第二章 商人隊をマネジメント! 第二話

 ヴァルドロイが加入するまでに、商人隊の業務改革をすること──、それがシイナの目標である。どんな仕事であっても、期限や納期は守らなければならない。たとえ、自分で決めた期限であっても、計画性を持って取り組むべきだ。その方がメリハリも出る。

「よしっ! やるぞ!」

 シイナは、自らのほおを両手でぱちんとたたき、気合いを入れた。自分なんかに何ができるんだろうと不安だったが、オリエンテーションを通して、色々考えたことがあった。これは、今後の義勇軍と商人隊のために、そしてまだ見ぬヴァルドロイのために、どうしても形にしたい。

「商人隊のみなさん。今日は、集まってくれてありがとうございます。今から業務の見直し会議を行います! 目標は六十分以内です」

 シイナが改まった口調で言うと、モンド、マートン、キャンディはまどった様子を見せた。天幕内で机を囲んで向かい合っているのだが、彼らは三人とも不思議そうな表情を浮かべている。

「おいおい。えらくにんぎようじゃねえか。どうした、シイナ」

「い、一応司会進行役なので! でも、提案や意見は気軽に言ってくださいね! あ、飲み物も自由に飲んでいいので」

 シイナは、不慣れな会議の進行役にきんちようしながらも、できるだけにこやかな表情でいるよう努めた。なあなあな話し合いではダメだが、固過ぎる会議も議論ははずまない。その中間を目指したかったのだ。

「ねぇ、シイナ。ボク、アクセサリー作りに戻りたい……」

「よせよ、キャン子。一昨日おとといから、みんなで予定合わせたじゃねぇか。勝手言うな」

「まぁ、今より仕事が楽になるなら、会議しといた方がいいんじゃないの」

 そして三人は、「それで?」という顔をシイナに向けた。その視線にシイナは思わず身が縮こまりそうになる。

「じ、実は、それぞれの仕事について提案があって。まずはモンドさんの仕入れです」

「俺のやり方に文句あるってのか?」

 モンドはしゆんかん的にけんごしになったが、すぐに冷静になったようだった。思い当たる節は、レオナの矢事件だけではないはずだ。シイナが来てからも、回復薬を仕入れ過ぎて、倉庫をあつぱくしている。ちなみに、義勇軍内で装備者がアストール一人しかいないのに、りゆうりんのグローブの在庫が五個も倉庫でねむっていることもかくにん済みだ。

じゆようと供給を記録するのはどうかな、と。せっかく仕入れた物が売れ残るのはもったいないし、必要とされる物がお店にないと困りますよね」

「そりゃあ、まぁなぁ。具体的にはどうするってんだ?」

「案は三つです。初めにやりたいのは、義勇軍のジョブと装備品の確認です。理由は、もちろん必要なアイテムをそろえるため。例えば、物理職ばかりの脳筋パーティーなら、HP回復薬が多く必要になりますよね? じゃあ、治癒術師が加わったらどうなると思いますか?」

 ていねいに、丁寧にシイナは話を進めた。少しでも分かりやすく伝えなければ、と。

 そしてモンドもそれを理解してくれたのだろう。少しの間、目を閉じて思案した上で、彼は口を開いた。

「治癒術使いがいたら、HP回復はそいつにたのめるわけだよな。だったらHP回復薬は、そこまでいらなくなるってことだ」

「そうです、モンドさん! でもそれだけじゃなくて、今度は治癒術師のMP回復薬が必要になるんです。何がより必要とされるのかを予測するために、義勇軍のパーティーバランスのあくは重要というわけです」

 モンドだけでなく、ほかの二人からも「なるほど~」、とかんたんの言葉が出た。つかみは上々だ。

「その次は、きやくの所得調査です。顧客の収入に見合った価格帯の品を並べないと、買ってもらえない。まぁ、これは、マートンさんとキャンディさんにも共通することです。適正価格の設定の大切さは、商売をしている皆さんなら、分かってもらえると思います」

 シイナは、三人が頷いたことを確認して続けた。

「三つ目は、市場調査──、仕入れ先でのはんばい価格の統計を取ります。私たちは旅をしているので、特定の町で仕入れをすることができません。ある町では矢が高額かもしれないし、グローブが格安かもしれない。そういった価格をひかえていって、相場価格を割り出します。この相場価格は、仕入れの時の判断基準にできるし、値下げこうしようにも使えるかもしれない」

