第二章 商人隊をマネジメント! 第一話

 異世界に転職したその日から、シイナは天幕の一つを借りて暮らすことになった。あるのは簡素なベッドとテーブルとだけだが、初任給が出たら家具を増やしたい……、などと考えていると、なんだか新社会人になったころを思い出して楽しくなる。

 そして、翌日。初出勤日に、シイナが商人隊の天幕を目指して移動していると、フォルテと魔術師ガーナが立ち話をしているのを見かけた。

 彼らの話によると、義勇軍は、エルバニア王国とシュヴァリエ王国の国境にある、キャワベとりでにしばらくとどまるらしい。ガーナの軍略では、次に進軍するチェバ城が、シュヴァリエ王国をめるあしかりとして非常に重要であるため、入念ないくさ準備が必要とのことだった。

 そして、そのチェバ城で待ち受けるのが、シュヴァリエ王国の暗殺師団──、ヴァルドロイが率いる暗殺部隊だ。

 ゲームのストーリーでは、ヴァルドロイは暗殺師団をけて、義勇軍の仲間となる。そのため、ヴァルドロイしのシイナは、彼らの会話を聞きのがすことができなかった。

「チェバ城はなんこうらくじようさいなんだ。しかも、港や川も近いから、物資や兵を運びやすい。ここを落とすことができれば、今後の戦略がかなり練りやすくなるはずだよ」

 そう話すガーナは、フォルテと同郷の出身で一番の親友。義勇軍の初期メンバーの少年であり、いわゆるショタわくだ。しかし、他者のついずいを許さない魔法の才能だけでなく、用兵術にもけていることから、義勇軍の軍師としてのしんらいも厚い。もちろん、今回も彼の意見に従って、進軍準備が進められている。

「チェバ城をこうりやくしたら、きっと戦の流れもボクらにかたむくし、敵の士気も一気に下がるよ。フォルテは義勇軍の旗印として、せんじんを切ってもらいたいから、しっかりレベルアップしておいてよね!」

「あぁ。そのつもりさ。たしか、陣を構えているのは暗殺師団だったね? ごわい相手だから、気を引きめないと……」

「い、今、暗殺師団って?」

「やあ、シイナ。君も知っていたんだね」

「暗殺師団はシュヴァリエ王国の二大勢力なんだし、知ってて当然じゃないの? 知らない方が変だよ」

 ガーナは仲の良いフォルテとの会話をじやされたことにムッとしたのか、少しとげのある言い方だった。

 しかしシイナは、《ユグドラシル・サーガ》名物である、フォルテにだけ「デレ」、それ以外には「ツンツン」なガーナを見ることができたので、それはそれで悪くない気分だった。

「でも暗殺師団って、今は本当に強いかどうか、ボクはあやしいと思うよ」

「え! どうゆうこと?」

 ヴァルド様が弱いわけがないでしょ! と声をあげそうになったシイナだが、ぐっとこらえて、ガーナに理由をたずねた。フォルテも不思議そうな顔をしている。

「数か月前に、暗殺師団が反乱を起こしたんだよ。シュヴァリエ王のやり方についていけなかったのかな。フォルテ、覚えてない?」

「そういえばあったね。でも、たしかすみやかにちんあつされていたような……」

 そこで、シイナも設定資料集にっていた、ヴァルドロイの説明文を思い出した。

 ヴァルドロイは二代目の暗殺師団長であり、しよけいされた初代の意志をいでいる、と。

「初代暗殺師団長──、【やみやいば】って呼ばれてた人がいなくなってから、暗殺師団員も総入れえになったんだよ。ほとんど王様の息のかかった兵士だろうけど。古参って、新しい師団長くらいしかいないんじゃないかなぁ。で、そんな信頼もきずなもないような一団が、強いのかなっていう疑問。多分、城のスペックにたよっているところが大きいんじゃないかな」

 ガーナの解説に、シイナはぐうの音も出ない。ゲームをしていた時は、暗殺師団のしようさいな背景と、チェバ城戦を結び付けて考えたことなどなかったのだ。やはり、この子はただ者ではない。

