寝返り兵をあざけりたいか」

「虚言だなんて! 私は本当に……」

 初めて《ユグドラシル・サーガ》をプレイしたときから大好きで。

 祖国を裏切ることになっても、自らの信念をつらぬくあなたにあこがれて。

「あなたに、最後まで戦い抜いてほしい!」

 シイナの、心の底から出た言葉だった。

 だが、ヴァルドロイの瞳の光は、くもったガラス玉のようににぶかった。どんな言葉も届かない、人形のようにあきらめた瞳だった。

「俺は、シュヴァリエ王の、弱者を切り捨てる思想が許せなかった。強い国をつくるために、たみじゆうりんされていいものか。だから俺は、義勇軍と共に、祖国と敵対する道を選んだ。……だが、今の俺には何もない」

 ヴァルドロイのしずんだ声に、シイナは息をんだ。

 物理的に装備やお金がない、というだけではない。力がない、心を支えるものがないという悲鳴が聞こえたような気がして、シイナは胸が苦しくなった。

「何もできないんだ。そんな俺に、初対面のお前が何を期待している? 前線の戦いなら、他にすぐれたやつがいる。俺の代わりはいくらでもいる」

 代わりはいくらでもいる。

 呪いの言葉だ。シイナはその言葉が、重く苦しいくさりしばってくることを知っている。

 今のヴァルドロイは、かつて自信を失っていたシイナにそっくりだ。だが、シイナはクリスや義勇軍、商人隊の仲間のおかげで、それを取りもどすことができた。再び、前を向くことができたのだ。

 じゃあ、ヴァルドロイを救うのは誰?

「私に、あなたをマネジメントさせて! あなたの代わりなんていないことを、私が証明してみせるから!」

 私があなたを終章へ連れて行くから! あなたにしかできない戦いがあるから!

 シイナは、ヴァルドロイを真正面から見つめ、力強く言った。いつだって、シイナの心の支えとなってくれたヴァルドロイを、今度はシイナが助けたかった。力になりたかったのだ。しかし──。

「断る。ぜんぜんか知らんが、俺に構うな」

 返ってきたのはしんらつな言葉と冷たい視線だった。そして、胸をするどいナイフに貫かれたかのような痛みが走り、シイナはよろよろと後ずさった。

「ご、ごめんなさい……。私、そんなつもりじゃ……」

 初対面で、でしゃばり過ぎた。失敗した。きっといやだと思われた。気持ち悪いと思われた。きらわれた。空回りしてしまった。

「…………っ」

 シイナは、ヴァルドロイにそれ以上何も言えず、彼にくるりと背を向けて、げるように走り去った。泣いている姿など見られたら、さらにヴァルドロイに嫌われてしまうのではないか──、そんなおもいがシイナをひたすら走らせた。

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「職業:事務」の異世界転職! ~冴えない推しキャラを最強にします~ ゆちば/角川ビーンズ文庫 @beans

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