 シイナの経験上、物品の需要を把握し、予算内で業者と交渉する点は、病院の用度課と共通している。その交渉こそが、モンドのうでの見せどころのはずである。

「なるほど。おもれぇじゃねえか」

 モンドの反応もよく、シイナは少し安心した。次は、やる気が欠けるマートンである。彼は、完全に受け身姿勢で、のんびりとコーラを飲んでいた。

「どうぞ、シイナ。僕はどうしたらいいのかな?」

は現在、客側が、これらのアイテムを使ってれんせいしてほしいとオーダーを出しています。しかし、お客は錬成の知識はほとんどなく、オーダーの内容があいまいになりやすいです」

「みんな適当だからさ、変な組み合わせのアイテムを持って来たりもするよ。僕はオーダー通り錬成するから、変な物ができるけど」

 如何いかにも客のせいだと言いたそうなマートンに、キャンディは冷ややかな視線を送りながら、

「マートン、プロ意識が低い……」

 と、あきれ気味につぶやいた。

 すると、さすがに年下の少女からの批判はかいだったようで、マートンは、ムッとした視線をキャンディに送り返してみせた。

「僕だって、職人だし。伝説の武器みたいなやつを作ってみたいさ。でも、それは別に求められてないし」

 シイナが思うに、マートンにはかくれた自尊心がある。知識も技術もあるのに、かす場がないからと、熱意をがれているように見えるのだ。そしてその気持ちを、シイナは理解できる。他者から求められないと、モチベーションはどんどん下がっていくものだ。

 しかし《ユグドラシル・サーガ》ガチ勢のシイナは、マートンがすごい鍛冶師だということを、よく知っていた。

「マートンさんは、伝説の武器を作れる鍛冶師です!」

「え……。シイナ、そんな言い切られても。僕、実績ないけど」

「やり方を変えませんか? らい者との事前面談を設けて、どんなアイテムにしてほしいのかをよくよく聞くんです。それを受けて、マートンさんが構想を練ります。錬成に必要な素材も、依頼者に伝えます。材料が揃ってから、作業に入ります」

「それじゃあ、時間がかかり過ぎるよ。僕の手間が増えて、割に合わないしさ」

 シイナは、「マートンなら、そう言うと思った!」と、心の中でニヤリとした。彼のこうは想定済みだったのだ。

「時間に関しては、予約制にして、面談と作業の時間を確保するんです。で、面談ですが、面談料を錬成費用に上乗せするのはどうでしょう? マートンさんの仕事には、それだけの価値があります!」

「面談料? そんなの、だれも僕にはらうわけないさ!」

 マートンはおどろいて首をぶんぶんと横にった。しかし、ここでモンドとキャンディのえんしやげきが加わった。

「マートンよぅ。おめぇがもっとい仕事できるってこたぁ、俺も思ってたぜ。義勇軍のやつらも、結果を見たらなつとくするだろうよ」

「ボクは、丁寧な仕事が好き……。マートン、一回じっくりがんってみたらいいと思う。みんな、きっと喜ぶ……」

「えぇー……。そんな簡単に、上手うまくいく? まぁ、楽じゃないけど、クレーム対応の時間は減るんだろうね」

 二人の援護もあり、マートンはひねくれた言葉をきつつも、しんけんに考える表情になった。

「次は、キャンディさん。あなたは逆に、作業を簡易化した方がいいと思います」

 シイナの言葉に、キャンディは不満そうな顔をした。しかし、モンドとマートンは納得の顔だ。

「ボクは……、かんぺきな品しか作りたくない」

「作るところはそのままで。素材集めを、義勇軍に依頼するんです。クエストです! ほうしゆうとして、完成したアクセサリー料金を割り引くとか、賃金報酬もアリではないかと」