「じゃあ、城の構造もしっかり調べ上げておいた方がいいね」

「そうしよう。ボク、ほかにも策があるから、軍議の招集をかけてよ。フォルテ」

 フォルテとガーナは力強く頷き合い、とう暗殺師団の策についての話し合いを続けるようだった。そしてシイナは、もっと二人の話を聞いていたかったが、長居しても邪魔だろうと判断し、

「二代目の暗殺師団長なら、話せば仲間になってくれたりしないかなぁ~」

 という希望をたっぷり込めた言葉を残して、その場を後にした。

 内心では、信頼できる仲間を失ったヴァルドロイのことをおもい、早く、そして無事に義勇軍に入ってほしいと、胸が締め付けられる気持ちだった。しかし、シイナはその一方で、ただヴァルドロイを待つだけではダメだと自分に言い聞かせていた。あこがれのヴァルド様に相応ふさわしい、びんわんキャリアウーマンになってやろうじゃないかという意気込みのもと、商人隊マネジャーとして、仲間たちの役に立ちたかった。

「私にできることって、何だろう。レベルもスキルもないし……」

 見慣れたせんとうキャラクターたちは、装備品を見直したり、レベルアップのための経験値かせぎにけたりしている。

 ちなみに、ゲーム《ユグドラシル・サーガ》でのレベル上限は99と統一されており、どうやらこの異世界でも、それは同様らしかった。それは、経験値稼ぎに行こうとするアストールが、「目指せ! レベル99マックス!」と気合いの入ったたけびをあげていたために分かったことである。

 しかし、大切なことはレベルだけではない。どのジョブにもあるはんよう術技やスキルの他に、ジョブにいてしゆぎようをしなければ習得できない術技・スキルが存在するのだ。

 術技というのは、いわゆる、【なんとかり】とか【なんとかファイア】というような、戦いで使うわざや魔法のことだ。

 一方スキルというのは、こうげき力がアップしたり、コンボ数が増えたりする、戦いに役立つとくしゆ能力である。

 そしてシイナは、戦うことができないジョブ──、商人隊マネジャーであるため、レベルと術技は初めから存在していなかったのだが、なんとその時、メニュガメを操作していると、スキルのページが見つかったのである。

「ある! スキルがある!」

 それは、ゲームをプレイしている時には、お目にかったことがないものだった。

 スキル、【エグセル】。

 エグセルといえば、表計算やデータ集計に長けたソフトウェアとして有名だ。もちろん、シイナもいやというほど職場で使ってきたものだ。これは、使い慣れたスキルがあって喜ぶべきか、それとも情報処理事務のじゆばくが続くことをなげくべきか……。

 シイナは、苦笑いせずにはいられなかったが、ゆいいつのスキルを使わないわけにもいかないだろう。元の職場では、エグセルのスキルは重宝されたが、商人隊では、どのようにかしていくべきか。

「まずは課題整理よね! 現状あく開始よ!」

 シイナは新しい職場に胸をおどらせながら、メニュガメをちょいっと閉じた。


    ◇◇◇


 シイナは、オリエンテーションとして一日ずつ、商人隊のメンバーの仕事を手伝って回っていた。しかし、だれも、パソコンで情報処理しているような様子はない。

 初日は、商人モンドに同行して、町に武器や道具の仕入れに行ったのだが、その方法はまさに感覚と感情によるものだった。ちなみに彼のスキルは【かんていがん】。文字通り、品物の良ししを見定める能力だ。

「俺は、勇者たちがいらねぇと言ったレアアイテムを買い取って、それを町の武器商人や薬師に売る。めずらしい品は、そりゃあ、喜ばれる。その利益から、新しい武器や道具を仕入れる。それを勇者たちに売る。格安でな。この戦争ばっかりのご時世、道中を護衛してもらえるわけだから、それだけでありがてぇもんだ。国のために戦うあいつらを、俺らが支えてやらねぇとな」

 と、ごうかいに笑いながら語るモンドの仕事のモチベーションは、相手が喜ぶこと、のようだった。昨日彼は、レオナやアストールと言い争いをしていたが、根はやさしい、仲間想いの人なのだ。

「でも、モンドさん。昨日は、矢がない、ってレオナが言っていたけど、どうして?」

 シイナは、モンドにぼくな疑問をぶつけた。

 義勇軍のためにと思うのなら、ひつというべきアイテムに不足が出てくるのは不思議だ。しかも、矢といえばきゆうしやの絶対ひつじゆ品だ。

「そりゃあ、お前。町の武器商人が、あしもとを見てきやがったんだよ! いくらだったかは忘れたが、考えられねぇ値段だったな。だから腹が立って、その日は矢を買うのをやめたんだ。まだ俺の店にも、矢が残ってたような気もしたからよ」

「で、実際は矢の在庫がなかったわけね」

「まぁ、そういうこった」

 モンドの決まりの悪そうな顔を見て、シイナはしようした。一応、レオナに対して申し訳ない気持ちはあるようだった。

「おら、ぐちたたかねぇで、荷物持て! シイナ!」

「はいはい! 持ちます!」

 モンドに回復薬をどっさりとわたされ、シイナは、よろけつつもん張った。しかし、

「これ、買いすぎじゃない?」

 と、思わず口に出さずにはいられなかった。モンドの反省はどこへやら、だ。


    ◇◇◇


 その翌日は、義勇軍の武器や防具のカスタマイズを担当している、マートンの鍛冶場の手伝いにやって来ていた。

 ゲーム内では、プレイヤーが特定の組み合わせのアイテムや素材を提供することで、別のアイテムをつくり出してくれる職人だ。シイナもゲームをしていた時には、ヴァルドロイのために、強いれんせいけんや防具をせっせと注文していたものだ。

 そしてそのこうは、ボタン一つでできてしまうのだが、この異世界ではそうはいかない。最短でも半日はかかる。

 しかし、仲間たちの話によると、実は半日で仕上げる職人というのは、なかなかいないらしく、作業スピードに関しては評価が高かった。マートンは若いが──、といってもシイナと同い年なのだが、才能のある職人であり、迷いのない仕事をするため、納品が早いそうだ。

 そしてシイナは、その辺りをとっかかりにしてマートンに話しかけてみた。

「マートンって、仕事がすごく早いって聞いた! 私と同い年なのに、すごいな~って」

 しかし、マートンは気だるそうにいちべつをくれただけで、ため息をつきながら素材置き場をあさっていた。そこには、貴重なすいしようや鉱石が乱雑に置かれており、マートンは、なんだかとてもめんどうくさそうに仕事をしている印象だ。

「僕をおだてたら、真面目まじめに仕事すると思った? いや、別にいつも不真面目ではないんだけどさ」

「おだてたつもりはないけど……。なおに手に職があるっていうのがうらやましくて」

「ふうん。ま、一応それなりの修行はしてきたからね。ただ、今、おもしろいとは思ってないけど」

 シイナは、マートンの言葉が、日本の社会人の多くに当てはまりそうだなぁ、とぼんやりと思った。大学や専門学校で学び、社会に出たところで、仕事に楽しさや面白さをいだせる人が、いったいどれほどいるだろうか。

「錬成って、だいたい未知の組み合わせでやるんだよ。日々研究。だから、失敗したってしょうがないと思うんだ。一昨日おとといなんかは、アストールがなんとなく強そうな素材をしてきて、適当に頼む、ってオーダーだったからさ」

「その結果が、下位かんのグローブだったのね」

 そのままらいじゆだくしてしまうマートンもマートンだが、適当過ぎる注文をしていくアストールもたいがいな気がしてしまう。

「まぁ、そんなかんじさ。とりあえず言われた通りに仕事して、適当にお金もらって、僕はたいだけさ」

 マートンは、鉄のにおいが鼻をつくこうぼうで、フォルテの白銀のたてながめ回しながら言った。それは、フォルテから錬成をたのまれた品だ。

「う~ん、オリハルコンがあれば、ぼうぎよ力を2ランクアップさせられるんだけど。フォルテからはオリハルコン預かってないし、まぁ……、いいか。たいきゆう性だけ上げとこう」

「フォルテに教えてあげたらいいんじゃない? オリハルコン持ってきたらいいよ、って」

「シイナ。僕は仕事を増やさない派なんだ。最初に金額はこれくらい、って示してるし。追加金を計算するのも面倒だ」

 シイナ自身、「仕事は増やすな」、という言葉は、用度課にいた時も上司によく言われていた。その点は、たしかにちがっていないと思う。しかし、何だかもったいない。マートンの【錬成知識+】という、知識倍増スキルが活かしきれていない。個人の能力を活かすには、活かす場がなければならない。