 クエストならば、この異世界にもむ手段のはずだ。きっと義勇軍の面々ならば、経験値かせぎとセットで、快くクエストを受けてくれるだろう。

「そっか……。それなら、アイリスにめいわくかけなくていいかも。ボク、もっとお店でアクセサリーをたくさん作れるね」

 キャンディは小さく微笑ほほえんだ。

 ボクっ可愛かわいいな! と、シイナは思わずキャンディをきしめたくなったが、まんした。しかし、会議が終わったら、せめて頭をでさせてほしい。

 そして会議は、シイナの案にまとまっていった。そのごたえに、シイナは胸が高鳴って仕方がない。

 考えを聞いてもらえることがうれしい。意見をこうかんして、案を構築していくことが楽しい。

 こんな感覚は、日本で機械のようにたんたんと働いていた時には、感じたことがなかった。

「最後に、モンドさんの仕入れ・売上げ統計リスト、マートンさんの予約表、キャンディさんのクエスト広報ですが、私がやらせていただいてもよろしいでしょうか?」

 シイナが言うと、三人は異論なしとうなずいた。

「もちろん頼みてぇよ。だが、どうするつもりなんだ? ちよう簿かぁ?」

 と、モンドは首をかしげながら言った。

 ここで、ついにシイナのスキルが登場だ。

「【エグセル】です!」

 三人とも、初めて聞く単語にきょとんとしている。

 シイナ自身、ここ数日で発見し、研究した機能だ。メニュガメを調べるうちに、【エグセル】を立ち上げ、操作する方法が分かったのだ。しかも、他者のメニュガメにデータを送信することも可能というすぐれものだった。

 シイナは三人に、そのスキルを簡単に説明し、試作品が完成だい、データを送ると伝えた。

「数式とかデータとか、小難しいことはよく分からねぇ。とにかく、シイナに任せてみるか!」

「うん。僕もそれでいいさ。やってみないと、分からないし」

「ありがと……。商人隊マネジャーさん」

 シイナは、彼らのみにホッとした。

 受け入れてもらえた、けんめいに考えて良かった! と、全身の力がけるようなおもいだった。まだまだ課題は山積みだが、任せてもらえたことが嬉しくてたまらない。

「私の方こそ、ありがとう。私、頑張るから!」


    ◇◇◇


 会議の後、シイナは義勇軍のリーダーであるフォルテへの報告や、【エグセル】作業、市場調査の同行、職人との打合せなど、目まぐるしく働いた。その生活は、かつて、真面目まじめに誠実であっても、機械のように家と職場を往復していた時とはちがっていた。今は、やりがいとじゆうじつかんあふれている。

「やぁ、シイナ! 商人隊の業務改革は順調みたいだね!」

 新しいシステムがどうし始めて数日後、シイナはフォルテに呼び止められた。レオナ、アストール、アイリスもいつしよだ。

「えへへ、ありがと。まだ細かい見直しはいるけどね」

「でもでも~、シイナっちが来てから、モンドの店でめなくなったよ? ちゃんと矢が売ってるし」

「マートンも変わったぜ。ちゃんと話したら、武器のこと、めっちゃ考えてくれるんだ。こないだなんて、こうげき力とかい力の両方がアップする武器を作ってくれたんだぜ! アイツって、すげぇのな」

「キャンディさんも、ちやをされなくなりましたよ。お店にいらっしゃるので、わたしたちも買い物しやすくなりましたし」

 これは、期待通りの結果が出ている、とシイナの顔は思わずにやけてしまった。そして、商人隊メンバーの頑張りが嬉しかった。

 みんなにフィードバックしなければ、と思った時、フォルテの一言がシイナの胸にひびいた。

「君にしかできない仕事だ。ありがとう。シイナ! 今後もたのむね」

「……!」

 それは、今までシイナが欲しくてたまらなかった言葉だった。

 強い風がき抜けたような、目の覚める感覚が体中を走り、あの日上司に言われた「代わりはほかにもいる」というのろいの言葉が、スゥッと消えていく。なんだか、なみだが出そうになった。

「シイナ、だいじようかい? 具合でも悪い?」

 フォルテは、なかなか言葉が返せないシイナを心配し、顔をのぞき込んできた。初めて会った時と似ているじようきようだ。

「うぅん、大丈夫! ステータス異常なし!」

「そっか。よかった。でも、働きすぎはよくないからね。覚えておいて」

「うん、分かった」

 シイナが笑ってみせると、フォルテは安心したようだった。

「じゃあ、僕らはチェバ城へ進軍するよ。シイナたちは、戦いが終わるまで、ここにいてね」

「えっ! もうチェバ城?」

 チェバ城──、それは二十章のたいとなる城。ヴァルドロイ率いる暗殺師団が待ち構えている場所だ。シイナが仕事にぼつとうしている間に、いつの間にかストーリーが進行していたようである。

せんけん隊は、ガーナとモネとランスロット。城の東からしんにゆうして、内側から開門してくれる手はずになっている。僕らはそこから合流。残りの義勇軍とエルバニアせい団には、城の外に敵を引き付けておいてもらう。現地に着いたら、いつものじんけいで行こう!」

 フォルテの後に、レオナたちが続き、シイナはその後ろ姿を見送った。

 しかしシイナは、今のフォルテの言葉は聞きのがせなかった。

「いつもの陣形……」

 つまり、フォルテ、レオナ、アストール、アイリス、ガーナ、モネ、ランスロットの七人は、固定化されたせんとうメンバー──、スタメンということだ。果たして、その「いつもの陣形」にいとしのヴァルドロイが入るスキがあるのだろうか。