「シイナ。そこの箱から、じゆうきばはつこうせきと……あと、黒曜石取って」

 何か案を考えるひまもなく、マートンからシイナに指示が飛んだ。

「えぇっと。はい! これとこれとこれね!」

 シイナは、素早く素材をかき集め、マートンの目の前に持ってきた。マートンはそのスピードにおどろき顔である。

「ありがと。難しいのに、見分けかんぺきだ。僕の助手になってくれたら、楽なんだけどな」

 シイナは、「素材コンプ、やり込んだからね!」と、心の中で思いながら、得意げに笑ってみせた。


    ◇◇◇


 そして、その次の日は、三人目の商人隊メンバー、キャンディという少女の工房をおとずれていた。

 彼女は、ダメージ軽減や属性など、とくしゆな効果を持つそうしよく品を作るアクセサリー職人だ。しかし、工房にいたキャンディは、今にもたおれそうなほど、ボロボロになっていたのである。

「えええ? ど、どうしてそんなにボロボロなの?」

「誰……?」

 がらなキャンディは、だぶだぶとしたローブを引きずっており、ふらついたひようにそのすそを踏んづけて、本当に倒れてしまった。そして、自力で起き上がる気配がまったくない。

「うそ! だいじよう?」

 シイナはおおあわてでキャンディにけ寄り、彼女をき起こしたのだが、その顔色がめっぽう悪い。目もほとんど閉じかけており、今にも意識が飛びそうな様子で、具合が悪いことはいちもくりようぜんだった。

「君……、だれ? 久々にもどったら、知らない人、増えてる……」

 キャンディは消え入りそうな声で言った。

「私はシイナ。数日前に就職したんだけど……、今はそれどころじゃないって! 術使える人、呼んでくるから! ちょっと待ってて!」

 シイナは、キャンディをそっとゆかに寝かせると、工房を飛び出した。

「アイリス、いる? キャンディが倒れたの! お願い、みてあげて!」

「まぁ、キャンディさんが、また? すぐに行きます」

 アイリスは、おしとやかで可愛かわいい治癒術師だ。義勇軍の中で、治癒術において彼女の右に出るものはおらず、よほどのしばりプレイをしない限りは、ゲームプレイヤーたちはアイリスをスタメン起用する。そして、ファンの間では【天使】と呼ばれている、《ユグドラシル・サーガ》のメインヒロインだ。

 シイナがそんなアイリスを連れて工房に駆け戻ると、アイリスは、すぐにキャンディに治癒術をほどこし始めた。一方シイナは、落ち着かず、飲み水やタオルを持ってウロウロしていた。

「キャンディは、大丈夫? もしかして、ひどいダメージなの?」

 シイナは不安になって、アイリスの顔をのぞき込んだ。

 キャンディのメニュガメは、シイナと同じくHPの表示がない。もしかして大きな傷か、それとも状態異常か、見た目だけでは分からない状態だった。

「いえ。傷は浅かったので、術で十分治ります。後は、休息が必要ですね。キャンディさんは、低栄養とろうで倒れてしまったようです」

「はぁ~、ちょっと安心した。じゃあ、ゆっくり休ませてあげなきゃね」

「お食事も、おなかやさしいものを、少しずつ食べていただきましょう」

 あぁ、白衣の天使だ。がおいやされる。

「でも、キャンディは、どうしてこんなボロボロに? そういえばアイリス、また、って言ってたけど。前にもあったの?」

 しばらくって、シイナはアイリスにたずねた。するとアイリスはうなずきながら、

「えぇ。キャンディさん、とても仕事熱心な方なんです。でも、それがじよう過ぎて、アクセサリー作りに必要な素材を、自分だけで探しに行かれるので……」

 と、困り顔になった。

「じ、自分だけで? そんなの危なすぎる!」

 せんとうスキルもないのに、素材を探しに行くなどぼうすぎる。しかも、こんなきやしやな少女が自分で行くなんて。

 これは何とかしなければならない。何か情報はないだろうかと、シイナはキャンディのメニュガメにれた。すると、彼女のスキル【プロ意識】のテキストが表示された。

【こだわりのいつぴんを作る職人専用スキル。作られたアイテムは、通常の一・五倍の性能となる】──、なるほど、このスキル、マートンにも分けてやりたい。

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