「ヴァルド様。大丈夫、だよね?」

 シイナは、先日加入したばかりのランスロットが、早くもスタメン入りしていることに驚いた。だがその一方で、彼のバランスのいい攻撃とぼうぎよ性能、そして術が使えるという強みを考えると、頷ける結果かもしれない。

 シイナは、まずはヴァルドロイが無事に仲間となってくれることをいのり、そして彼の今後のかつやくを強く願っていた。しかし、戦場に同行できないシイナは、最愛のしキャラに会える喜びと不安をかかえて、義勇軍のかんを待つほかなかった。


    ◇◇◇


 チェバ城。エルバニア王国義勇軍とシュヴァリエ王国暗殺師団の戦いのなか──。

 せた赤いちようはつ、グリーンのひとみ、眼光をするどく見せる眼鏡めがねけた男がいた。彼は、糸が切れた人形のようにぐったりとしており、石造りのかべに身を預けている。その身体からだせんけつれていたが、ほとんどは彼の血ではなく、り捨てた元部下たちの返り血だった。

 いや、部下などではなかったか。

 部下とは名ばかりの、反乱分子である彼へのかん役だ。彼は初代暗殺師団長き後、シュヴァリエ王の命令で、新たな師団長になった。しかし、それは従わなければ命はないというおどしのもと、単なる捨てごまとしての兵士に過ぎなかった。

「あの人には死ぬなと言われたが、俺に何ができるというんだ……」

 男はてんじようを見つめながら、ぼんやりとつぶやく。

 ふくしゆうも、とむらいも、ただ生きているというだけでは成すことができない。力なくるうけんは、シュヴァリエ王には届かない。

 それを理解してしまった彼は、いつの間にか死に場所を求めていた。

 だがせめて、あの人のために、いつむくいたかった。

 そのため男は、エルバニア王国の義勇軍との戦いの最中、城内外のほうぼうぎよへきやトラップを解除し、再作動不能になる術式をほどこしたのだ。これで、後は義勇軍が自分たちをせんめつしてくれる──、シュヴァリエ王国を力の支配から解放するための一歩となる。そう確信したのだ。

 しかし、もちろん、監視役たちがそれを許すはずがない。

「やはり裏切ったか。構わん、貴様程度の代わりなど、いくらでもいる!」

 だろうな、と男は心の中でちようしながらも、剣を抜いた。われながら身勝手ではあったが、シュヴァリエ王の息のかかった者たちを道連れにすることを、ささやかな復讐にしたかったのだ。

 そして、剣と魔法をひたすらに振るい続け──。男はすっかり静かになったチェバ城のろうで、ひとり義勇軍を待っていたのである。

「これは……。敵が、もう……」

 遠くから複数名の近づいてくる音が聞こえ、ようやく義勇軍がとうちやくしたことが分かった。そして、勇者とおぼしき青年は、おそい掛かってくる敵がいないという、予想外の事態にまどっているようだった。

「いや、フォルテ君。一人いるぞ。あれは、【魔剣】だ。始末しよう」

 金髪の聖騎士が、男の存在に気が付いて、鋭いやりを向けてきた。

 当然の行動だろう。男は、応戦する気はもちろん、げる気もなかった。「自分の代わり」に、義勇軍がシュヴァリエ王国を解放してくれるのならば、それでよかった。

 しかし、勇者は首を横に振って、聖騎士を止めた。

「ランスロット、待ってくれ。彼がシュヴァリエ王を止めたいと思っているのなら、僕たちに協力してもらうのはどうだろう?」

鹿な、何を甘いことを。何故なぜ急に、そんなことを言い出すのだ」

 聖騎士だけではない。男自身も、勇者の発言に耳を疑った。敵軍の将を仲間に引き入れるなど、ぜんだいもんである。

「そうだね。僕も少し前なら考えなかったと思うんだけど……。シイナが言っていたんだ。『二代目の暗殺師団長なら、話せば仲間になってくれたりしないかなぁ~』って。なんだか、僕もそうしたい、そうできると思って。どうだろう、【魔剣】の師団長さん」

 いったい何者だ、そのシイナというやつは、と男はけんしわを寄せながら、立ち上がった。

 しかし、当の勇者にはすっかり戦意がない。つまり、男は死に場所を失ってしまった。ならば、生きざるを得ない。

「ヴァルドロイだ。この命、好きに使ってくれ」

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